第2部:消え去った古い契約とは?
1、序論
ある時私は、伝道集会の説教を終えて、集会に参加された人々に挨拶するために急いで入り口に向かっていました。そこに、急に道を遮る3人の若者が現れました。その中の一人が私に大きな声で聞いて来ました。「牧師先生、私たちは今日の夜、先生が戒めに対して従順であるようにと強調して、あたかも私たちが、古い契約の中に生きているかのように主張なさる説教を聞いてとても失望しました。牧師先生は、私たちが新しい契約の時代に生きているのだから、恵みだけで救われるという事実が分からないのですか?」
その若者は、十戒は古い契約であり十字架で廃されたので、恵みによって救われた現代のクリスチャンは、古い契約である十戒はもう適用される事はないと信じていました。その若者のそのような考えは、今日の多くのクリスチャンたちが持っている確信を、そのまま反映しているものです。しかし、そのような確信を聖書の言葉で証明できるでしょうか?もし証明できるとするなら、私たちは恐ろしい律法主義に陥ることがないように、その教えを確実に学ぶ必要があります。しかし反対に、十戒が今も有効であるならば、神様が下さったこの道徳的教訓を一つでも無視することは、神様への致命的な反逆となることでしょう。
そこで私たちは、十戒が本当に廃止されたのか、研究したいと思います。旧約聖書では、十戒を契約と言っているところが、何回も出できます。私たちはこの興味ある主題を扱うにあたって、まず、契約とは何かについて調べる必要があります。契約には色んな形態がありますが、基本的にそれは、お互いの約束に基礎を置いた双方の合意を言います。各時代を通して神様は、このような契約に基づいてご自身の民を扱われました。神様は公正で論理的な方ですから「さあ、われわれは互に論じよう」(イザヤ1:18)と私たちを招いておられます。