既に出尽くした論点なのだが、個人事業主等の零細事業者が借入できなくなる、という一見もっともらしい理由を言うのは定番である。
貸金業の上限金利問題~その15
池田氏もこれと同じ。
本当は借りられる別な手段はあるし、上限引下げで借りられない対象となるのは所謂「ゾンビに追い貸し」と同じような事業者が多いだろう。それを個人事業主が困るからという「大衆の情感に訴える」戦術を取るのは、池田氏が散々酷評している「みのもんたの古い脳」と全く同じやり口なのである。感情に訴え、同情を誘おうとすることは同じなのである(大衆はこの手の戦術には弱いのだから煽動されやすいだろう)。これこそ正しくポピュリズムなのである。そのことにも無自覚であることは、大衆を欺こうとする連中がいかに「トンデモ」なのかが窺える。
このやり口は別な主張でも見られる。それは、次のようなものである。
「貸金から借金できないので、手術を受けられない」
いかにも悲惨で可哀想ってな雰囲気を漂わせる主張ですな。
彼は記事のコメント欄に次のように書いている。
池田信夫 blog みのもんたの古い脳
『高金利によって自殺する人もたしかにいるかもしれないが、他方ではサラ金で手術費を調達して命が救われる人もいるだろうし、つなぎ資金で会社が救われる人もいるでしょう。そういう「いい話」はメディアには出てこない(弁護士の飯の種にもならない)ので、サラ金は悪の権化として描かれる。』
おー、かなり情感に訴えるシチュエイションで迫ってきましたね。
とある人がいて、病院にかかったところ、多額の入院費や手術費などが想定され、収入が少ないので自力では払えない、と。こうした場合、この人は銀行もその他ノンバンクなんかも相手にしてくれないので「借りられるのは貸金だけ」であり、「そのお金が用意できないと手術を受けられない」ということになる、と。そーですか。へえ~、ですな。
池田式経済学の理屈では、「サラ金から手術費を調達して得られる利益」がどれほどのものなのか考えなくてもいいのかね?お得意のB/Cはどうした?その他大勢のメリットが大きければ、ごく限られた特殊な例を救済するべきなんてことをこれまで主張していないんじゃないのか?池田氏は(笑)。要するにあれだ、ご都合主義ってやつですか。自身がよく知りもしないのに、もっともらしい理屈を並べ立てて、よく知らない人々を誘導するというのは、ポピュリズム的であり「古い脳」そのものとしか思えんが。
貸金から借金できないので手術を受けられず困るケースが、どういったものであるか、考えてみる。
論点として、①貸金以外の資金調達方法、②払うべき費用、③医療機関の対応に分けて述べる。
①貸金以外の資金調達方法
サラ金から借りなければならない、って主張は、悪いサラ金に騙される人々と同じくらいのレベルだってことは言えるかも(笑)。本当に必要な資金であれば、公的融資制度を利用できる。そもそも貸金になんぞ、手術費用を借りよう、という時点で合理的ではないように思うな(爆)。頭の悪い経済学信奉者ならば、きっと目の前にすぐ見える貸金に飛びついてお手軽に借りるに違いないだろうが。
前に書いたので繰り返しになるが(貸金業の上限金利問題~その3)、殆どがこうした制度を知らないことがまず問題であろう。池田式経済学理論のように、まず「貸金から手術費用を調達せねばならない」と直感で考えることをとって見ても、「知られていない」という傾向が端的に現れているだろう。
この制度では、緊急小口資金も使えるし、「療養・介護資金」貸付制度も使える。なので、病院に払うべき資金が不足するならば、これら資金を使えばいいことが大半である。「療養・介護資金」貸付制度は都道府県単位とか市町村単位の貸付になるので、限度額には若干の違いがあるかもしれないが、大体170万円(1年以内)とか230万円(1年半以内)くらいまでは借入可能なようである。
参考>貸付事業
対象となる世帯の収入などにもよるが、10万円以上の「療養・介護資金」の調達は殆どが可能であろう。
②払うべき費用
これも所得水準によって若干異なる。前提として、3割自己負担、高額療養費制度、というのが一般的に考えられる。
具体例で考えてみよう。病院で1万点(=10万円)の医療費であったなら、自己負担額は3万円、ということになる。入院の場合には、食事療養費が別にかかるだろう。
払うべき資金を10万円用意(①で見た貸付制度を利用したとして)できる時、受けられる医療を考えてみよう。
a)生活保護で自己負担額が無料:
所得が少ない、ひとり親世帯、所得がない、病気の高齢者などといった場合、医療給付を受けていることは多々ある。この対象者であれば、自己負担は免除される。なので、本当に生活困窮者であるならば、払う必要がないのである。
b)3割負担の時:
33333点であると、自己負担額は10万円となるので、この点数に該当する医療を受けることは可能であろう。
c)高額療養費制度を利用する場合
割と大きな病気なのであれば、入院が必要となったりして、多額の費用がかかることは想定される。こうした場合に、利用できる制度としてこの制度がある。ある月に一定以上の自己負担額を超えると、限度額までの支払で済むことになっている。前提としては高額所得者ではないので、それ以外の限度額を見ると次のようになっている(70歳未満とそれ以上で違うが、今は70歳未満として考える)。
ア 低所得者(生活保護の被保護者や市町村民税非課税世帯などの方)
……35,400円
イ 上位所得者(標準報酬月額が53万円以上の被保険者及びその被扶養者)
……150,000円+(医療費-500,000円)×1%
ウ 一般(ア、イに該当しない方)
……80,100円+(医療費-267,000円)×1%
ここで、アの全額免除者ではない低所得者であれば、「35400円の定額制」であるので、10万円にもうちょっと頑張ってお金を用意すれば、3ヶ月間分くらいは医療費がまかなえる。その間に大きな手術をしようと、大量の輸血をしようと、高額な治療法を選択しようと、保健医療制度内にあるものであれば、医療を受けることができる。「106200円払えば、3ヶ月間は医療を受けることができる」ということだ。
次に、イは関係ないので、ウを考えてみよう。ウの該当者たちはアの人たちよりも所得額が多い、ということになる。で、80100円の定額部分の他に従量制の部分がある、ということですね。資金は10万円あるので、80100円を除いた残りの19900円分がこの従量制部分の支払限度ということになりましょうか。
つまり、19900=(医療費-267,000円)×1% となる医療費はいくらか、ということですね。これを求めると、医療費=2257000円となって、従量制の部分から規定される「自己負担額10万円」で受けられる医療は225700点まで、ということになります。これを超える場合には、従量制部分は1%ずつ増えるのですから、自己負担額を1万円増やせば医療費は100万円分増やせます。すなわち、自己負担額11万円ならば受けられる医療費は3257000円、12万円なら4257000円、13万円なら5257000円、ということで、大半の医療はこれで賄うことが可能であろうと思われます(但し、治療開始を月の初めとし、手術等は同月に行うように事前に交渉しておくというような工夫が必要でありましょうが)。10万円の自己負担で腹腔鏡下での腫瘍摘出術も受けることができるかもしれません(場合によるので、正確には言えないでしょう。確か王監督の場合、200万円くらいだったとか報じられていたように記憶している…)。
これは単月の場合のみですが、もう少し長期に渡る場合にはもっとお金が必要なことも考えられます。その時には、「療養・介護資金」の貸付で増額が必要になります。疾患の種類によっては、「障害認定」されることもあるので、その場合には自己負担額の減額がなされる可能性はあります。この辺りは病院で相談するか、役所の窓口で相談するのが望ましいと思われます。通常の医療であれば若年層では長期入院のような場合は少ないので(外来に長期間通わねばならない方が大変かもしれない)、「貸金から借りられず、手術を受けられない」という場面を想定することは困難な場合が多いと思われます。
③医療機関の対応
②のc)で述べた高額療養費制度を利用する場合、いくつかのケースが考えられます。一度医療機関窓口で「全額精算し、自己負担額を納める」場合と、窓口では「限度額のみ支払う」場合です。
前者の場合には、自己負担額が50万円だとすると、それを自分で支払って、支払済み領収書を役所の窓口に持っていき自分で高額療養費の払い戻し手続を行わねばなりません。この時には、「払ってくれ」と医療機関から求められることになります。この払うお金が用意できないので、手術等の治療が受けられないんだ、という主張は有り得ますが、事前に医療機関に確認することはできるので、このような病院には行かないようにすればいいのです。
後者のような「窓口では自己負担額の限度額のみ支払う」という医療機関を予め選定して、受診すれば済むことです。これで、事前に50万円を用意できなくても、10万円用意できたなら10万円のみを払えばいいのです。後は、病院がまとめて高額療養費の事務手続関係をやってくれます。自治体立などの公的病院や主だった基幹病院などの多くはこうしたシステムを採用しているだろうと思われます。患者がやるべきことは、この手続の委任状を書くことで、病院側が用意してくれているでしょう。
そもそも、「払えなければ医療(手術)を受けられない」という前提には、疑問符がつくでしょう。医療機関は患者が直ぐに「支払できない」という理由だけをもって、診療を拒否することはできません。勿論全部の医療を完璧に提供しろ、ということを求められても応じられない場合というのはありますが、放置すれば生命の危険性があるということであれば、支払能力の有無は別として生命を救う為の必要な医療は提供しなければならないでしょう(確か、過去にそういう判例があったと思います)。なので「3万円足りないから、必要な手術が受けられない」などということは現実には起こらないでしょう。アメリカならば、即刻 ICUから「出て行ってくれ~」(沢田研二か!笑)とか普通に言われるかもしれませんが、日本ではそういう社会環境ではないでしょう。
たとえ住居のない浮浪者であっても、道端で倒れていたら運ばれてくるし、その人の命を救う為に高額な医療行為(例えば輸血とか)であろうとも、全力で治療が行われるでしょう。無保険者であろうとも、「助けない」などということはほぼ無いと思います。大体、姓名不詳、保険加入状況不詳であろうと、医療は普通に行われていますからね。緊急の場合に保険証を持ってくる人の方が稀なわけで。こうした無保険者に多額の医療費がかかっても、「払えない」と言われれば泣き寝入りせざるを得ない(医療機関は取り立て屋ではありませんからね)のです。保険に加入してさえいてくれれば、高額医療費請求で殆どが支払われますし、仮に自己負担額が全額払えないとしても損失は微々たる額(全体に比べれば)ですが、無保険者の場合であると何処からも一銭も入ってこないので、医療機関が全額カブルことになるのですよ。自治体病院の多くには、こうした「払わない人々」の医療費が焦げ付き債権として残ってしまうでしょう。
低所得者において問題になるのは、「バカ高い国民健康保険の保険料すら払えない」というような場合であり(通常の会社勤務であれば健保組合か政府管掌なので労使折半になり、市町村国保に比べると保険料が安く済む)、無保険者となっているか保険料を払えない為に資格停止(保険料を納めるまでは全額自己負担、つまり10割負担)ということが一番困ることでしょう。市町村国保においては、「所得水準が低い」フリーターや自営業者なんかがエラク高い保険料を払わないと健康保険の資格を得られないが、高給取りは労使折半の安い保険料で済むという矛盾したシステムになってしまっているのです。これが大きな問題であることは間違いないでしょう。無保険者故に高額療養費制度も使えず、困っている人はいるかもしれません。でも、10万円あれば、取りあえず保険加入手続きを済ませて3万円程度保険料を納め(所得水準によって保険料が決まっているので払える分だけとりあえず払う)、保険制度の枠内に入った後に病院を受診して高額療養費制度の適用を受ける(低所得であれば、ひょっとしたら35400円の定額負担で済む可能性があるかもしれませんし)、といった対策は取り得るので、きちんとした相談窓口などに相談することが重要であろうと思われます。
こうして見れば、池田氏の主張がいかにトンデモであるかお分かり頂けるであろう。
「貸金から借金できないので、手術を受けられない」
こんなことはまず滅多には起こり得ないのが、今の日本の制度なのである。問題はこうした制度から漏れている(或いは、知らない)人たちをどうするか、ということであり、それには以前から社会保障制度を変えるべきと個人的には提案してきた。
いぜうれにせよ、同情を誘う事例を殊更強調して大衆を欺こうとするやり方は、まさしく「煽動」以外の何ものでもない。そんな程度の人間が、偉そうに大衆批判なんだそうだ。よく知りもしないくせに適当な思いつきを書いて、それを正当だと思い込ませる手法を取っているというのに。多くの人々はこうした記事やコメントを読んで本気にするだろう。借金できないと、手術もできないんだな、と。
主張者当人が自己の説を「心の底から正しい」と信じ込んでいるので、決して否定的意見を受け入れないのだ。カルトと似ているのである。それとも、「このキノコを食べたらガンが治るんですよ!!」みたいなものですか。言ってる本人が絶対的に正しいと信じているから、「本当に治るんですよ。どうです奥さん」みたいな勧誘もやけに説得力があったりするのが本当に困るのだ。そうして、何も知らない人々はまんまと騙されるのである。一見すると肩書きが立派そうで、そういうヤツが「本当に治るんです」とか力説したら、多くの人々が引っ掛かるのと同じなのである。
貸金業の上限金利問題~その15
池田氏もこれと同じ。
本当は借りられる別な手段はあるし、上限引下げで借りられない対象となるのは所謂「ゾンビに追い貸し」と同じような事業者が多いだろう。それを個人事業主が困るからという「大衆の情感に訴える」戦術を取るのは、池田氏が散々酷評している「みのもんたの古い脳」と全く同じやり口なのである。感情に訴え、同情を誘おうとすることは同じなのである(大衆はこの手の戦術には弱いのだから煽動されやすいだろう)。これこそ正しくポピュリズムなのである。そのことにも無自覚であることは、大衆を欺こうとする連中がいかに「トンデモ」なのかが窺える。
このやり口は別な主張でも見られる。それは、次のようなものである。
「貸金から借金できないので、手術を受けられない」
いかにも悲惨で可哀想ってな雰囲気を漂わせる主張ですな。
彼は記事のコメント欄に次のように書いている。
池田信夫 blog みのもんたの古い脳
『高金利によって自殺する人もたしかにいるかもしれないが、他方ではサラ金で手術費を調達して命が救われる人もいるだろうし、つなぎ資金で会社が救われる人もいるでしょう。そういう「いい話」はメディアには出てこない(弁護士の飯の種にもならない)ので、サラ金は悪の権化として描かれる。』
おー、かなり情感に訴えるシチュエイションで迫ってきましたね。
とある人がいて、病院にかかったところ、多額の入院費や手術費などが想定され、収入が少ないので自力では払えない、と。こうした場合、この人は銀行もその他ノンバンクなんかも相手にしてくれないので「借りられるのは貸金だけ」であり、「そのお金が用意できないと手術を受けられない」ということになる、と。そーですか。へえ~、ですな。
池田式経済学の理屈では、「サラ金から手術費を調達して得られる利益」がどれほどのものなのか考えなくてもいいのかね?お得意のB/Cはどうした?その他大勢のメリットが大きければ、ごく限られた特殊な例を救済するべきなんてことをこれまで主張していないんじゃないのか?池田氏は(笑)。要するにあれだ、ご都合主義ってやつですか。自身がよく知りもしないのに、もっともらしい理屈を並べ立てて、よく知らない人々を誘導するというのは、ポピュリズム的であり「古い脳」そのものとしか思えんが。
貸金から借金できないので手術を受けられず困るケースが、どういったものであるか、考えてみる。
論点として、①貸金以外の資金調達方法、②払うべき費用、③医療機関の対応に分けて述べる。
①貸金以外の資金調達方法
サラ金から借りなければならない、って主張は、悪いサラ金に騙される人々と同じくらいのレベルだってことは言えるかも(笑)。本当に必要な資金であれば、公的融資制度を利用できる。そもそも貸金になんぞ、手術費用を借りよう、という時点で合理的ではないように思うな(爆)。頭の悪い経済学信奉者ならば、きっと目の前にすぐ見える貸金に飛びついてお手軽に借りるに違いないだろうが。
前に書いたので繰り返しになるが(貸金業の上限金利問題~その3)、殆どがこうした制度を知らないことがまず問題であろう。池田式経済学理論のように、まず「貸金から手術費用を調達せねばならない」と直感で考えることをとって見ても、「知られていない」という傾向が端的に現れているだろう。
この制度では、緊急小口資金も使えるし、「療養・介護資金」貸付制度も使える。なので、病院に払うべき資金が不足するならば、これら資金を使えばいいことが大半である。「療養・介護資金」貸付制度は都道府県単位とか市町村単位の貸付になるので、限度額には若干の違いがあるかもしれないが、大体170万円(1年以内)とか230万円(1年半以内)くらいまでは借入可能なようである。
参考>貸付事業
対象となる世帯の収入などにもよるが、10万円以上の「療養・介護資金」の調達は殆どが可能であろう。
②払うべき費用
これも所得水準によって若干異なる。前提として、3割自己負担、高額療養費制度、というのが一般的に考えられる。
具体例で考えてみよう。病院で1万点(=10万円)の医療費であったなら、自己負担額は3万円、ということになる。入院の場合には、食事療養費が別にかかるだろう。
払うべき資金を10万円用意(①で見た貸付制度を利用したとして)できる時、受けられる医療を考えてみよう。
a)生活保護で自己負担額が無料:
所得が少ない、ひとり親世帯、所得がない、病気の高齢者などといった場合、医療給付を受けていることは多々ある。この対象者であれば、自己負担は免除される。なので、本当に生活困窮者であるならば、払う必要がないのである。
b)3割負担の時:
33333点であると、自己負担額は10万円となるので、この点数に該当する医療を受けることは可能であろう。
c)高額療養費制度を利用する場合
割と大きな病気なのであれば、入院が必要となったりして、多額の費用がかかることは想定される。こうした場合に、利用できる制度としてこの制度がある。ある月に一定以上の自己負担額を超えると、限度額までの支払で済むことになっている。前提としては高額所得者ではないので、それ以外の限度額を見ると次のようになっている(70歳未満とそれ以上で違うが、今は70歳未満として考える)。
ア 低所得者(生活保護の被保護者や市町村民税非課税世帯などの方)
……35,400円
イ 上位所得者(標準報酬月額が53万円以上の被保険者及びその被扶養者)
……150,000円+(医療費-500,000円)×1%
ウ 一般(ア、イに該当しない方)
……80,100円+(医療費-267,000円)×1%
ここで、アの全額免除者ではない低所得者であれば、「35400円の定額制」であるので、10万円にもうちょっと頑張ってお金を用意すれば、3ヶ月間分くらいは医療費がまかなえる。その間に大きな手術をしようと、大量の輸血をしようと、高額な治療法を選択しようと、保健医療制度内にあるものであれば、医療を受けることができる。「106200円払えば、3ヶ月間は医療を受けることができる」ということだ。
次に、イは関係ないので、ウを考えてみよう。ウの該当者たちはアの人たちよりも所得額が多い、ということになる。で、80100円の定額部分の他に従量制の部分がある、ということですね。資金は10万円あるので、80100円を除いた残りの19900円分がこの従量制部分の支払限度ということになりましょうか。
つまり、19900=(医療費-267,000円)×1% となる医療費はいくらか、ということですね。これを求めると、医療費=2257000円となって、従量制の部分から規定される「自己負担額10万円」で受けられる医療は225700点まで、ということになります。これを超える場合には、従量制部分は1%ずつ増えるのですから、自己負担額を1万円増やせば医療費は100万円分増やせます。すなわち、自己負担額11万円ならば受けられる医療費は3257000円、12万円なら4257000円、13万円なら5257000円、ということで、大半の医療はこれで賄うことが可能であろうと思われます(但し、治療開始を月の初めとし、手術等は同月に行うように事前に交渉しておくというような工夫が必要でありましょうが)。10万円の自己負担で腹腔鏡下での腫瘍摘出術も受けることができるかもしれません(場合によるので、正確には言えないでしょう。確か王監督の場合、200万円くらいだったとか報じられていたように記憶している…)。
これは単月の場合のみですが、もう少し長期に渡る場合にはもっとお金が必要なことも考えられます。その時には、「療養・介護資金」の貸付で増額が必要になります。疾患の種類によっては、「障害認定」されることもあるので、その場合には自己負担額の減額がなされる可能性はあります。この辺りは病院で相談するか、役所の窓口で相談するのが望ましいと思われます。通常の医療であれば若年層では長期入院のような場合は少ないので(外来に長期間通わねばならない方が大変かもしれない)、「貸金から借りられず、手術を受けられない」という場面を想定することは困難な場合が多いと思われます。
③医療機関の対応
②のc)で述べた高額療養費制度を利用する場合、いくつかのケースが考えられます。一度医療機関窓口で「全額精算し、自己負担額を納める」場合と、窓口では「限度額のみ支払う」場合です。
前者の場合には、自己負担額が50万円だとすると、それを自分で支払って、支払済み領収書を役所の窓口に持っていき自分で高額療養費の払い戻し手続を行わねばなりません。この時には、「払ってくれ」と医療機関から求められることになります。この払うお金が用意できないので、手術等の治療が受けられないんだ、という主張は有り得ますが、事前に医療機関に確認することはできるので、このような病院には行かないようにすればいいのです。
後者のような「窓口では自己負担額の限度額のみ支払う」という医療機関を予め選定して、受診すれば済むことです。これで、事前に50万円を用意できなくても、10万円用意できたなら10万円のみを払えばいいのです。後は、病院がまとめて高額療養費の事務手続関係をやってくれます。自治体立などの公的病院や主だった基幹病院などの多くはこうしたシステムを採用しているだろうと思われます。患者がやるべきことは、この手続の委任状を書くことで、病院側が用意してくれているでしょう。
そもそも、「払えなければ医療(手術)を受けられない」という前提には、疑問符がつくでしょう。医療機関は患者が直ぐに「支払できない」という理由だけをもって、診療を拒否することはできません。勿論全部の医療を完璧に提供しろ、ということを求められても応じられない場合というのはありますが、放置すれば生命の危険性があるということであれば、支払能力の有無は別として生命を救う為の必要な医療は提供しなければならないでしょう(確か、過去にそういう判例があったと思います)。なので「3万円足りないから、必要な手術が受けられない」などということは現実には起こらないでしょう。アメリカならば、即刻 ICUから「出て行ってくれ~」(沢田研二か!笑)とか普通に言われるかもしれませんが、日本ではそういう社会環境ではないでしょう。
たとえ住居のない浮浪者であっても、道端で倒れていたら運ばれてくるし、その人の命を救う為に高額な医療行為(例えば輸血とか)であろうとも、全力で治療が行われるでしょう。無保険者であろうとも、「助けない」などということはほぼ無いと思います。大体、姓名不詳、保険加入状況不詳であろうと、医療は普通に行われていますからね。緊急の場合に保険証を持ってくる人の方が稀なわけで。こうした無保険者に多額の医療費がかかっても、「払えない」と言われれば泣き寝入りせざるを得ない(医療機関は取り立て屋ではありませんからね)のです。保険に加入してさえいてくれれば、高額医療費請求で殆どが支払われますし、仮に自己負担額が全額払えないとしても損失は微々たる額(全体に比べれば)ですが、無保険者の場合であると何処からも一銭も入ってこないので、医療機関が全額カブルことになるのですよ。自治体病院の多くには、こうした「払わない人々」の医療費が焦げ付き債権として残ってしまうでしょう。
低所得者において問題になるのは、「バカ高い国民健康保険の保険料すら払えない」というような場合であり(通常の会社勤務であれば健保組合か政府管掌なので労使折半になり、市町村国保に比べると保険料が安く済む)、無保険者となっているか保険料を払えない為に資格停止(保険料を納めるまでは全額自己負担、つまり10割負担)ということが一番困ることでしょう。市町村国保においては、「所得水準が低い」フリーターや自営業者なんかがエラク高い保険料を払わないと健康保険の資格を得られないが、高給取りは労使折半の安い保険料で済むという矛盾したシステムになってしまっているのです。これが大きな問題であることは間違いないでしょう。無保険者故に高額療養費制度も使えず、困っている人はいるかもしれません。でも、10万円あれば、取りあえず保険加入手続きを済ませて3万円程度保険料を納め(所得水準によって保険料が決まっているので払える分だけとりあえず払う)、保険制度の枠内に入った後に病院を受診して高額療養費制度の適用を受ける(低所得であれば、ひょっとしたら35400円の定額負担で済む可能性があるかもしれませんし)、といった対策は取り得るので、きちんとした相談窓口などに相談することが重要であろうと思われます。
こうして見れば、池田氏の主張がいかにトンデモであるかお分かり頂けるであろう。
「貸金から借金できないので、手術を受けられない」
こんなことはまず滅多には起こり得ないのが、今の日本の制度なのである。問題はこうした制度から漏れている(或いは、知らない)人たちをどうするか、ということであり、それには以前から社会保障制度を変えるべきと個人的には提案してきた。
いぜうれにせよ、同情を誘う事例を殊更強調して大衆を欺こうとするやり方は、まさしく「煽動」以外の何ものでもない。そんな程度の人間が、偉そうに大衆批判なんだそうだ。よく知りもしないくせに適当な思いつきを書いて、それを正当だと思い込ませる手法を取っているというのに。多くの人々はこうした記事やコメントを読んで本気にするだろう。借金できないと、手術もできないんだな、と。
主張者当人が自己の説を「心の底から正しい」と信じ込んでいるので、決して否定的意見を受け入れないのだ。カルトと似ているのである。それとも、「このキノコを食べたらガンが治るんですよ!!」みたいなものですか。言ってる本人が絶対的に正しいと信じているから、「本当に治るんですよ。どうです奥さん」みたいな勧誘もやけに説得力があったりするのが本当に困るのだ。そうして、何も知らない人々はまんまと騙されるのである。一見すると肩書きが立派そうで、そういうヤツが「本当に治るんです」とか力説したら、多くの人々が引っ掛かるのと同じなのである。