ニューイヤーコンサート動画シリーズ 第5弾は、アンコール2曲目に演奏された「ラデツキー行進曲」 。
ビデオカメラが1階席最後列に設置されているため、ほぼ手拍子しか聞こえません。
当日の愉しく、華やいだ空気をお伝えできれば、と思います。
ヨハン・シュトラウスⅠ「ラデツキー行進曲」 福島章恭 指揮 東京フォルトゥーナ弦楽合奏団
◯ニューイヤーコンサート《ウィーンの花束2020》福島章恭 コンサートシリーズvol.1
開演:2020年1月5日(日)13:30 会場:大和市文化創造拠点シリウスやまと芸術文化ホール
福島章恭指揮 東京フィルトゥーナ弦楽合奏団(コンサートマスター相原千興)
音楽著述家 甲斐貴也様よりのメッセージ
神奈川県大和市、小田急線の大和駅から徒歩数分の所に、真新しい文化施設SIRIUSがあり、図書館とコンサートホールが併設されている。1000人収容の中ホールで、適度な残響と濁りのない響きを持つ優れたホールだ。
全席自由で、やや前方の席に陣取った。客性の多くは地元の方と思われる夫婦連れ、家族連れだが、かなり高齢の方に、そのお子さんとおぼしき中高年の方が付き添って着席されるのも目についた。飴の包み紙や鈴、補聴器のハウリングについての注意事項がアナウンスされ、その種の事故はほぼ抑えられていた。
モーツァルトのアイネ・クライネ・ナハトムジークが始まると、すぐに弦楽合奏の響きに魅了された。奏者たちの確かな技術と丹念な練習、指揮者の音楽への共感が伝わってくる。ハーモニーに厳格な合唱指揮者福島氏らしい、くっきりとした各声部が絶妙に織り合わされた、透明にして豊かな音色と、エレガントで魅力的な歌。これだけの弦楽合奏はそうそう聴けないのではないだろうか。
チャイコフスキーの弦楽セレナードはさらに素晴らしく、俗っぽさのかけらもない洗練されたフレージングに漂う一抹の哀感とでもいうような、これまでわたしがこの曲に聴いたことのない音楽に驚かされた。
白眉は後半のヨハン・シュトラウス集だった。レコード蒐集家として知られる福島氏らしく、各曲が往年の巨匠指揮者に捧げられている。わたしもレコード蒐集家の端くれであるが、往年の名演奏の鑑賞を音楽家としての創造に活かしているのが名指揮者福島氏の違うところだ。前半のエレガントな音楽に加え、随所に洒落たアクセント、俗謡風の歌い回しの妙が聴かれて楽しいことこの上ない。ヨハンのワルツを好んで聴くことがあまりないわたしも、退屈する暇が全くなかった。打楽器類を含む管弦楽のための作品を弦楽合奏で演奏するため、弦楽器で様々な擬音効果を工夫していたが、そうしたケレン味が音楽のエレガンスを損なわないのも、福島氏のバランス感覚ゆえだろう。
アンコールの「ラデツキー行進曲」では、お決まりの手拍子による聴衆の参加が求められた。それが「さあ皆さん手拍子をどうぞ、さんはい」的のどかな調子ではなく、ここぞというところで福島氏は大きな身振りと厳しい表情で聴衆を鼓舞し、それに煽られて力強く手を叩く人々の楽しそうなこと。客席はまさに興奮のるつぼであった。こうした思い切りの良さ、表現の幅の広さは、福島氏が各曲に記したマエストロたちにも共通することで、福島氏のブルックナーはもちろん、マーラー演奏も是非聴いてみたいものである。
音響の良い地元ホールで、クラシックの名曲の優れた演奏を楽しむ老若男女、そこには地域に根差した音楽活動の理想的な姿を見た思いだった。個人的なことだが、わたしは数年前惜しまれて亡くなった畏友上杉裕之氏が組織していた室内楽団、世田谷クラシカルプレーヤーズのことを思い起こしていた。道半ばで急な病に斃れた上杉氏が目指していた理想の実現がここにある。上杉氏がこの演奏を聴いていたらきっと絶賛されたに違いない。
楽しい演奏会のあと、冷たい風の中を暖かい思いを抱いて帰路に就いた。途中駅までご一緒した友人のKさんと車中で演奏の魅力について語り合ったが、その口から思いがけず世田谷クラシカルプレーヤーズの名前が出たのには、心底驚いてしまった。彼のお友達がメンバーだったことから、その演奏を聴いたことがあるのだそうだ。当時わたしはKさんとまだ面識はなかったが、近いところですれ違ったことはあるのかもしれない。音楽を通じた人と人との縁を大切にしたいと、改めて思わされた良き日であった。