「人間とは哀しいものだ」
といった。そして、
「人の心にはオニとホトケとが同居している。時にオニとなり、ホトケとなる。しかし、オニの所業を行わなければホトケは救ってはくれぬ。辛いところだなあ、一豊よ」
そういってチラリと一豊を見た。
といった。そして、
「人の心にはオニとホトケとが同居している。時にオニとなり、ホトケとなる。しかし、オニの所業を行わなければホトケは救ってはくれぬ。辛いところだなあ、一豊よ」
そういってチラリと一豊を見た。
秀長はおそらく近くから煩悩(ぼんのう)している一豊の気持を付度していたのだろう。そういわれて、一豊は思わずハッとした。秀長を見返した。秀長は温かい情を眼の底にたたええて一豊を見返した。その眼の底には、
(おまえの苦しみはわかるが、今この戦場でそれを出すな)
と告げていた。
(おまえの苦しみはわかるが、今この戦場でそれを出すな)
と告げていた。
一豊は恥じた。しかしそういう理解者が身近なところにいてくれたことが嬉しかった。今までにない親近感と敬愛の念を秀長に持った。秀長はさらに続けた。
「わたしはな、兄を兄とは思ってはおらぬ。主人だと思っている。だから、わたしは主人の命には忠実に服する」
「は」
応じようがなくて一豊はただ短い言葉で答えた。
「わたしはな、兄を兄とは思ってはおらぬ。主人だと思っている。だから、わたしは主人の命には忠実に服する」
「は」
応じようがなくて一豊はただ短い言葉で答えた。
秀長はその一豊の肩をボンボンと叩き、
「励めよ」
と告げた。一豊は自分の肩に触れた秀長の手の先から、秀長の温情がどっと流れ込むのを感じた。
「励めよ」
と告げた。一豊は自分の肩に触れた秀長の手の先から、秀長の温情がどっと流れ込むのを感じた。
その夜、本当なら一豊は長浜の千代に手紙を書きたかった。
「もうこんな合戦は嫌だ-」
と嘆き、
「毎日が阿鼻叫喚(あびきょうかん)の地獄だ!」
と続けたい。
「もうこんな合戦は嫌だ-」
と嘆き、
「毎日が阿鼻叫喚(あびきょうかん)の地獄だ!」
と続けたい。
そして、
「こんな戦場から抜け出て、一日も早くおまえのところに戻りたい」
と書きたい。しかしそんなことはできない。爆発寸前にあった一豊のそういう感情を静かになだめたのは、突然、接近してきた秀長の一言である。また肩の一叩きであった。あの秀長の言葉と肩に触れたかれの手によって、一豊の激情はかなり鎮められた。一豊は心の中で千代に手紙を書いた。
「こんな戦場から抜け出て、一日も早くおまえのところに戻りたい」
と書きたい。しかしそんなことはできない。爆発寸前にあった一豊のそういう感情を静かになだめたのは、突然、接近してきた秀長の一言である。また肩の一叩きであった。あの秀長の言葉と肩に触れたかれの手によって、一豊の激情はかなり鎮められた。一豊は心の中で千代に手紙を書いた。
「辛いことが多い。でも、おれにはおまえがいる。いつもおまえのことを考えている。そうなると、おれの心は鎮まる。おまえはおれにとっての天女だ」
そう書いた後に、付け加えた。
「今日、秀長様がおれに優しい言葉をかけてくださり、肩を叩いてくださった。秀長様の言葉と肩のひと叩きで、おれは本当に救われた。実をいえば、戦場から逃げ出したかった。しかし、それを止めてくださったのは秀長様だ。秀長様は秀吉様を兄とは思ってはおらぬと仰せられた。主人だとおっしゃるのだ。主人の命令には、どんなことでも従うとおっしゃった。
人間の心にはオニとホトケが同居しているので、時にオニとなりホケトとなる。オニとなった自分を救ってくれるのが、同居しているホトケなのだとも言われた。おれは今、この言葉を噛みしめている。秀長様はすばらしい。あの人が同じ戦場にいるだけで、どれだけ救われるかわからない」。
(『歴史小説浪漫』作家・童門冬二より抜粋)
---owari---
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