広沢の池の猫

 嵯峨野の大覚寺の近くに、広沢の池という池がある。池の東側と北側は低い山で、西側には畑がずっと向こうまで広がっており、ところどころ、野焼きの白い煙が昇っている。
 空が広い。太陽が真上より少し傾いた頃、池のほとりに座ると、風もなく、風景がなんとなく暖かい色味の光に包まれていて、目の前に平たく広がる池の水面は、穏やかである。
 遠く対岸のあたりに、数羽の鴨が泳いでいる。池の中ほどでは、小柄な水鳥が水に潜ったり浮かび上がったりを繰り返している。潜ったと思うと、しばらくして、数メートル離れた場所に浮き上がる。水鳥が潜ったところを目撃したので、今度はどこから出てくるだろうかとあたりの水面をじっと見つめていたのだけれど、ちっとも出てこない。やがて、何かがゆっくりと浮かび上がってきたと思ったら、それは水鳥ではなく亀であった。水鳥のせわしない動きとは対照的に、甲羅の一部と頭だけを水面から出して、ゆったりと泳いでいる。見失ってしまったと思った水鳥は、しばらくたって、また別の場所で潜ったり浮き上がったりを繰り返していた。
 白い鷺が、長い足を水に浸けるようにして低空飛行していった。青鷺が、三羽、池に向って這うように伸びる松の木の周りをきわどく飛び交う。太陽に腹を向けた青鷺の、風をとらえる翼と、折りたたんだ長い首がよく見えた。
 子供たちが、糸の先にするめをつけてザリガニを釣っていた。それぞれ枯れた葦のあいだに釣り糸をたらしているが、なかなか思うようにうまく釣れない。
 そのするめをもらおうと、一匹の猫が、ザリガニを釣る少年の隣に擦り寄っている。少年は猫に関心を払っていないので、猫をこっちに呼んでみると、にゃあと返事をしてすぐにやってきた。キジ猫である。手を伸ばすと顔を擦り付け、そのまま足元にお腹を見せて寝転がった。猫が立ち上がって、持っていた紙袋をくんくんにおってにゃあと言い、お昼に食べたサンドイッチが一つ残っていることを思い出した。パンのあいだに挟まっているハムをあげると、おいしそうに食べた。野良だと思うけれど、しっかりと太っていて、びっしり生えた短い毛もつやつやしている。植え込みの横の石の上に、猫用の皿が置いてあっから、誰かがきちんと餌をあげているのだろう。
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