このドラマで一番注目していた人は、
一条天皇へ嫁いだ道長の娘の彰子でした。
次第に成長していく姿に心を打たれましたし、
性格の良さも垣間見られました。
それで彰子については、
もう少し知ろうとこの本を。
小説ではなく、
出典が記されている研究者の書です。
恋敵と言ってよい、
定子のお子を大事にされたところはドラマにもありましたが、
定子の兄の伊周の子息までかばうのです。
明朗で闊達な定子と比較して、
口数が少なくおっとりした性格は事実であろう。
中略
十二歳で入内し二十四歳で一条天皇を彼岸におくり、
二十九歳で国母になった彰子は、
以後五十年以上の人生で、
父道長・母倫子、
夫一条天皇等から学んだ豊富な知恵や教養を遺憾なく発揮し、
人の機微に通じた大人に成長したのだと想われる。
(250P)
ドラマの中でも、
母親倫子の着ていた衣装をまとっておりますが、
質素倹約に努めた后だったようです。
87才まで生きた彰子。
演じた方は見上愛さん。
°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°第46回「光る君へ」°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°
まひろ(紫式部)と周明との再会。
朱さまと別れて博多に来た
ここに居場所があったのね
周明の師・恵清さまだと紹介された時、
まひろ(紫式部)は宗語であいさつをしました。
20年前を思い出したような、
周明の嬉しそうな様子が印象的でした。
かたや大宰府で目を治した隆家は、
一皮も二皮も向けたような感じで、
内裏のような狭い世界で位を争っていた日々を
実に下らぬことであったと思うようになった
富などいらぬ 仲間がおれば
そして大宰府は気取らないでいられる場所だというのです。
そんな隆家の前に壱岐(いき)から何日もかけて、
小舟で逃れて来たというお坊さんは、
女子供を殺され国守も殺され、
寺でも自分一人が助かっただけと話すのです。
隆家は良く知らせてくれたと労います。
1019年(寛仁3)、
50隻余りの船団で対馬・壱岐・能古島に襲来した事件。
刀伊の入寇(といのにゅうこう)の始まりです。
隆家は伸びやかに本領を発揮しだしましたね。
小勢でも今我らが討って出て食い止めねば
陸に上がられては無辜(むこ)の民に害が及ぶ
頼もしく指揮をとり先陣をきります。
何としても守り抜くのだ
しかし決して無駄死にしてはならぬ
そんなこととは知らない、
まひろは船越の津に近い浜辺にたどり着くのですが、
異国人に追われて逃げる村民たちと共に、
逃げる羽目に。
でも周明の胸に矢が刺さり倒れてしまうのです。
これには心で悲鳴をあげました。
都には居場所がなくなったのというまひろに
そんなこと言ってたら、
俺みたいに本当の一人ぼっちになってしまうぞ
そして、
話があるから必ず大宰府へ戻れ
そんな会話を交わしていた、
周明に矢が放たれるなんて!
どうか周明が師の手当によって命が助かりますように。
もうこういう展開ならば周明と晩年を!なんて思うのは、
余りにも節操がなさすぎるでしょうか。
あと2回ですね。
ではまた来週。