今回のシリーズは、伊達政宗についてお伝えします。
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「恐れてはなりませぬ。不動明王は、この世の悪に対する怒りを退治すべく、自分の体から炎を吹き立てているのでございます」
と説明した。そして、
「若君も、一隻眼(いっせきがん:独眼)を恥じてはなりませぬ。この不動明王のように、悪を退治するお人におなりあそばせ」
といった。あの一言によって政宗はそれ以前の自分とは変わった人間になったことを感じた。
つまり、
「あの日からおれは生まれ変わった」
という自覚が持てた。眠れぬ夜を、箱根山中の底倉の一室で送りながら、政宗は輾転反側(てんてんはんそく:何度も寝返りを打つこと)した。不動明王の姿がちらついて日の裏から離れない。
政宗は反省した。
(あの日、虎哉宗乙師(こさい そういつ:禅僧で政宗の師匠)に教えられた初心を、おれはずっと持ち続けていたのだろうか)
という疑問だ。師僧は、
「世の悪を退治するために、一隻眼をご活用なさい」
と告げた。おれは確かにあの日以来、はじらいの気持ちを捨てて、自信を持つ活動家に変わった。
しかしその活動の内容は、果たして師僧のいった、
「この世の悪を退治する」
ということに集中していたのだろうか。
「おれ自身の野心・野望の達成にあったのではないのか」
という思いが湧いてきた。
こんなことは今までない。かれは目的を達成するたびに、さらに自信を深めた。が、今、
「では、その目的は誰のためのものか」
と開かれれば、はたと答えに迷う。政宗は、
「今までの行動は、すべておれ自身のためではなかったのか」
と思いはじめていた。
あの恐ろしい不動明王が、炎を吹き立て剣を撮るって、自分に迫って来るような気がする。不動明王は叫ぶ。
「政宗よ、おまえの敵はおまえだぞ」
その叫びが政宗の脳天を打ち砕いた。衝撃は今も去らない。しかし、その衝撃が政宗の、
「助かりたい」
というひたすらな思いを遮断した。
政宗は己を取り戻した。前田利家と徳川家康は確かに豊臣秀吉の側近であり豊臣政権の実力者だ。しかし、ここで嘆願の姿勢を取って、命乞いをするのはいやだった。
(最後まで、自分を貫き通したい)
それがおれの武士道なのだと政宗は自分に言い聞かせた。
(『歴史小説浪漫』作家・童門冬二より抜粋)
---owari---
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