(『ニューヨーク・タイムズ』の一面に掲載された与太記事)
高山:思い起こせば、クリストフ・ウーダン夫妻のこれでもかと日本を歪(ゆが)めた情報が『ニューヨーク・タイムズ』に躍る最中(さなか)、クリントン政府の雇用機会均等委員会(EEOC)が在米の三菱自動車を集団セクハラで訴えるという“事件”が起こりました。
日下:その事件の内容は、高山さんの『弁護士が怖い!――日本企業がはまった『米国式かつあげ』(文春文庫)に詳しいけれど、ひとことで言えば、三菱が男性従業員に率先してセクハラをやれとけしかけ、文句を言う女性従業員はクビにした荒唐無稽な嫌疑ですね。
高山:馬鹿を言うなと日本人は思うけれど、EEOCは「日本では女性は何の法的権利もなく、男に仕え、何をされても抵抗もしない。日本企業の三菱は米国にその蛮風を持ち込んだ」「それに男性米国人従業員が感化され、職場の女を片っぱしから弄(もてあそ)んだ」と主張しました。EEOCの主張は、『ニューヨーク・タイムズ』に載るクリストフの記事で米国市民に刷り込まれていたというわけです。
この騒ぎを機に『ワシントン・ポスト』も、雑誌『TIME』も競って面白おかしく「女の地獄・日本」を書き立てた。それに連邦議会の女性議員も乗っかって、騒ぎはついに三菱の不買運動に発展しました。
孤軍奮闘した三菱もこの事態についに白旗を挙げ、クリントンに3400万ドル(40億円)をカツアゲされた。この一件からも、アメリカが法治国家であるなどと夢にも思ってはならないと私は確信しました(笑)。
日下:しかも、その事件の背景に迫ってアメリカの不公正を追及するような日本のメディアはほとんどなかった。高山さんが当時在職していた『産経新聞』で「訴訟亡国」という連載を通じて訴えられたくらいですね。『朝日新聞』も、こうした視点からのアメリカ批判はやらない。“日本悪しかれ”だから黙過できるのか。
高山:クリストフはこれを見て、日本に対してはどんなウソも許されると思ったでしょう。
彼が次に書いたのが、「過去の記憶にさいなまれる老兵」(1997年1月22日)という記事です。白人キリスト教徒の世界で最も唾棄(だき:非常に軽蔑して嫌うこと)される行為はカニバリズム、つまり人肉食いですね。それを日本人にやらせようとクリストフは考えたとしか思えない。
舞台回しに使われたのは、三重県のある村に住む老兵ホリエ氏。『ニューヨーク・タイムズ』の一面に写真入りで掲載されたストーリーは、こういうものです。
ホリエ氏は北支に出征していたが、「シナとの長い戦いに疲弊し、食べ物も尽き、シナ人の子供を殺してその肉を食った。たった一切れだが、そのことを思うと、いまも心が痛む。彼は枯れ木のように細った手を震わしてそう語った。このことは40年以上連れ添った妻にも語っていないと」
ここで普通に考えれば、連れ添った妻にも話さなかった事柄をなぜ初対面のクリストフに語ったのか、不自然ではないかと感じる。いろいろ批判があっても『産経新聞』がほかの新聞と違ってエライと思うのは(笑)、こういう疑問が湧くと、ちゃんと記者を出して取材することです。このときも記者がホリエ氏に会いに行った。
「『ニューヨーク・タイムズ』の記事にこうありますよ」と話すと、老兵はびっくりした。何というウソを書くのか、と。
クリストフはホリエ氏に「日本軍が人肉食いしただろう」と執拗に尋ねたそうです。「噂話でもいい」とクリストフは言ったそうです。
彼があまりにもしつこいので、ホリエ氏は北支にいた頃の話をしてやった。
街の市場に珍しく新鮮な肉が出た。買って帰って、みんなで久しぶりのすき焼きを楽しんでいたとき、憲兵がやってきた。兵卒の何某の所在を知らないかという。なんでもシナ人の子供を殺して逃げたのだという。仲間の一人が「こんな新鮮な肉は珍しい。もしかして(人肉食いするシナ人が)その子供をばらして市場に売りに出したのじゃないか」と言って、みんなで大笑いした。
クリストフはとても満足して帰ったそうです。それが「子供を殺してその肉を食った」「いまもそれを思い出して枯れ木のような手が震える」「妻にも話せない」という話になった。こんなウソが、『ニューヨーク・タイムズ』の一面に載ったわけです。
---owari---
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