今日はひとつ、マリナーが舞台袖からステージに登場したときに聴衆から聴衆へと波のように会場いっぱいに広がっていった爽やかな驚きについて語っておきたい。
誰が間もなく92歳を向かえようとする老巨匠が、あんなにも颯爽と足取りも軽く、そして穏やかな微笑みさえ湛えつつ指揮台に向かう姿を想像しただろう。
指揮台への段差さえまったく感じさせないマリナーの若いエネルギーに、会場の空気は一気に華やいだのである。
そして、そのささやかな感動は、プロコフィエフ「古典交響曲」の最初の和音とともに驚愕へと変わった。
なんと輝かしい生命力に充ちた音だったことか。
すべてのフレーズが人生の春を謳歌するように息づき、リズムは若きアスリートの鼓動のようであった。
そう、そこに繰り広げられる音楽は、老巨匠というイメージから連想される枯淡の境地とはまったく無縁のまさに青春なのである。
タクトは常に明晰で、コンサートマスターが指揮者を補助するような仕草もまったく不要。
「まるでモントゥーだな」
わたしの胸に浮かんだ想いは、これであった。
もちろん、モントゥーの指揮姿を生で拝んだことはないけれど、その虚飾のなさ、音楽の明瞭さ、そして人格から滲み出る暖かさなど、マリナーの師モントゥーを連想せずにはおれなかったのである。
このコンビによる演奏を一度しか聴くことの出来ないのは残念であるが、一度聴けたことは幸い。
なにか辛いことがあったとき、今日の演奏を思い出せば頑張れそうな気がする。そんな素敵なコンサートであった。