マトリョーシカ人形

 小さな、マトリョーシカ人形を持っている。
祖父が亡くなったときに、遺品の中からもらったものだ。その祖父は、誰かからお土産としてもらったらしい。
 はじめてマトリョーシカ人形を見たのは、小さい頃、風邪などひいて訪ねた小児科の医院である。待合室においてあるいろいろなおもちゃの中にあって、子供たちが遊び散らすために、いつもばらばらになって、上半身だけのだとか、中が空っぽなのだとかが、じゅうたんの上に転がっていた。
 私はこの小児病院のマトリョーシカ人形が好きであった。といっても、気に入っていたのは、入れ子構造の一番小さいものから3つ目くらいまでで、外側のほうの、あんまり大きな人形はちっともかわいくないのであった。大きな人形は、たいてい上半身だけとか下半身だけしかなくて、体の半分は、おそらくソファの下とか本立てのうしろなどに隠れているのだろうけれど、私は診察を待っている人のあいだに分け入っておもちゃを探すような子供ではなかったので、見つけることができなかった。
 小さい人形はかわいい。一番小さな赤い人形と、その外側の黄色いお姉さん人形、もうひとつお姉さんの、緑色の人形。その3つを、並べたり重ねたりして遊んだ。
 ある時、まだ患者の少ない早い時間に病院に行ったら、マトリョーシカ人形は、診察時間前に病院の人が片付けたそのままの状態でおかれていた。どこかへいっていた体の半分は取り戻されて、すべての人形が、本来あるべき入れ子構造をとっていた。散らばった人形ばかりを見ていた私の目には、それが、とても新鮮に感じられた。
 小児病院の待合室には、ほかにもおもちゃがあったはずだけれど、マトリョーシカ人形以外には、なにも記憶に残っていない。
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