金木犀の匂い

 日の落ちる時間がだいぶ早くなった。すっかり暗くなってから実家の門をくぐると、庭に甘い香りが立ち込めている。知っている匂いなのだけれど、しばらく思い出せないでいた。金木犀だった。暗がりに目を凝らすと、庭の金木犀の枝に、ぽつぽつと、小さなオレンジ色の花が咲き始めていた。
 ひとつひとつはとても小さな可憐な花だけれど、それが枝じゅう散らばるように咲いて、芳香を放つ。やがて花が落ちると、木の下の地面は、淡いオレンジ色の花のじゅうたんとなった。小さい頃、落ちた花をすくって葉っぱに乗せて並べ、花のお弁当にしておままごとをした。
 いま住んでいる家の庭には、私たちが引っ越してくる前に、大きな銀木犀の木があった。秋が訪れるたびに、いい匂いをさせていたのだけれど、大きくなりすぎて伸びた根っこが裏の家の庭にまで到達し、やむなく切ってしまったのだという。隣のおばさんがそう教えてくれた。
 庭には、それらしい大きな切り株があって、ときどき、みゆちゃんはその上に腰をおろしている。切り株の表面はもうすっかり黒ずんで、死んだようになっているけれど、切り株の周りからは、あたらしい芽が数本伸びて葉を広げている。その芽にはやく花がつかないかと願ってもう三年経つのだけれど、まだ白い花の咲く気配すら感じられない。
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