Now+here Man's Blog

Surf, Run and Trails / Endurance For Fun

バックループはできないが、哀愁でいとでバック転をしたことがある

2010-04-12 00:30:12 | surfin'
4月10日(土) かなり久しぶりに波乗り@チーパー。
波はコシ~ハラ。
昼近くになると南風が入りだし面ガタガタになり終了。
最近はウエーブ、しかも4㎡前後の強風コンディションだったので、
風の穏やかな波の小さなその日はとてものんびり遊ぶことができた。

さて、話はがらりと変わる。
20数年前、オイラの勤め先の先輩になんと近藤マッチのバックギタリストだった人がいた。
『ギンギラギンにさり気なく』のギターはオジサン、オバサンなら口ずさめるだろう。
その勤め先の1Fには、会社が経営するスキーショップがあった。
そのスキーショップの閉店後、会社連中で飲み会をしたのだが、マッチギタリストである先輩のN氏が友人を連れてきた。
マッチのライバルであるトシちゃんのバックギタリスト、見良津健雄氏である。

オイラが高校の文化祭で『哀愁でいと』をステージで熱唱し、バック転&バック宙をぶちかまし、
その日を境に全校の女子生徒からトシちゃんと呼ばれるまで人気を得たあの夜、
あの最初で最後の人生のハイライトのバックで鳴っていたのは、目の前の見良津さんのギターだったんだなと感動したのを覚えている。

とても多彩な有能なミュージシャンで作曲、編曲、プロデュースを多く手がけた。
とても人望が厚い方だったが、いい人ほど早く死ぬ。 2006年 癌のため死去。 享年46歳。

スキーショップで飲んだとき、オイラはミュージシャン駆け出しの実の妹を呼んだ。
タノキントリオ関係で縁でもできればラッキーと思ったのだ。

何かプレイしようと見良津さんは言い、妹は『じゃあブルースをAで』みたいなことを言ったと思う。
オイラはとっさに『A列車で行こう』というジャズの名曲でもやるのかと思ったら、Aってコードだったのね。(恥ずかしい思いをした)

いきなりジャムセッションが始まり、とにかくオイラは感心した。
見良津さんもたぶん言い出来だったと喜び、そのときから彼と妹が音楽関係で仕事をすることになる。

彼の没後、その人望の厚さからメモリアルアルバムがリリースされた。
それがiTuneで配信されていた。
実はリリースから相当たつのにオイラも妹もそれがわかったのは今日だったのだ。
妹はそのアルバムで『TWIN SOUL』という作品を歌っている。
サンタナを思わせるギターでラテンでブルージーなロック。
兄妹関係なく、なかなかカッコエーサウンドになっている。

これにはアラベスク調の曲もありなかなか良い。

こういうのを聞くと、アーティストの特権は作品を永遠に残すことができ、人々の心に生き続けるのだなとつくづく思う。

ウインドや波乗りではいったい何を残せるものか考えてしまうな。

ちょいと試聴用プレイヤーのリンク貼ります。iTuneでも配信されてるぞい。

IV-Dimensional Arabesque

Twin Soul



御前崎ウエーバー⇒生ビーラー⇒シロコラー⇒ハイボーラー⇒DEEPスリーパー

2010-04-04 13:11:18 | windsurfin'

LANIKAIさん撮影いただきました!貼り付けさせていただきます!)

4月3日(土)地元友人同乗で御前崎トリップ@菊川

4.5ZONEで出撃するも瞬く間にオーバー。
ここ最近4.0以下なので4.5が大きく感じる。

3.9THE FLYに張替え、気持ちも入れ替え。

このTHE FLY、とにかく軽くすこぶる調子が良い。
2007ZONEが異常に重く感じる。

セイル自体軽いのだが、クリューの位置が低いということもありコントロール性が高い。
セイルが軽いということは板が軽くなるということである。
いいセイルは板の性能を引き出す、ということだろうか。
オーバーでも何の躊躇なく前傾できるなんてセイル様々である。

それと、オーバーに強いくせにアンダーにもすこぶる強い。
3.9でありながら4.2に匹敵する。
1サイズ小さいのをチョイスできるのは嬉しいことだ。

さて、当日のコンディションは真サイドの波付き。
前半ジャンク気味だったが風がシフトしたせいで整ってきた。
とは言っても、突如大きくなったり無くなったりでなかなか波を読めない。
何本かは納得いくライドができたが1日を通すとその数はとても少ない。

茅ヶ崎のプログラミングされたような、サーファーが喜ぶような波でウエーブしてると、
その菊川の波には慣れるのが大変。
フェースも少しギタギタしていてレールが引っかかり転んでしまう。
ダンパー波に突っ込むので切り返しの瞬発力も必要。
やはり、そのような海面で遊べるヒトは異論なしにエキスパートである。

オイラとしてはあの3月3連休の風速30Mの記念すべきライドの記憶が
いまだに身体の芯まで染み付いているので、
3.9でアウト肩ブレークはとてもメローなコンディションに感じてしまう。
しかし、急なカレントやブレークパワーたっぷりのダンパー波のそのときの菊川は
やはりエキスパートコンディションである。
乗る者を拒む海面であることは間違いない。

そのようになるべく謙虚な気持ちで乗り倒した。

本当は回ってみたいところだが、もっとエグイところへ突っ込んでみたい。
それが偶然ではなく計算されたライドでありたいものだ。
ビーチでTINTINの姿を見てそう思った。
彼には周囲にそう思わせる無言の説得力があるのだ。
ウエーブ職人ですな。

乗り倒したオイラは乗り倒した満足感から、地元遠征メンバーに、
まずは茅ヶ崎に戻り、ビールも飲み倒そう!と提案した。

宴会開始は21時半。@マツチヨ。
ビールは神の水の如く体全部の細胞液と置換された。
シロコロをちょいと焼き目がつくまで焼いてしっかり噛んで胃に叩き入れる。
飲む、食う、飲む、食う、飲む、食う。
そして、最後に何倍も飲んだのはハイボールだ。
小雪ではなく、店の大将が作ってくれたハイボールは、
リッピングしたときのスプレーがシュパッ!と顔面にかかるような爽やかさを持っている。

24時に宴はお開きになった。
茅ヶ崎ローカル6名はチャリで帰路についた。
みんな泥のようにベッドに入ったに違いない。

ベッドに入って眠りについて、その日のウエーブは終了である。
とても楽しんだ。
その日を楽しむことはウインドサーフィンそのものへ対するリスペクトでもある。
その点ではオイラはエキスパートである。
そしてみんなが楽しんでいる姿を見るのが嬉しいのである。

おしまい。