ねこ絵描き岡田千夏のねこまんが、ねこイラスト、時々エッセイ
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庭のオハグロトンボ
2007年08月20日 / 虫
おなじトンボでも、青々とした田んぼの上を滑空するシオカラトンボや、青空をすいすいと飛び交うアキアカネなどとは違って、オハグロトンボは、ひっそりと日陰にいることが多い。実家の庭にもよく見かけたけれど、たいてい、竹やぶの光と影が格子縞になったところや、裏庭のつくばいの周りの湿っぽい場所をとりとめなく飛んでいた。
4枚の控えめな黒い羽を交互にうごかして、木の葉陰の、明暗錯綜する静的な景色をひらひらと舞って行く。薄緑色の羊歯の葉に止まれば、黒く透き通った羽を、開いたり閉じたりしている。
そんな静かなトンボだから、ある日庭にやって来た二匹のオハグロトンボを、見る側も声をひそめ、息をひそめて、眺めていたら、庭に出たみゆちゃんが、あっというまにトンボを捕まえてしまった。優雅でやさしげなうごきしかできないオハグロトンボは、猫の格好の獲物だった。あとで庭に降りてみたら、もう一匹のトンボも、無残に羽があらぬ方向を向いて、地面に落ちて死んでいた。
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大文字五山の送り火
五山とは、「大文字」「妙・法」「船形」「左大文字」「鳥居形」。今年は「法」の山のそばで、精霊を送る火を見た。
午後8時。五山の先頭を切って「大」という炎の文字が、東山に浮かび上がった。午後8時10分、「妙」と「法」が同時に燃え上がる。それに続いて、15分には「船形」と「左大文字」が、20分には「鳥居形」が、京都盆地を囲うように、煌々とした姿を闇に現した。
山のそばで見ると、字を形作る橙色の炎の一つ一つが夜空に向って揺らめく様や、松明からもうもうと出る煙までが見え、迫力がある。
前に一度、街の中心部にあるマンションに住む友人の招きで、その屋上から、遠く送り火を眺めたことがある。確か、鳥居を除くすべての山が見えた。夜の街を囲む屏風のような黒い山々に点々と火の文字が浮かび上がって、この京の街全体を舞台にした伝統行事の、スケールの大きさがよくわかった。五山一望は、それぞれの山のそばで見るのとはまた違った魅力がある。
夏の夜を照らす炎は、30分のあいだ燃える。やがて、松明の火は衰えて、オレンジ色の炎は、小さくなっていく。消えていく火とともに夏が終わってしまうようで、いつもさびしい気持ちになる。五山の送り火が終わってしばらくすると、日暮れに秋を思わせるような涼しい風が、さっと吹く。
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私の夏の風物詩
2007年08月10日 / 虫
拾ったどの抜け殻も、当然のことながら、蝉が出て行ったあとのただの殻であった。生きた抜け殻、中身の入った抜け殻、要するに羽化する前の幼虫だけれど、それは幻の存在だった。だから、ある夏の夕暮れ、はじめて抜け殻でない蝉の幼虫を見つけたときには、期待で胸がわくわくした。羽化するところを見るのだといって、幼虫をとまらせた虫かごの前で、夜遅くまでがんばっていたけれど、結局、待ちきれずに眠ってしまった。朝、両親に起こされると、かごの中には羽化したての、まだ羽が乾ききらないアブラゼミがいた。薄緑色のきれいな羽は、片方が縮れていた。羽が完全に乾いたら、まっすぐに伸びるかもしれないと期待して待ったけれど、茶色く乾いたあとも、不完全な羽はそのままだった。前の晩に、幼虫の頭や背中を、私が撫で回したりしたためかもしれなかった。
とても飛ぶことは無理であった。飛べなくても飢えないように、せめて樹液の飲める木に置こうと、山桜の幹に蝉を這わせた。蝉は、木の上へ上へと向って、どんどん登っていった。
大人になった今でも、蝉の抜け殻を見つけたら、なんとなく手にとってしまう。そして、心のどこかで、まだ中身が入ってやしないか、少し期待をしている。
(トラックバック練習板:テーマ「自分にとっての夏の風物詩」)
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鞍馬山のアシナシイモリ
山の中を抜ける石畳の参道の側溝には、ムカデとか蛍光色の巨大ないもむしとか、よく虫が落っこちているので、また何かいないかと思って、注意して見ながら歩いていたら、アシナシイモリの体の一部が、なぜ一部なのかはわからないけれど、落ちているのを見つけた。その数メートル先には、完全な形の生きたアシナシイモリが、三つ折りくらいになって、腐葉土の崩れたがけの下に、落ち葉に身を隠すようにしてじっとしていた。ふだんは地中で暮らしているはずなのに、何かの拍子で出てきてしまったのだろう。
アシナシイモリを見るのは、これが二度目である。れっきとした両生類で、イモリの仲間なのだけれど、見た目は、まるで巨大ミミズだ。つるつるした青みがかった体に、節の輪がきれいに並んで、一見、ホースか何か人工物のように見える。はじめてみたのは子供の頃で、実家の近くの砂防ダムの砂地の上に、体の一部だけがじっと弧を描くようにして出ていたから、何かチューブを構造に含んだゴミが、地中に埋もれているのかと思った。
一緒にいた父に、これなんだろうと言って二人で首を傾げていたら、ダムの池で釣りをしていた少年が、「アシナシイモリだ」と言うやいなや、持っていたはさみでちょん切ってしまった。途端、切られたからだがくねくねと動き出し、私は飛び退った。
動物については、図鑑などをよく見て詳しい方だと思っていたから、アシナシイモリという未知の奇妙な生き物の存在自体衝撃的だったし、少年の残酷な行為も衝撃的で、アシナシイモリは衝撃的な思い出として心に残り、以来、自分にとって特殊な生き物であると思っていた。
それから二十数年が経って、鞍馬山で再び邂逅したアシナシイモリだけれど、長い月日が経った後では、あの思い出からは意外に乾いた自分がいて、ちょっと懐かしいと思ってしばらく眺めたけれど、とくにそれ以上の感想もなくて、杉木立の参道を先へ進んだ。
参考:アシナシイモリの画像
※ご注意!あんまり気分のいい画像ではありません。
追記:その後、よく調べてみると、アシナシイモリの生息域は熱帯地方で、日本にはいないということがわかった。私がアシナシイモリだと思っていた生き物は、シーボルトミミズという大型のミミズであったらしい。
訂正記事はこちら。
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朝顔展
背の高いクスノキの並木道に展示場が設けられて、たくさんの涼しげな朝顔の鉢が並んでいた。鮮やかな紅色や、青紫、落ち着いた小豆色、花の中心に向って幾筋もの白い線が入ったものや、薄い青に白の細かい斑が入ったものなど、どれも、大きな花を咲かせる大輪朝顔である。普段よく目にするような、町家の軒下などにくるくると蔓を巻いて、小さならっぱ型の花をつける朝顔とは比べ物にならないような花の大きさなので、大事に育てて、品評会などに出す種類なのだろうと思う。
変化朝顔というのもあった。奇形の種同士を掛け合わせて作られた、珍しい形状を持つ朝顔である。変化朝顔は、実際に種を撒いて、蔓が伸び、葉が育ち花が咲くまで、それがどのような形状を持つ朝顔なのかわからない。蔓が異常なほど幅広くなって帯のようになったものや、葉が病的に縮れたもの、花弁が根元から千千に裂けてなでしこの花のようになったものなど、千差万別である。
朝顔といえば、小学校の一年生のときに育てた覚えがある。確か学校の理科の授業だったと思うけれど、学年ごとに違った植物を育てて、観察日記をつけるのである。一年生は朝顔、二年生はひまわり、三年生は白粉花で、確か四年生はへちまだったと思う。緑色をしたプラスチックの四角い植木鉢と種が配られて、それぞれ、土に小さなくぼみをつけて種を蒔いた。一階の教室の窓の外に、鮮やかな緑色の植木鉢がずらりと並んだ。
双葉が開いたとか、三枚目の葉が出たとか、初めての蔓が延びたとか、いちいち嬉しかった。スケッチして、観察日記をつけた。
クラスの中で早いものは、夏休みが始まる前に花を咲かせていたけれど、私の朝顔は学校では咲かず、夏休みに入って、植木鉢を持って帰った家の玄関先で咲いた。つぼみが大きくなってくると、きれいにねじった縞模様が色づいて、何色の花が咲くのかがわかる。それを見るのが楽しみだったけれど、実際に何色の花が咲いたのかは忘れてしまった。青紫とか赤紫とか、そんな色だったと思う。
花がしぼんだあとには小さな青い実がついて、季節の終わりに、枯れて乾いた薄茶色の皮をぱりぱりとはがすと、中から、きれいに並んだ真っ黒な種が、手のひらにころんと転がった。
そんな昔のことを思い出して、朝顔展では小さな紙の袋に入れて朝顔の種を売っていたから、一つ買って帰ればよかったと、家に帰ってから少々後悔した。
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