本当はもっと長い文章で、全部とても心のためになることだったんですが、特に共感した部分を揚げてみました。
★「東日本大震災から2年:心のリカバリーのために必要なことは?」
( http://bylines.news.yahoo.co.jp/usuimafumi/20130310-00023823/ )
■無力感を超えて:サイコロジカル・リカバリー・スキル
心理学的回復技術と訳せば良いでしょうか。兵庫県こころのケアセンターがネット上で公開しており、次のような内容が紹介されています。
・問題と目標を明確にし、様々な解決方法のアイデアを出し、もっとも役に立ちそうな解決策を試してみる。
・ポジティブで気分が晴れるような活動を考え、それをやってみることで、気分と日常生活機能を改善する。
・心や身体の反応が出てしまうようなきっかけを知り、対処する。
・自分自身の心が苦しくなってしまうような考え方は何なのかを知り、それをより苦痛の少ない考え方におきかえる。
・周囲の人との良い関係を作る。
何かをすれば全てが解決するわけではありませんが、何かをすれば、何かをした分だけ、問題は解決へ向かうでしょう。心がけてみること、試してみることは、大事なことではないでしょうか。
■安易なポジティブ・シンキングを超えて:ポジティブ思考
兵庫教育大学の岩井圭司先生は、月刊『教育と医学』2013年3月号で、サイコロジカル・リカバリー・スキルに関連して、ポジティブ思考をすすめています。それは、単に明るく前向きに考えようというものではありません。
・時には逃げて良いと考える。
・計画通りに事は運ばないと考える。
・私の具合はあまりよくない、あなたの具合も良くない、それで万事よし。
こういう考え方が、大困難時の、ポジティブ思考なのでしょう。
■世界の崩壊を超えて
私たちは、自分の人生を、この世界を信じているからこそ、生きていけます。頑張れば良いことはある、善人には良いことが起こると、何となく信じています。
けれど、大震災は、被災者から全て奪い、心の世界を崩壊させます。世界は闇の底に沈み、努力は報われず、神も仏も存在せず、人生は空しく意味がないと感じ、絶望感に支配されます。
前述の岩井先生は、世界に安全な場所はないという「世界への不信」、人には頼れないと感じる「人間への不信」、そして自分は価値のない人間だと感じる「自分に対する不信」をあげています。
本当の復興とは、人間の復興、心の復興とは、世界と他者と自分に対する信頼を取り戻し、この心の世界をリカバリーすること、作り直すことだと思うのです。
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>「時には逃げて良いと考える」「私の具合はあまりよくない、あなたの具合も良くない、それで万事よし」
まったくです(笑)こうやって言葉にされるとほっとしますね。震災当時、私はまさにこう思っていました。自分で頑張っても出来ないことがあって、でも、まったく予期せぬ方法で、予想以上の結果になって手元にくる、という事が実際にありました。 自分を大事にしないと、相手も大事にできないんです。
>けれど、大震災は、被災者から全て奪い、心の世界を崩壊させます。世界は闇の底に沈み、努力は報われず、神も仏も存在せず、人生は空しく意味がないと感じ、絶望感に支配されます。
書くと眉をひそめる方もおいでだとは思いますが、震災を体験して、私は「家族>>>>家の仏壇や神棚」という心境になりました。震災一年目は、ずっと余震が来るのに、新しく花瓶を買ってお花をお供えしている場合じゃないだろ、毎日お水とお茶とご飯をお供えしてる場合じゃないだろう、と大手を振っていた訳ですが、いま正直に言うと、大切に思う気持ちが薄れました。まぁ、お仏壇と神棚担当だったおじいさんが、あれからさっぱり手も合わせず、お彼岸やお盆に興味が無くなったので、こう思ったのは私だけじゃないんだと思います。勿論、逆に熱心になられた方たちもおいでだとは思いますが、何か心の内で壊れてしまったひとつです。
ですが、たぶん、震災が無かったら、生涯得られなかったであろう、びっくりするほどの「他人の無償の善意」というものを体感しました。(そして、自分を恥ずかしいと痛烈に思いました。何故いままで、自分は他人にこんなにも無償で支援の手を差し伸べてこなかったんだろうかと)震災で、日本だけでなく世界から寄せられた善意は、被災地民の心を確かに温めてくれました。その本当の事、凄いふり幅ですが、短いあいだに絶望(震災)と希望(他人からの善意)を体感したことで、「心のリカバリーは可能」という言葉を、強く信じれます。
★「東日本大震災から2年:心のリカバリーのために必要なことは?」
( http://bylines.news.yahoo.co.jp/usuimafumi/20130310-00023823/ )
■無力感を超えて:サイコロジカル・リカバリー・スキル
心理学的回復技術と訳せば良いでしょうか。兵庫県こころのケアセンターがネット上で公開しており、次のような内容が紹介されています。
・問題と目標を明確にし、様々な解決方法のアイデアを出し、もっとも役に立ちそうな解決策を試してみる。
・ポジティブで気分が晴れるような活動を考え、それをやってみることで、気分と日常生活機能を改善する。
・心や身体の反応が出てしまうようなきっかけを知り、対処する。
・自分自身の心が苦しくなってしまうような考え方は何なのかを知り、それをより苦痛の少ない考え方におきかえる。
・周囲の人との良い関係を作る。
何かをすれば全てが解決するわけではありませんが、何かをすれば、何かをした分だけ、問題は解決へ向かうでしょう。心がけてみること、試してみることは、大事なことではないでしょうか。
■安易なポジティブ・シンキングを超えて:ポジティブ思考
兵庫教育大学の岩井圭司先生は、月刊『教育と医学』2013年3月号で、サイコロジカル・リカバリー・スキルに関連して、ポジティブ思考をすすめています。それは、単に明るく前向きに考えようというものではありません。
・時には逃げて良いと考える。
・計画通りに事は運ばないと考える。
・私の具合はあまりよくない、あなたの具合も良くない、それで万事よし。
こういう考え方が、大困難時の、ポジティブ思考なのでしょう。
■世界の崩壊を超えて
私たちは、自分の人生を、この世界を信じているからこそ、生きていけます。頑張れば良いことはある、善人には良いことが起こると、何となく信じています。
けれど、大震災は、被災者から全て奪い、心の世界を崩壊させます。世界は闇の底に沈み、努力は報われず、神も仏も存在せず、人生は空しく意味がないと感じ、絶望感に支配されます。
前述の岩井先生は、世界に安全な場所はないという「世界への不信」、人には頼れないと感じる「人間への不信」、そして自分は価値のない人間だと感じる「自分に対する不信」をあげています。
本当の復興とは、人間の復興、心の復興とは、世界と他者と自分に対する信頼を取り戻し、この心の世界をリカバリーすること、作り直すことだと思うのです。
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>「時には逃げて良いと考える」「私の具合はあまりよくない、あなたの具合も良くない、それで万事よし」
まったくです(笑)こうやって言葉にされるとほっとしますね。震災当時、私はまさにこう思っていました。自分で頑張っても出来ないことがあって、でも、まったく予期せぬ方法で、予想以上の結果になって手元にくる、という事が実際にありました。 自分を大事にしないと、相手も大事にできないんです。
>けれど、大震災は、被災者から全て奪い、心の世界を崩壊させます。世界は闇の底に沈み、努力は報われず、神も仏も存在せず、人生は空しく意味がないと感じ、絶望感に支配されます。
書くと眉をひそめる方もおいでだとは思いますが、震災を体験して、私は「家族>>>>家の仏壇や神棚」という心境になりました。震災一年目は、ずっと余震が来るのに、新しく花瓶を買ってお花をお供えしている場合じゃないだろ、毎日お水とお茶とご飯をお供えしてる場合じゃないだろう、と大手を振っていた訳ですが、いま正直に言うと、大切に思う気持ちが薄れました。まぁ、お仏壇と神棚担当だったおじいさんが、あれからさっぱり手も合わせず、お彼岸やお盆に興味が無くなったので、こう思ったのは私だけじゃないんだと思います。勿論、逆に熱心になられた方たちもおいでだとは思いますが、何か心の内で壊れてしまったひとつです。
ですが、たぶん、震災が無かったら、生涯得られなかったであろう、びっくりするほどの「他人の無償の善意」というものを体感しました。(そして、自分を恥ずかしいと痛烈に思いました。何故いままで、自分は他人にこんなにも無償で支援の手を差し伸べてこなかったんだろうかと)震災で、日本だけでなく世界から寄せられた善意は、被災地民の心を確かに温めてくれました。その本当の事、凄いふり幅ですが、短いあいだに絶望(震災)と希望(他人からの善意)を体感したことで、「心のリカバリーは可能」という言葉を、強く信じれます。