平和の時計塔
本川小学校(当時は本川国民学校)
本川小学校は原爆ドームから元安川を挟んだ向かい側に位置し、現在は平和資料館として使用されています。
爆心地からわずか410mと、広島で最も爆心地に近かった学校です。
平和の時計塔
平和の鐘と共に「残したい"日本の音風景100選“」に選定
平和の鐘
鐘の表面には国境のない世界地図が浮き彫りにされており、「世界は一つ」という意味が込められています。
自己を知れ 森戸辰男(1888-1984)学者、社会思想家、教育者、政治家
原爆ドーム
原爆供養塔
韓国人原爆犠牲者慰霊碑
原爆の子の像
高さは9メートルで、その頂上には折り鶴を捧げ持つ少女のブロンズ像が立ち、平和な未来への夢を託しています。年間を通じて、たくさんの千羽鶴が捧げられていることから、別称「千羽鶴の塔」とも呼ばれています。
原爆の子の像の建立のきっかけとなった佐々木禎子さん。禎子さんは2歳のときに爆心地から1.7km離れた楠木町の自宅で被爆しました。
被爆直後はやけども傷も負わなかった禎子さんでしたが、被爆から10年が経過した12歳のときに白血病と診断され入院。8か月の入院生活の末、亡くなりました。
入院中、禎子さんは病気を治したいという願いを込めて折り鶴を折り続けました。禎子さんと折り鶴の話は国内のみならず海外にも伝えられました。今や折り鶴は平和を願う象徴の一つとして世界に広まっています。
今日はここまでです。