今回のシリーズは、武田信玄(第2弾)です。
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信玄は自らの領国を見廻りに出かけたとき、諸村の住民の暮らしぶり、山の竹木の茂りようなどを詳しく見覚えておき、知らぬふりをして家来たちにその様子をたずねる。
詳しく返答する者がいると、かさねて聞く。
「そのほうは、儂(わし)の申すところへは再々参りしか。それとも儂の供をいたせしときに見覚えしか」
信玄はいつ何事を聞いても詳細に返答する者を取りたて、他国へつかわす使者として用い先方の様子をうかがわせ、国境の状況をも調べさせた。
また、家来どもの心情を理解し、長所短所を見きわめようとするのも、日頃から常に心がけることであった。
近侍(きんじ:主君のそば近くに仕える)する者が床に就くと、その様子を詳しくたずねる。孝心の篤(あつ)い者は内心がおのずと言葉にあらわれる。親に冷淡であれば、病状について詳しく知らない。
信玄は日頃からいっていた。
「金は火をもって試み、人は言をもって試みると申す。いろいろと問ううちに、言葉によって本性を探ることができるものでねえらか」
信玄は傍に仕える奥近習と言葉を交すうちに六人を振り分け、「耳聞き役」に定めた。
彼らの役目は家中の侍。他国からきて奉公する新参者の手柄の真偽を聞きだすことである。
手柄はたしかに立ててはいるが、しばしば偽りを口にしたり、またよき友人を持ちながら無頼の性格である者。
大身の侍あるいは出頭衆といわれる歴々の者ばかりに礼を尽していても、朋輩(ほうばい:仲間)のあいだでは平気で無礼をはたらく者。
酒をすごしたとき酒乱となる者。諸事について、人に立腹させるふるまいをする者。武具の手入れを怠るもの、内福(ないふく:暮しが豊かなこと)で諸道具をしきりにもてあそぶが、武芸には心をいれず熱心でない者。
このようなさまざまの家来どもの行状について耳聞き役に調べあげさせ、その善し悪しを述べさせるのである。
(『武田信玄 上』作家・津本陽より抜粋)
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