先日 天声人語に、新美南吉の書いた「ごんぎつね」が取り上げられていました。ごんぎつねは、教科書にも掲載されている作品なので、ご存知の方もたくさんおられることと思います。その中で紹介された二つの短歌が、ごんの住んでいた世界を想い出させてくれました。
○ごんぎつねも通ったはずの川堤(かわづつみ)燃え上がるようにヒガンバナ咲く 中村桃子
○名にし負わば違(たが)わず咲きし彼岸花ごんぎつねの里真赤に染めて 伊東紀美子
いずれも朝日歌壇に投稿された短歌で、作者はどちらも南吉の生まれた愛知県の方だそうです。南吉の故郷(愛知県半田市)を訪れた折りに、ヒガンバナを目にされてつくられたのでしょうか。
物語の中で、ヒガンバナは次のように描かれています。
~ 墓地には、ひがん花が、赤いきれのようにさき続いていました。 ~ そう列は、墓地へ入ってきました。人々が通ったあとには、ひがん花がふみ折られていました。
ごんの視点で描かれた 情景の中に たったこれだけしか ひがん花は登場しないのですが、なぜか とても心に残ります。毎年、ひがん花を見かけると、私の心の中にまず第一に浮かんでくるのが、この情景であり 赤いきれのようにさき続く 花のイメージです。このひがん花の咲く墓地で ごんは兵十のおっかあの死を知ることになり、それがその後のごんの気持ちと行動を 大きく変えてしまいます。
~そのばん、ごんは、あなの中で考えました。「兵十のおっかあは、とこについていて、うなぎが食べたいと言ったにちがいない。それで、兵十が、はりきりあみを持ち出したんだ。ところが、おれがいたずらをして、うなぎを取ってきてしまった。だから、兵十はおっかあにうなぎを食べさせることができなかった。そのまま、おっかあは、死んじゃったにちがいない。ああ、うなぎが食べたい、うなぎが食べたいと思いながら死んだんだろう。ちょっ、あんないたずらしなけりゃよかった。」
自分と同じひとりぼっちになった兵十に つぐないをしようと くりやまつたけを運び続けるごん。その行為が神様のしわざとされても つぐないを続けます。ひがん花は、こういったごんの心情をつくりだした起点の情景としてイメージされるから、印象に残ったのかもしれません。
最後の場面で ごんは 兵十に火なわじゅうでうたれてしまいます。
~「ごん、おまえだったのか、いつも、くりをくれたのは。」 ごんは、ぐったりと目をつぶったまま、うなずきました。青いけむりが、まだつつ口から細く出ていました。
うった後に、ごんの行為に気づく兵十。これまでの行為(つぐない)を兵十にわかってもらえたことに、うなずく ごん。青いけむりは、こういう結末でわかりあえたことを象徴するものであったのかもしれません。さらに色にこだわって考えるならば、赤いひがん花の赤は、ごんの献身的な行動を象徴する色であり、青いけむりの青は、その献身が 自分と同じひとりぼっちになった兵十によせる純粋なつぐないの思いであることを象徴する色だったのかもしれません。
ごんの側に立って考えると、ごんと兵十が 最後の一瞬であってもわかりあうことできたことには 大きな意味があるように感じます。ごんは、自分がくりやまつたけを届ける行為を神様のしわざにしてほしくない、自分のつぐないとして兵十に理解してほしいと強く願っていたのではないでしょうか。だからこそ、兵十にうたれたという事実よりも、自分のしたことを兵十に認めてもらったことの方が、はるかに意味があり うれしい出来事だったのではないかと思います。
兵十も、くりやまつたけを届けてくれたのがごんだと気づき、その行為がごんのつぐないであったと 受け止めることができたのではないかと思います。しかし、その行為の主を自分の手でうってしまったという後悔の念は、消えることはないでしょう。ごんも、後悔の念からつぐないを考えました。後悔が後悔を生む わかりあうことの難しさを描いた作品としてとらえるなら、大人の童話とも言える作品なのかもしれません。
その意味では、子どもとこの作品を読み進めていく時には、ごんの側によりそう形で読んでいった方が適切なのかもしれません。最後の場面も、悲しい結末であるけれども、自分の行為とつぐないの思いを兵十にはわかってもらえた というごんの気持ちに焦点をあてて読んでいくことに 重きを置いた方がいいのかなと思うのですが …… 。ただ、この作品を学習する子どもたちは4年生で、この時期の子どもたちはこれまで以上に感性が豊かに磨かれ、物事を深く見つめたり考えることができるようになってきます。そう考えると、兵十の気持ちも子どもなりに読み取っていけるように思います。わかりあうことの難しさと同時に、わかりあうことの大切さも感じとってくれるのかもしれません。
ひがん花からスタートしながら、どう読むかという方向にまで、足を延ばしてしまいました。道草をくいすぎてしまったようです。それだけ「ごんぎつね」という作品が好きな証拠なのかもしれません。南吉の故郷、愛知県半田市には『新美南吉記念館』があるとのこと。そこには、ごんぎつねに出てくる場所が再現され、散歩コースがつくられているそうです。いつか、出かけてみようかなと思っています。
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