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国際政治に指針を示す(中編)

2020年09月01日 | 政治・経済
(「一方の側にだけ神が立っている」という考え方の問題点)
イスラエルのネタニヤフ首相は、「イスラム教を信じている者は核兵器を持ってはならない」と言いましたが、当時の広島市長は、「核兵器そのものが悪魔の兵器なのだ」と言い切っていました。

そうであれば、「核兵器を保有している国連の常任理事国五ヵ国は、すべて悪魔の国である」ということになりかねないでしょう。「どうせなら、そこまで言ってしまったらどうか」と思わなくもありません。広島の市長や長崎の市長が言う分には、世界の国々も多少は聞いてくれるのではないでしょうか。

そういう意味では。国連常任理事国はすべて核兵器を廃絶(はいぜつ)すべきだと思います。その上で、ほかの国が持つことを禁じるのであれば非常に筋の通った話であるけれども、「常任理事国は持ち続けるが、ほかの国は持ってはいけない」というのは筋が通らないでしょう。

もし、そうしたことが、宗教に基づく考えによって、あるいは、先の大戦に基づく「民主主義 対 ファシズム」論が固定されることで言われているのなら、そこには問題があります。なぜならば、ほかの国に対して、いかなる努力の余地も認めないことを意味するからです。

例えば、イスラエルという国にしても、『旧約聖書』に名を記(しる)した誇(ほこ)り高い歴史のある国です。また、キリスト教国では、『新約聖書』だけでなく『旧約聖書』も併(あわ)せて読んでいますので、そういう文化的な遺産(いさん)を受けているために、「イスラエルという国が残っているのはよいことだ」と考えている面が多いのだろうとは思います。

しかし、客観的に言えば、現実に千九百年間も国がなかったにもかかわらず、第二次大戦が終わったことによって、強国が無理強(じ)いし、パレスチナの土地を与え、そこに住んでいた人々を追い出して国を建てさせたわけです。

それに対して、周りの先住民族が反発を持つのは当たり前のことではありましょう。
本当なら、土地をもらったほうが、「仲間に入れて、住まわせていただき、ありがとう」と言うべきであると思います。日本的伝統から言っても、そうでしょう。勝手に入ってきて住んだのであれば、あとから来た者がお礼を言うのが筋です。

ただ、そちらのほうが武装を強化し、自分たちが生き残るために、「ほかのところをすべて滅ぼしてでも生き残る」というような考えを持っているのであれば、警戒(けいかい)されるのは当然ではないでしょうか。

やはり、「一方の側にだけ立っている」という安易な考え方には問題があるかもしれません。いまだにイスラエルの神がそういう神であるならば、『旧約聖書』のなかに、時折(ときおり)、顔を現しているような民族神(しん)にしかすぎないと思われます。

---owari---
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