幻のモーヤ人
「石油が吹き上げる冨で砂漠国家を福祉国家に作り上げた新興国クウェートに、私は数回行きました。ちょうど1960年頃でした。」
と晃は語り始めた。
「毎朝、早くから回教寺院から祈りの声が聞こえてきて、とても寝てなんかいられなくて、砂塵が吹き渡る中で、町の見物を兼ねて散歩に出かけたりしました。」
シャイク(首長)が統治したこの国は、現在では人口が300万人くらいだが、その当時は40万人足らずだった。住民一人当たりの所得は世界最高水準で、米国の外交官でさえも、在外勤務手当てを入れても生活しにくいとこぼしていた時代だった。大学の研究施設や機材などに惜しげもなく資金を投じていたし、学費は無料、おまけに通学用の自転車を無料で配布していた。大学で教える教授の数が、学生の数より多いと言われていた。
ところが、富裕層の若者たちは欧米に留学するほうを好み、しかも学問をするより遊ぶことを優先するので、帰国してもほとんど役に立っていなかった。クウェートの政府機関や、ホテル、銀行、企業の多くで熱心に働いているのは、レバノン人やエジプト人、シリア人たちだった。「モノ」の豊富さと民衆の勤勉さは比例しないものだ。苦難を味わい、努力したものにしか、天は奮発心を与えないのではないか、と晃は語った。
当時、日本のアラビア石油が、クウェート沖の中立地帯に油田を開発していた。晃は、陸上施設や宿舎を案内してもらい、またランチ(はしけ)に乗って海中プラットフォームの見学もした。この油田は、1959年に開発したが、中立地帯の解消に伴って、2003年には日本は採掘権を完全に失ってしまった。
「クウェートの南、サウジアラビアとの国境地帯に大きな地下洞窟があります。その中にモーヤ人が住んでいるという話があります。私は、彼らは、ユダヤ人の一派であるエッセネ派の民であると思っています。これは、クウェートとサウジアラビアの中立地帯に位置しています。面白いことに、この地は『入らずの土地』として、一般人の立ち入りを禁止しています。神秘的な話だと思いませんか。」
晃の話は、だんだんおとぎ話のようになってきた。この中立地帯は1965年に国境が設定され1970年には解消されている。エッセネ派は、紀元前2世紀頃に存在したユダヤ教の民で、排他的な生活をすることによって、宗教的な純粋さを保っていると言われている。晃は、彼らは天孫民族だと語っていた。
ちなみに、「モーヤ人」でネット検索をすると、任天堂DSのゲームの中にしか出てこない。
つづく