chuo1976

心のたねを言の葉として

言葉なんか覚えるんじゃなかった

2012-01-21 15:22:42 | 文学
  帰途

             田村隆一



言葉なんか覚えるんじゃなかった

言葉のない世界

意味が意味にならない世界に生きてたら

どんなによかったか



あなたが美しい言葉に復讐されても

そいつは ぼくとは無関係だ

きみが静かな意味に血を流したところで

そいつも無関係だ



あなたのやさしい眼のなかにある涙

きみの沈黙の舌からおちてくる痛苦

ぼくたちの世界にもし言葉がなかったら

ぼくはただそれを眺めて立ち去るだろう



あなたの涙に 果実の核ほどの意味があるか

きみの一滴の血に この世界の夕暮れの

ふるえるような夕焼けのひびきがあるか



言葉なんかおぼえるんじゃなかった

日本語とほんのすこしの外国語をおぼえたおかげで

ぼくはあなたの涙のなかに立ちどまる

ぼくはきみの血のなかにたったひとりで帰ってくる
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