(自らの宗教観、人間観でしか「日本」を見ない)
日下:はっきりしているのは、日本人はこうしたウソに寛容である必要はないということです。「ウソ話は長続きしない」というのは日本国内の道徳観の中でこそ通用する話で、世界では相手を貶めるウソ話ほど長くしつこく“利用”される。お人好しの日本人は、「そんなデタラメを世界の人々が信じるはずはない。いつかわかってくれるだろう」と思うけれど、デタラメであろうがなかろうが、それで日本人より優位に立てると思ったら彼らがそれを繰り返し持ち出してくるのは、歴史の教訓とすべき現実です。
ところが、日本には、そうしたウソや偏見と闘おうとする日本人に対してきわめて冷笑的な日本人がいる。あるいは、端(はな)からそんなことはできっこないと思い込んでいる日本人がいる。
私の経験からいえば、こんなことがありました。昭和50年代の初めですが、日本と欧米との文明・文化相対論をある雑誌に書いたところ、某国立大学の女性教授から反論の手紙が届きました。中身は、「日本文化が欧米に追いつき、世界より優れたものになることはないだろう。なぜなら日本人は有色人種で、キリスト教徒ではないからだ」というものです。
高山:へえー。
日下:これには驚きました。欧米と対等になれるかどうかの予測の当否を問わないとしても、その理由に人種と宗教を挙げたのは、その女性教授が欧米の視点から日本を見ていたからでしょう。この感覚でいるかぎり、高山さんが憤(いきどお)られていたコネルやクリストフの記事を読んでも、「ふむふむ。なるほど。やっぱり日本は遅れているな」となる(笑)。
高山:そうした感覚に『朝日』も『毎日』も染まったままだから、クリストフの書く与太話に頷(うなず)きこそすれ、それを正すような記事は一つも載らない。記者には、そんな問題意識すらない。だから、この夫婦はウソを書き続けた。
私が追及した記事はまだまだあります。クリストフの「日本の女に愛はいらない」(1996年2月11日)は、日本人の謙遜を狡猾(こうかつ)に突いた本当っぽさが売りでした。
三重県の小さな村の72歳の女性は夫婦の愛についてクリストフに尋ねられ、「愛なんて・・・・・」と答える。日本人は慎み深いから「人前で好きだとか言えますか」というのが女性の真意でしょう。それを彼は平気で脚色する。「結婚して40年。夫には『おい』『お前』とか呼ばれるだけで、名前で呼ばれたことはなかった」「結婚してから夫にもらったのは拳骨(げんこつ)だけだった」と。
そして「日本の妻には愛はいらない。じっと耐え、ただ子供をつくるためだけの人生なのだ」と結ぶ。「女性をいたわるのは白人キリスト教国では当たり前で、それができて初めて文明国だ。しかし日本では、女は人間扱いされない。男は女に痴漢してもかまわない。結婚記念日を忘れようと、顔を見れば君はきれいだと言わなくてもよい。妻が不満そうだったら、ぶん殴る。それが日本だ」――というわけです。
日下:キリスト教の問題はあとでじっくり話したいと思いますが、ここでも彼らが自らの宗教観、人間観でしか日本を見ていないことがわかる。自分たちと異なる存在を認める気がないからです。一神教の世界では、異教徒を同等に扱う必要はさらさらない。それこそ家畜と見なして差し支えない。「今日の人権観からそんな見方が許されるのか」という日本国内の人権派の人たちの声が聞こえてきそうですが(笑)、根本的に彼らはそうなのだから仕方がない。
高山:同感です。日本人は、一神教信仰者の異教徒に対する姿勢を甘く見すぎています。「人類皆家族」なんて彼らは全然思っていない。
クリストフの記事は、まるで『ガリバー旅行記』に出てくる馬や小人の国のルポみたいな感じですが、実はそう見当違いでもないんです。『The Paper’s Paper』(リチャード・シェパード著)によると、クリストフが日本に来る少し前、『ニューヨーク・タイムズ』の国際報道部長バーナード・グアーツマンが、「われわれが興味を抱くのはさまざまな人々の考えだ。諸君は任地でわれわれと異なる側面を描け」という内容の覚書を出しています。
グアーツマンは、「記事が真実であること」にはとくにこだわっていない。まさに、『ガリバー旅行記』のつもりで、他国の異様さを書けば読者は泣いて喜ぶ。とくに黄色い日本人はアメリカから植民地フィリピンを奪った。ぺしゃんこにしたのに、いまではアメリカが雇用創出をお願いするほどに復活している。好きにいたぶれ、というわけでしょう。クリストフとウーダン夫妻は、まさにその覚書に従った。
日下:なるほど。クリストフは上司の指示に従って、日本を面白おかしく描いた。そこに真実や事実の追及はまったく必要がなく、異教徒をネタに読者の関心を引く“読み物”に仕立て上げればよかった。構図としては、『毎日』の英文サイトが性風俗を面白おかしく切り取って載せればアクセスが増えたのと同じようなものです。
---owari---
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