【あの頃の名古屋フォーク界 其の七】
山名敏晴さんと親交のあった江口晶さん。
「うたのやど」 を設立して地元のミュージャンとともに
名古屋市内でライブ活動などをしていた。
江口晶さんの名前を知ったのは、山名敏晴さんのラジオ番組。
ここで彼の『ファッション』を初めて聴いた。
ものすごくインパクトがあって何か胸に突き刺さるものがあった。
高校生の終り頃だっただろうか。
刈谷駅南口から数分のところに勤労会館があった。
そこで、なぎら健壱さんのライブがあって観に行ったとき
前座で江口晶さんが出演された。
生で聴く『ファッション』めちゃ、よかったね。
もちろん、なぎら健壱さんの『悲惨な戦い』もよかった。(大いに笑った)。
今でもこの感動は忘れられない。
最近、友人から教えてもらったんだけど、
海援隊の「そんぐ・ふぉあ・ゆう』という歌。
これ、江口晶さんが楽曲提供したという。
この歌もじっくりと聴くとなかなかいいね。
この頃は、地元のラジオ局から地元のフォークシンガーがを知った。
ラジオとフォークソング。
密接な関係のあった時代でもあった。
江口晶「ファッション」
ちょくちょくユッカには出られていたみたいでしたが、何かを境にピッタとお見えにならなくなったと記憶してます。
代わりに「きくち寛」さんが良くライブに使われていました。
確かファーストアルバムの一曲にユッカを歌った歌があるとお聞きしました(又聞きなので定かではありません)。「♪名古屋のはずれのチョットしたところにさ~♪」みたいな曲だったかな・・・。
みんな、抱えきれないほどの夢をいだいてギターをかき鳴らしていたんだね・・あの頃。
この連載を考えた時、ある程度ストリーも決めて
誰を紹介していくか順番もなるべくつながりのあるようにと考えています。
山名敏晴さん、江口晶さんときたら次は、きくち寛さん。
さすが名古屋フォーク界に詳しい店主さん。
コメント欄で次に書くきくち寛さんがでたのはびっくりです。
先ほど、きくち寛さんの「貴船川」について書きました。
そして「♪名古屋のはずれのチョットしたところにさ~♪」
この曲、『ホンキートンクピアノ』もはるつけて置きました。
よかったら聴いてください。