しわーっす
というわけで、まずは昨日の年内最後のお手伝いを。
今回はいつものレーベン号がお休みになったので、北上市のボランティアバスに乗せてもらって陸前高田入り。
朝、北上駅前に集合。

ガッツリ雪です。
すでに6、7人が集合してました。
バスに乗って出発。

大きなバスですが、荷物が多くなることを考慮して定員を15~20名と少なめにしているのだそうです。
おかげでゆったり座れます。一人の時はありがたいな。

今回は、この腕章を付けます。
参加者は北上の方はもちろんですが、連休だったせいか、ほとんどが東京・千葉・神奈川など関東から。最遠は岐阜。
朝なので、路面はガッツリ凍結してますが、さすが、地元の方は慣れていらっしゃる、と思いつつ雪景色を見ながらウトウト。

途中、遠野にあるコンビニで休憩。

山を一つ越えると、雪が少なくなっていく感じ。
陸前高田のボラセンには、いつもと反対方向からアプローチ。

早かったせいか、まだバスはいません。
今日の現場は気仙川河口近くの今泉地区。
文化財であった建物の木材を、保管用のハウスに移動する、という内容。
では出発。

朝市開催中でした。

反対側、とれたてランド。隣の建物は完成したのか?
一本松は反対側の窓から見えました。
現場は(仮)気仙大橋を渡った向こう。

既に博物館の方?が木材のチェックをしていました。
この辺りは1591年に伊達政宗の所領となり、江戸時代には仙台藩の代官所が置かれ、大肝入と代官により統治される気仙郡の行政の中心地だったそうで、宿場町として栄え、古い街並みが残っていたそうです。
大肝入の吉田家住宅は茅葺きの江戸時代からのお屋敷でした。
その、吉田家住宅に使われていた木材を中心に集め、復元しようとしているのです。
大きな柱や梁には墨で書かれた記号などが残っていて、それらを頼りに組み立てるそうで、よく見ると、木には、250年前の文字がまだ残っていました。
足りない分は、他の木材で補い、元に戻すのだそうです。
チェックが終わった木材から順に保管用のビニールハウスに移します。
が、文化財の一部なので、丁寧にね、という注意がありました。
なるほど、簡単に機械は使えませんね。
一人で楽々運べる物もあれば、ほぼ全員でなんとか運べる大物も。
昔はこうやって人の手で運んだんだよね。
250年経っても同じです
昼の休憩時に、ちょっと辺りを回ってみました。
見つけたマンホールの蓋。

松ぼっくりと、椿の花と、カモメだそうです(ヘビに見えた・・・)。
黄色いハンカチの塔。

来年、ドラマ化されるそうですね。早いだろ
近くの竜泉寺に上がってみました。

境内からの眺め。

ここに避難した方は助かったそうですが、結構な急斜面。

一番下にあった大きな石は、鳥居の上の部分。

午後も同じ作業で、500本程あった木材を、全てしまうことができました。
やはり半年近く野ざらしだったので、早く雨風防げるところに保管したいが、機械を使えないのでなかなか作業が進まなかったらしいです。
それを終えることができてよかったと、感謝されてしまいました。
こちらこそ、貴重なお話と経験をいただきました。ありがとうございます。
最後に吉田家の方がご挨拶に来てくださって、十年先か、二十年先か分からないけど、復元したらぜひ見に来てください、と仰っていました。
この後、まずCGで復元して、図面を書いて、集めた木材を一本一本きれいにして、組み立てて、と気の遠くなるような作業が続きますが、できることがあればお手伝いしたいと思いました。
早く終わったので、ボラセンに戻ります。
見慣れた景色。

見慣れてはいけないと思うのですが、きっと気付かないだけで変わっている部分があるはず。
戻ってきました。

掲示物など見ていたら、前回見た、広田町のみんなのひろばの新聞記事が掲示されていました。

さらに。
単独で陸前高田入りしていたイズミダンさんに遭遇。
色々報告し合っていたら、急に真顔で「なんでこんな日にこんな所にいるの?
」
って、その言葉そっくりお返ししますわ
メリークリスマス、と、よいお年を、のご挨拶でお別れ。
では、戻ります。
隣が空いているので、ごそごそと着替えたり、荷造りできるスペースはありがたいです。
帰りはここで休憩。

小友町の道の駅みたいな。
切り干し大根の葉を買いました。

駐車場に止まっているバス。遭難してるわけじゃないです。
内陸に向かうにつれ、雪が深くなっていきます。

気温とか、見えない見えない。
で、うとうとしてる間に北上駅前に到着。

日中は少し雪が溶けたようでした。
バスに別れを告げ、それでは帰ります。

というわけで、まずは昨日の年内最後のお手伝いを。
今回はいつものレーベン号がお休みになったので、北上市のボランティアバスに乗せてもらって陸前高田入り。
朝、北上駅前に集合。

ガッツリ雪です。
すでに6、7人が集合してました。
バスに乗って出発。

大きなバスですが、荷物が多くなることを考慮して定員を15~20名と少なめにしているのだそうです。
おかげでゆったり座れます。一人の時はありがたいな。

今回は、この腕章を付けます。
参加者は北上の方はもちろんですが、連休だったせいか、ほとんどが東京・千葉・神奈川など関東から。最遠は岐阜。
朝なので、路面はガッツリ凍結してますが、さすが、地元の方は慣れていらっしゃる、と思いつつ雪景色を見ながらウトウト。

途中、遠野にあるコンビニで休憩。

山を一つ越えると、雪が少なくなっていく感じ。
陸前高田のボラセンには、いつもと反対方向からアプローチ。

早かったせいか、まだバスはいません。
今日の現場は気仙川河口近くの今泉地区。
文化財であった建物の木材を、保管用のハウスに移動する、という内容。
では出発。

朝市開催中でした。

反対側、とれたてランド。隣の建物は完成したのか?
一本松は反対側の窓から見えました。
現場は(仮)気仙大橋を渡った向こう。

既に博物館の方?が木材のチェックをしていました。
この辺りは1591年に伊達政宗の所領となり、江戸時代には仙台藩の代官所が置かれ、大肝入と代官により統治される気仙郡の行政の中心地だったそうで、宿場町として栄え、古い街並みが残っていたそうです。
大肝入の吉田家住宅は茅葺きの江戸時代からのお屋敷でした。
その、吉田家住宅に使われていた木材を中心に集め、復元しようとしているのです。
大きな柱や梁には墨で書かれた記号などが残っていて、それらを頼りに組み立てるそうで、よく見ると、木には、250年前の文字がまだ残っていました。
足りない分は、他の木材で補い、元に戻すのだそうです。
チェックが終わった木材から順に保管用のビニールハウスに移します。
が、文化財の一部なので、丁寧にね、という注意がありました。
なるほど、簡単に機械は使えませんね。
一人で楽々運べる物もあれば、ほぼ全員でなんとか運べる大物も。
昔はこうやって人の手で運んだんだよね。
250年経っても同じです

昼の休憩時に、ちょっと辺りを回ってみました。
見つけたマンホールの蓋。

松ぼっくりと、椿の花と、カモメだそうです(ヘビに見えた・・・)。
黄色いハンカチの塔。

来年、ドラマ化されるそうですね。早いだろ

近くの竜泉寺に上がってみました。

境内からの眺め。

ここに避難した方は助かったそうですが、結構な急斜面。

一番下にあった大きな石は、鳥居の上の部分。

午後も同じ作業で、500本程あった木材を、全てしまうことができました。
やはり半年近く野ざらしだったので、早く雨風防げるところに保管したいが、機械を使えないのでなかなか作業が進まなかったらしいです。
それを終えることができてよかったと、感謝されてしまいました。
こちらこそ、貴重なお話と経験をいただきました。ありがとうございます。
最後に吉田家の方がご挨拶に来てくださって、十年先か、二十年先か分からないけど、復元したらぜひ見に来てください、と仰っていました。
この後、まずCGで復元して、図面を書いて、集めた木材を一本一本きれいにして、組み立てて、と気の遠くなるような作業が続きますが、できることがあればお手伝いしたいと思いました。
早く終わったので、ボラセンに戻ります。
見慣れた景色。

見慣れてはいけないと思うのですが、きっと気付かないだけで変わっている部分があるはず。
戻ってきました。

掲示物など見ていたら、前回見た、広田町のみんなのひろばの新聞記事が掲示されていました。

さらに。
単独で陸前高田入りしていたイズミダンさんに遭遇。
色々報告し合っていたら、急に真顔で「なんでこんな日にこんな所にいるの?

って、その言葉そっくりお返ししますわ

メリークリスマス、と、よいお年を、のご挨拶でお別れ。
では、戻ります。
隣が空いているので、ごそごそと着替えたり、荷造りできるスペースはありがたいです。
帰りはここで休憩。

小友町の道の駅みたいな。
切り干し大根の葉を買いました。

駐車場に止まっているバス。遭難してるわけじゃないです。
内陸に向かうにつれ、雪が深くなっていきます。

気温とか、見えない見えない。
で、うとうとしてる間に北上駅前に到着。

日中は少し雪が溶けたようでした。
バスに別れを告げ、それでは帰ります。