つめ、切らせて…

 私と遊んでいるときみゆちゃんは、「うっかり人間の肌を引っ掻かないように気をつけなくちゃ」などという注意を、これっぽっちも払っていない。不注意でか、あるいは故意にか、よくおもちゃと一緒に私の手足に爪をかける。
 おもちゃを空振りした猫パンチが、おもちゃを持つ私の手の甲に当たり、皮膚が少し裂けて血が滲んだ。前足をとって見ると、爪が鋭く尖っている。爪を切らなければならない。だが素直に手を出すような猫ではないから、起きているときはまず無理だ。みゆちゃんが眠くなるのを待たなければならない。では寝ているときなら確実に切れるかといえば、それも定かではない。
 やがてみゆちゃんの目がとろとろしてきて、座布団の上へ丸くなりに行った。眠りが深くなった頃を見計らって、そっと前足をつまんで爪を切ろうとした。が、みゆちゃんはすぐに気づいて足を引っ込める。失敗。しばらくおいて、みゆちゃんの力が抜けた頃、再びそーっと…また気づかれて、今度は足をからだの下に隠してしまった。お手上げ。人間と違って動物はあまり熟睡することがないから、難しい。
 普段は暴れん坊のちゃめが、爪を切るときだけはちゃんと膝の上に座っておとなしくするのだと自慢する、ちゃめびいきの父の姿が目に浮かぶ。お利口だという点でみゆちゃんがちゃめに負けているようで、面白くない。
 そのうち夫が帰ってきたので、みゆちゃんの爪きりのことを言うと、じゃあ自分がしようと簡単に請け負った。
 夫はあぐらをかくと、みゆちゃんを膝の上にちょこんと座らせ、ぱちんぱちんと爪を切り始めた。おとなしく夫に手を預けるみゆちゃん。唖然、である。私に対する態度とは、全然違うではないか。あっという間に両手の爪切りは終わった。
 そういえば、私にはしょっちゅうする噛んだり蹴ったりの暴行も、夫にしているところは見たことがない。どうもなめられているようである。
 みゆちゃんも膝の上で爪切りができることがわかって、ちゃめと父に対しては顔が立つが、複雑である。



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ライオンだっておしりふりふり

(昨日の続き)
 ライオンの檻は隣である。係りの人は金網に顔を近づけて、「クリスちゃん」と親しみを込めてメスライオンに呼びかけた。彼には猫並みに馴れているのか尋ねてみようと思ったが、聞きそびれてしまった。
 ライオンの動きが猫そっくりならば、ライオンの気を引くボールの動きも猫の場合と同じである。ボールを小刻みにもぞもぞ揺らすと、丸太の陰に身を伏せたクリスは、猫同様におしりをふりふり、ぱっとボールに跳びかかり、跳ね上がったボールには猫パンチ、否、ライオンパンチを繰り出した。
 メスのクリスが活発に遊ぶのとは裏腹に、オスライオンの「ナイル」は檻の壁に作り付けられた一番高い台の上に寝そべってただ見るばかり。台の上はナイルの定位置なのか、いつもそこに寝そべっている。
 ナイルが遊びをしないのは、野生のオスライオンは獲物の狩りに参加しないということと関係があるのでしょうかと聞いてみたら、遊びをするかしないかは個体によるのだそうだ。ただ係りの人は、ナイル以外のオスは知らないので、ほかのオスはわからないということだった。
 みゆちゃんみたいに遊ぶトラやライオンが面白いので息子にも見せようとしたが、面白がっているのは私ばかり、息子は園内にある小さな観覧車の方が気になるらしく、そちらを「か、か」と指差して、ちっとも見てくれないのだった。



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ボールの前ではトラも子ネコ

 雨があがったので、動物園へ行った。
 家が近いので月に一度くらい行く。しょっちゅう行っているが飽きることはない。相手が生き物だから、毎回違った側面が見え、何かしら新しい発見がある。
園内を一回りし、アムールトラの檻の前へ行くと、飼育係の人が檻に向かって何かをしている。そばへ行って見てみると、トラが大きなオレンジ色のボールで遊んでいた。一抱えほどもある大きなボールは、檻の天井を支点にロープで飼育係とつながっている。係りの人がロープを引いたり緩めたりしてボールを動かすと、トラはボールにじゃれかかるのだ。
やはり、ネコ科である。トラの動きは、猫の遊びそのままだ。
 だがその迫力は当然比べ物にならない。重量感が凄い。120キロの体で華麗に跳びかかる。なめらかに波打つ美しい毛並み。強靭な筋肉。しぐさそのものは猫と同じで可愛いが、恐ろしい。
 係りの人も真剣勝負だ。トラがボールをつなぐロープをくわえて引っ張った。係りの人も全体重をかけて引っ張り返すが、微動だにしない。綱引きのこう着状態が続く。
 係りの人がロープを背に掛け引っ張りながら、トラの頭の骨を箱から取り出し見せてくれた。どうぞ、さわってみて下さいと言ってくれたので、おそるおそる太くて長い牙に指を触れた。あごを全開にすると大人の頭だって入ってしまいそうである。
 ロープを引いたり緩めたりしてトラの口からはずそうとするが、トラはくわえて離さない。しまいにトラの側でロープが切れてしまった。
 トラはメスで2歳の「アオイ」ちゃん。人間の年齢にすると中学生くらいだそうだ。
「次はライオンと遊びますよ」
もちろん飼育係の人について行った。(つづく)



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庭の小鳥(後篇)

 そのうち、庭のみかんに気づいたヒヨドリが来るようになった。ヒヨドリはみかんを房ごと持っていってしまうので、ヒヨドリが来るとメジロはみかんが食べられない。もちろんヒヨドリにも食べてもらって結構だが、みんなが食べられるようにするにはどうすればよいかと考えた末、みかんをやめて、小さなコップに入れたジュースを置くことにした。ジュースにすれば、丸ごと持っていくことはできないし、メジロはからだの大きなヒヨドリがいないときに飲めばいい。100パーセントのオレンジジュースはメジロの口にあったようだ。
 警戒心の強いヒヨドリに比べて、メジロは好奇心が強いのか、あまり人を怖がらない。脅かさないようそっとメジロの木の横を通り洗濯物を干していると、逃げずに枝の上から見下ろしている。
 今ではみゆちゃんが庭を闊歩しているのであまり来ることはなくなったが、以前はキジバトもやって来た。庭に舞い降りて地面の上の何かをついばんだり、落ち葉の上で羽をふくらませて休んだり。スズメが来れば米をまいてやる。シジュウカラや、お腹の赤い、名前の知らない鳥が来たこともあった。町の中でありながら、意外と多くの鳥がいる。
 メジロが飛んでいったあとの庭に、みゆちゃんが降りていった。下生えの陰に隠れて、メジロが来るのを待つ気らしい。この寒い中じっとして、猫の根気のよさにはほとほと呆れる。
 根元がすでに腐っていた沈丁花の木は、みゆちゃんが登って倒してしまいもうないが、この冬もまた、鳥たちのためのちょっとした食べ物を置いておこうと思う。



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庭の小鳥(前篇)

 みゆちゃんが庭へ向かって、口を震わせるように「にゃ、にゃ、にゃ」と鳴いた。庭に鳥が来ているのだろう。ネロもちゃめもデビンちゃんも、みんな鳥に対してまるでさえずりを真似るかのような鳴き方をする。
 何の鳥かと庭を見ると、メジロだった。二、三日前に咲き始めたさざんかの花の蜜を吸いに来たのである。萌黄色のきれいなからだに白いアイラインがひょうきんで愛らしい。夏のあいだはほとんど姿を見せないのに、冬にはここに食べ物があることを知っているのだろうか。花から花へせわしなく飛び回って蜜を吸うと、どこかへ飛んでいってしまった。
 二年前の冬、さざんかの花が散ったあともメジロが遊びに来てくれるよう、冬枯れした百日紅の枝にみかんの房をさしておいた。メジロはいつもつがいでやって来て、みかんをかわるがわる突いて食べた。少し食べると、もう一羽と交代する。食べ終わった一羽は、低い沈丁花の木に飛び移って次の順番を待っている。常緑樹の沈丁花は冬にも葉が落ちず、メジロの姿を大きな鳥から隠してくれるので安心なのだろう。そうやって二羽ともお腹がふくれると、そろって沈丁花の枝に並んで休み、毛を繕いあったりした。私は二羽が一緒に食べられるよう、少し離れた二箇所の枝にみかんをさしておくことにした。



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みゆちゃんのヤキモチ

 息子とお風呂に入っていると、居間でみゆちゃんが「ニャオーン、ニャオーン」と鳴く声がする。先日、息子をお風呂からあげてタオルで包もうと思ったら、タオルの上にみゆちゃんが陣取って退いてくれずに困った。そこでこちらへ来られないよう居間に閉じ込めているのだが、それが不服なのである。猫だからお風呂に入りたいわけはないのだろうけど、自分だけ仲間はずれなのが気に食わない。
 明らかにみゆちゃんは息子と張り合っていて、息子がしていることにはなんでも参加しようとする。息子がピアノで遊んでいると、普段は乗らない鍵盤の上に飛び乗ってきて、踏み踏み歩いて音を出す。人間の食べ物にはあまり興味がないくせに、息子のご飯やおやつには、何を食べているのとばかりくんくん鼻を近づける。散歩から帰った息子が降りたばかりのベビーカーに飛び乗って、シートにからだをすりつける。
「ニャオーン、ニャオーン」とかわいそうなので、お風呂の遊びも切り上げて、早めにあがると、足元にすりすり寄ってきた。後足立って柔らかい前足の裏で私の膝をタッチするので抱き上げると、よほど寂しかったのか、抱っこ嫌いのみゆちゃんが、じっと腕の中で甘えている。
 同じようにみゆちゃんも、やきもちやきで我が儘な、可愛い子供なのである。



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日溜りの黒

 公園の黒猫は、木の根っこの間でひなたぼっこをしていた。今日は風が冷たいせいか、公園で遊んでいる子供たちも二三人である。黒猫の邪魔をするものは誰もいない。傍を通ると、また緑色の目を薄く開けてこっちを見た。
 しばらくして木の方を見遣ると、猫の姿がない。どうしたのだろうと公園内を見回すと、先ほど公園にやってきた車椅子の老人の傍にいた。傍といっても一定の距離を置いて、お婆さんと向かい合うように別の木の根元に寝そべっている。
 外出は暖かい服装で、と念を押した気象予報士の言葉を裏切るような陽光が、コートの背中を暖めている。息子は滑り台の土台にあいたトンネルの中に座り込んで、落ち葉をちぎって遊んでいる。ベンチに座って時々猫に目をやると、猫はおばあさんに注意を払う様子もなく、あくびをしたり、耳をかいたり、好きなように過ごしている。
 やがて車椅子の老人が行ってしまうと、今度はお母さんとやってきた小さな女の子が、猫のとがった背中をなでた。
 この前不憫に思った黒猫だが、今日は穏やかな時間を過ごしている。



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猫サーカス!

 テレビの上の、猫の日めくりカレンダーも残りわずかとなった。うちでは毎年、カレンダーはこの「猫めくり」である。ぐうたらな性格で、ほかの新年の準備は何一つ進んでいないのだが、カレンダーだけは売り切れると困るので、早くから購入している。
 来年の「猫めくり」の番外編に、弟の撮ったネロとちゃめの「猫サーカス」が載った。ベランダの手すりの上を歩いていたちゃめが、同じく手すりで寝ていたネロを飛び越える瞬間を撮ったものである。二匹の乗っている手すりの幅は10センチほど。どっしりと横たわったネロに行く手を阻まれたちゃめがどうするものかと見ていたら、難なくぴょんと飛び越えた。手すりの上に並ぶトラ猫二匹を撮ろうとカメラを構えていた弟が、運よくその瞬間を切り取った。
 実家の猫の中で、ちゃめの運動神経は並外れている。手すりから屋根に飛び移ったり、幅3センチ足らずの鉄棒の上を渡ったり。そういう危なっかしいことを、こちらが見ていてひやひやするような高い場所でやる。ほかの猫が登れない飾り棚もするすると登り、その動きは猫というより猿に近い。中でも特技は、はしごの上り下りである。屋根の修理のためにかけていたはしごを、はじめはゆっくり慎重に確かめ確かめ上っていたが、そのうち自由自在に駆け上り、下りるようになった。
 好奇心も負けん気も強いちゃめ、来年6歳であるが、まだまだおてんば盛りである。


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E.S.A

 金魚鉢に入れる水草を買いに、ホームセンターへ行った。
 観賞魚の売り場で水草を選んでいると、金魚や熱帯魚の入った水槽の前に男の客が一人来た。水槽の魚を眺めているが、金魚なんて飼いそうなタイプではない。そう思っていると、男の人は売り場の係りにめだか20匹と小赤10匹をくれと言った。我が家のきんちゃん、ぎよちゃんもこの小赤という種類の金魚である。30匹ものめだかと小赤を買って行くとは、人は見かけによらないなと思った。
 一ヶ月ほどたって、水草は金魚に食べられてほとんどなくなってしまった。私は新しい水草を買いに同じ店へ行った。
 そこでまた、あの男の客に出会ったのである。男の客は今度は、めだかを30匹、と言った。ついこのあいだ、めだか20匹と小赤10匹を買ったばかりなのに、おかしいなと私は思い、そこでふと気がついた。この人はめだかや小赤を飼うのではなく、飼っている肉食魚か何かの餌にするのではないだろうか。そう考えると、10匹単位で小魚を買っていくのも納得がいった。
 家に帰って、新しい水草のあいだを泳ぐきんちゃんとぎよちゃんを見ながら、うちに来てよかったねとつくづく思った。



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きんちゃんとぎよちゃん

 名前をつけるのは苦手である。うちにいる二匹の金魚の名前は、「きんちゃん」と「ぎよちゃん」。二匹とも、一匹30円程度で売られている小赤という金魚で、大型スーパーのペット売り場で買った。家に来たときには体長三センチほどだったのが、今では成長して体長は倍以上、胴回りもずいぶん太くなった。今年で四年になる。みゆちゃんは二歳なので、実は金魚が先輩である。
 きんちゃんのほうが少し色が薄く、体が大きい。えらく貫禄のあるおなかをしている。それに比べてぎよちゃんはスリムだ。これは二匹のえさの食べ方に関係があるのかもしれない。二匹とも食欲は旺盛なのだが、ぎよちゃんは食べるのが下手である。水面に浮いたえさを食べようとしても鼻の先に当たるばかりで、ちっとも口に入らない。その間にきんちゃんは周りのえさをどんどん食べていく。
 しかしスリムがゆえに、ぎよちゃんだけができる芸当もある。金魚鉢をのぞくと二匹ともえさをねだって口をぱくぱくさせるのだが、ぎよちゃんはまるで鉢の壁面を登るかのごとく、体の半分以上を水面に出して飛び上がるのだ。ちょうど、イルカショーのイルカが体のほとんどを水面からあげて尻尾だけで泳ぐ、あの曲芸のミニ版みたいな感じだ、といえば大げさであるが、家に来た人がぎよちゃんの芸を見てみな驚くので、金魚にしてはちょっと珍しいのだと思う。
 そんな芸をしてえさをねだるので、特にぎよちゃんにあげようとえさをまくと、ぎよちゃんはそれでもまだ芸をするのに一生懸命で、自分の後ろに浮いているえさに気がつかない。結局、何もしないきんちゃんがえさをほとんど食べてしまい、得をする。結果、ますます二匹の体型の差は大きくなるのだった。



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