明鏡   

鏡のごとく

「燈台へ」

2018-01-03 00:03:53 | 詩小説
ヴァージニア・ウルフの「燈台へ」を古本屋で手に入れたのは、昨日のことであった。

友達と太宰府でお参りをして、目を患った友人を見舞ってから帰るはずのせがれの乗った電車を待つ間、時間の中に埋没するために、立ち寄ったのだった。

立ち読みしながら、三島由紀夫の書いた最後の物語の一つに、灯台守りをしている男の子が出てきたのを思い出していた。

三島は、燈台に、すでに住んでいる男の子の眼差しを持ってして、海を、一人で見続けていたような。

ヴァージニア・ウルフは、海を、燈台を、向こう側から見続けていたような、気がしてきた。

果たしてウルフの魂は、そこいらに転がる石をポケットに詰めて川に入水しながら、ついには記憶の海へ、時を照らすような、燈台へ、たどり着けたのだろうか。

などと、思いつつ。

深い闇が揺れている海を見るように、外の暗がりの、曲がりくねった道を照らす灯りを見ていた。

「初夢を忘れてしまったから」

2018-01-02 17:42:54 | 詩小説
初夢を忘れてしまったから、もう一度だけ、夢を見ようと思うの。

と、彼女はひとりごちた。

私は、忘れてしまうことができない夢を見続けているような心持ちになった。

これまでの月日は、彼女にとっては忘れてしまった初めての夢よりもなおきれいさっぱりとしたものになってしまっていたのだけれど、私はまだ夢から覚めないまま、ずっとここにいたのだった。

彼女は私から離れていこうとしていた。体はもちろんのこと、心までも。

私は、彼女をとどめておくことができなかった。

なぜなら、彼女は初夢をすでに忘れてしまったように、私をも忘れ去ろうとしているのだから。

私は、彼女の初夢であったかのように、彼女の前から、姿を消すことになるのだ。

跡形もなく。

そして、彼女がもう一度見る夢は、一年に一度巡ってくる、初めての夢のように、思い出せなければ意味のないような、あるような曖昧な記憶の空(うろ)に溶け出していくようなものであるようで、夢を現実と見紛うような、夢を実現し、現実を超えたところに連れて行かれるようなものであるならば。

私は、もう一度見ようとしている夢に消されてしまうような、儚いものとなるのは確かなことなのだった。

私は、彼女の中には、いなくなるのだ。

私は、私でしかなくなるのだ。

そうして、初夢ではない、時々、デジャヴのように、いつか見たことがあるような、ないような、幽かな夢のようなものになるのだ。




それから。

彼女は、三が日を過ぎてから、初夢を忘れてしまった証のように、長い夢を見ていたような私の前から姿を消した。

緑の枠に収まった昔の名前を思い出したように。

かつての戦争の時のように、生きていくためにと、死の戦場に繰り出されるまえに届いた赤紙のように、赤い枠にはめ込んであった私たちの家族という形を、忘れてしまったかのように。

「茅葺の民俗学」生活技術としての民家 安藤邦廣 はる書房

2018-01-02 11:14:52 | 茅葺
「茅葺の民俗学」生活技術としての民家 安藤邦廣 はる書房より以下抜粋。


東京でも町家が瓦葺に変わったのは江戸末期で、その前は板葺、さらにその前は茅葺であったことは茅場町という地名が残されていることによっても知ることができる。

茅場町は江戸築城のとき神田の茅商人が移り住んだために呼ばれたという。

また、東北地方の宿場町や武家屋敷には茅葺がなお数多く残されている。

北海道のアイヌの住居は屋根ばかりでなく壁も茅葺である。

また、南国沖縄といえば強烈な太陽に照りつけられた赤瓦葺が印象的であるが、このような赤瓦葺の一般庶民への禁令が解かれるのは明治二十二年の事であり、今日のような赤瓦葺の景観が一般的になったのは第二次世界大戦以降の事である。

それまでの沖縄の庶民の住居といえば茅葺で、壁も茅葺としたものが少なくなかった。

このような屋根ばかりでなく壁も茅葺とした住居は本土の山村にも戦後までいくつか残されており、なかでも長野県秋山郷の民家は広く知られるところである。

「茅葺の民俗学」生活技術としての民家 安藤邦廣 はる書房

2018-01-01 13:15:33 | 茅葺
「茅葺の民俗学」生活技術としての民家 安藤邦廣 はる書房より以下抜粋。


草で葺かれた屋根の総称としては茅葺屋根の他に草屋根、草葺屋根、葛屋等が用いられた。

葛屋とはありあわせの屑物を利用して作られた屋根、またはその家という意味である。

またすすきで葺かれた屋根を茅葺屋根と呼ぶのに対して、稲わらや麦わらで葺かれた屋根はわら葺屋根と呼ばれる。

さてこのような茅葺きの屋根は古くから北海道、沖縄まで住宅に限らず社寺等のあらゆる建物に用いられてきた。家屋文鏡(奈良県の佐古田の宝塚古墳から出土した古墳時代の傍製鏡)に描かれた住居の屋根は茅葺屋根と考えられ、また埴輪に見られる屋根も茅葺屋根の形態を表している。古代の住居(倉)の形式を伝えるといわれる伊勢神宮の屋根も茅葺である。