教団「二次元愛」

リアルワールドに見切りをつけ、二次元に生きる男の生き様 (ニコニコでは「てとろでP」)

中二病を称えよう

2010-07-02 00:00:00 | オタネタ全般
中二病というネットスラングがある。

いわゆる
「俺様バンザイ!」
やら
「俺様かっこいい!」
やらの自己陶酔に浸り始めるという思春期特有の言動のことを指す。
そして一般にはイタいヤツだとして嘲笑の対象になっている。

しかし!

中二病は極めれば何よりもかっこいい。
逆説的ギミだが、そうは思わないだろうか。



中二病の危篤患者は娯楽作品の主人公に多くみてとれる。
不遇な環境におかれているけど実は強いというような主人公だと特に。
その代表的なものというと、やはり松本零士作品ではなかろうか。

松本零士作品に出てくる主人公格の人物はほとんどが何らかの理想を胸に秘めている。
その理想を実現するために宇宙へと足を伸ばし、ときには自らの命さえも賭して成そうとする。
そして理想もなく努力もなく単に安寧だけを求める者を嘲笑する。
だから彼らにとっての宇宙とは、氏の台紙のように「無限に広がる大宇宙」と見えるのだ。

作品を読んで、彼らをイタいヤツだと嘲笑できるヤツはいるだろうか。
まずめったにいないだろう。

しかし彼らはまぎれもなく中二病の体現者だ。
それも症例としてお手本にしたいほどの重篤患者である。
それは、のほほんと生きている自分が恥ずかしくさえ思うほどに立派な症例だ。



いまの日本にはこういうものが欠けている気がする。

中二病に罹患されているべき中学生でさえ、
「将来なりたい職業は公務員」
などと答える始末である。

それも、
「俺は外交官になって世界を相手に戦って来るんだ!」
とでも言うなら話は別だが、
「う~ん、市役所の職員かなぁ・・・」
なんて言うのだから目も当てられない。

中二病の罹患者が少なすぎることは、国力を衰退させる一因にもなっているのではなかろうか。



追伸:

アイマスの中でいちばん中二病に侵されているのは恐らく千早で、そのなかでもいちばん中二病な曲はというと、やはりarcadiaとinfernoであろう。
ここには中二病を極めた者のみの持つカッコ良さがある。
うまいこと中二病的な魅力を引き出しているminori氏の編集つきの以下の動画を紹介したい。

【アイドルマスター】「arcadia」アニメ版斑鳩OP風
http://www.nicovideo.jp/watch/sm7604148

【アイドルマスター】「inferno」アニメ版斑鳩OP風
http://www.nicovideo.jp/watch/sm8346413

七難八苦を与えたまえ・・・って?

2010-07-01 00:14:51 | シューティング
「願わくば我に七難八苦を与えたまえ!」

山中鹿之助のセリフだと言われているものだ。

自己を鍛える。
努力を惜しまない。

一般に、そういった具合の意味に捉えられている。

しかし!

ここで、これとは全然違う解釈を提案したい。
わたし自身がそう思うところがあるからだ。

別にわたしがそういう日々鍛錬だとかいうような自分に厳しいようなヤツなわけではない。
というか、割といいかげんに生きているほうだという気すらする。

でも、
「願わくば我に七難八苦を与えたまえ!」
と思うことが1つだけある。
他ならぬシューティングゲームにおいてだ。



あらかじめ言っておくことがある。

シューティングとは、敵を倒すゲームではない。
シューティングとは、敵の猛攻を避けるゲームである。

シューティングとは、常人では到底避けきれない量の地獄のような弾幕の中にあり、その弾幕を全て避けきることに何かを見出すものだ。

その逆だとどうなるか。
自分がカンタンに避けきれてしまうようなヌルい弾幕が来たらどうなるか。

まあ、ゲームオーバーにはなりはしないから、遊ぶ時間は長くはなる。
でもおもしろくない。
そんなものはやりたいとは思わない。

シューターは自らの生命の危険と共に戦うことを欲している。
いつまでだって遊べるヌルい弾幕などいらない。
カンタンに殺されてしまいそうな狂気の弾幕が欲しい。

1コインクリアくらいなら余裕になったシューティング。
そういうものの序盤ステージはヌルくてタルいと感じることもままある。

だから思う。
そういうときこそ
「願わくば我に七難八苦を与えたまえ!」
と思うのだ。

シューターに七難八苦のステージが与えられたらどうなるか。
シューターはすぐに敵弾に撃墜されるかもしれない。
しかしシューターは狂喜乱舞してプレイしつづける。
七難八苦の弾幕を避けることが楽しくてしかたがないからだ。



さて、山中鹿之助。
ヤツはどう思って先の言葉を口にしたのだろう。

美談的な意味もあるかもしれない。
しかし、それだけではないかもしれない。

カンタンに殺されてしまいそうな狂気の戦場の中心に赴いて、そこから生きて帰る。
その事に換えがたい快感を見出したのかもしれない。

シューターはあの言葉をそう解釈できてしまうのだ。



戦闘民族サイヤ人として生まれた孫悟空。
ヤツもヤツが現れると決まって、
「オラ、ワクワクしてきた」
と言っていた。

孫悟空の目にも、山中鹿之助や我々シューターが見ている同じ何かが映っていたのかもしれない。