猫にだまされた男(前篇)

 太郎の里親K君の話である。
 ある大雨の夜、K君は大学の4階にある研究室で、研究にいそしんでいた。かなりの強雨で、窓の外からはざあっという大きな雨音が間断なく聞こえてくる。その雨の音に混じって、K君は猫の声を聞いたような気がした。
 その頃大学には幾匹かの猫が住みついていた。1階の外廊下の壁際に、岩石やらバケツやらと並んでキャットフードの段ボール箱が置かれていたから、地学教室の誰かがえさをやっていたのだろう。その猫かもしれない。耳を澄ますと、この大雨の中、確かに猫が鳴いているのが聞こえた。
 大学の建物の周囲は、地下の教室にも太陽の光が入るよう、掘り下げられて幅2メートルくらいの空堀のようになっており、昼間、その中に猫がいるのを見た。もしかしたら、この大雨で帰り道が遮断され、地下から出られなくなっているのかもしれない。そう思えば、なんだか、にゃおん、にゃおんと助けを求めているようにも聞こえる。とにかく気になるので、K君は様子を見に、研究室のある4階から階下へと降りていった。
 外は緞帳が下りたような雨である。思ったとおり、猫の鳴き声は地下から聞こえていた。出られなくなっているのなら、助けなければならない。降りしきる雨の中、K君は蝙蝠傘を片手に、地下へ続く梯子を降りはじめた。(つづく)
コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )