ここのところ記事に書くよりも、コメントの方を多く書いてしまいました。
元検弁護士のつぶやき 司法と医療の相互理解とはなにか?commentscomments
続きを書こうと思いますが、また長くなりそうなので(これまでにも十分長く書いてしまっていますが)、記事にしてみます。
以前に記事(本当に血尿だったのか)に書いた時にはニュースだけしかなかったのですが、今は判決文が紹介されていることを知り、読んでみました。
平成15年(ワ)第202号 損害賠償請求事件
改めて感想を述べれば、亡くなられた患者の方はまだ若く残念であったと思われますが、これを救命するのは極めて困難であったのではないかと思います。いくつか論点を分けて述べたいと思います。
1)中心静脈カテーテルの穿刺
裁判でも争点となっていたが、私の意見では「主要な論点、原因とは思われない」というものです。前から記事に書いてたのと同じです。血管損傷があったとして、それが「生命の危機を及ぼす重大な出血」を招きえたか、といいますと、否であろうと思われるのです。静脈性の出血で、大きな外傷でもないのに相当量の出血がある、ということ自体が想定として困難です。裁判所の認定のように、仮に血管損傷があって腹腔内に出血したにせよ、それが尿中に出るという整合的な理由は見当たりません。裁判所は「否定する有力な学説等意見がないのであれば、否定しきれない」=腹腔内の出血は膀胱などを通って尿に出たんだと肯定、という態度を取っています。これを直ちに責めることはできないのかもしれませんが、現実には考え難いでありましょう。
2)剖検の結果
重要なのは剖検における所見でした。判決文にあるのは次のように書かれていました(P11)。
『小骨盤腔内並びに両側腎下極に至る後腹膜腔内出血、小骨盤腔から腹腔内への血液の波及、膀胱壁全層の彌漫性出血等を認めたが、血管壁破綻を思わす所見は認められず、Dの直接死因につき、テオフィリン中毒による急性左室不全並びに出血性ショックと推定されるが、血液凝固能低下に基づく出血とテオフィリンとの直接の因果関係については、明快な結論がえられていないなどと報告』
ここで、もう少し絞って見ていくこととします。
○所見1:血管壁の破綻についての所見は認められなかった
大量出血の原因と裁判所が認定しているのは、そもそも血管損傷があったが故に出血を来たした、ということであろう。しかしながら、解剖所見ではそういう所見がなく、従って血管損傷とそれに続発する血管壁破綻性の出血というものは解剖の上からは根拠がない。
○所見2:膀胱壁全層の彌漫性出血
この解釈は私のような個人では難しいのですが、裁判所が認めるような「血管損傷→腹腔内出血→膀胱に入る→血尿」というものは考えられないでありましょう。私の意見としては、起こりえる要因としていくつか考えられると思います。恐らく尿量を見るので尿道にはバルーンカテーテルが挿入されていて(要するにおしっこの溜まる袋が膀胱とダイレクトに繋げられているということ)、それがあったが故に「血尿」がバッグに溜まるのを目視できたのでしょう。
ですので、要因としては、尿道カテーテルが入れられていたこと、判決文で膀胱洗浄を行った旨被告側主張があること、というのが考えられるのではないでしょうか。膀胱内面の微小な出血点が多数あった、ということなのではないかと思いますので、これは上記2つの要因によっても惹起されうるのではないのかな、ということです。しかも、患者は痙攣発作を2度起こしているので、かなり強力な腹圧がかかったであろうと推測され、これも膀胱内に強圧がかけられた大きな要因なのではないかと思えるのです(きっとこれが第一番の原因なのではないかと)。
そうであるなら、裁判所が考えた「血管損傷→腹腔内出血→膀胱に入る→血尿」というおよそ非現実的な想定は採用できないでしょう。
○所見3:両側腎下極に至る後腹膜腔内出血
最大のポイントはここであろうと思いました。何が一番気になったかと言えば、「両側腎下極」という部分です。
何故「両側」であったのか?
これは、血管損傷とは必ずしも一致しない重要な所見であると思われました。
中心静脈穿刺を行ったのは右側であって、出血があるとすれば「右側」ということになります。ところが「両側」の腎臓周囲に見られているのです。判決文中にあったカテ挿入後のCT画像なのですが、撮影時間が午後6時頃ですので、その時点で血腫がどのように映っていたのか判りませんが、その時点で片側だけであったのか両側であったのかが気になります。たとえ、カテ挿入で小さな血腫が右側に形成されたにせよ、その後左側にも血腫が形成されるとなれば、右側の出血点だけではかなり困難なのではないでしょうか。
(ところで重量は測定していなかったのでしょうか?推定される出血量が書かれていないので判らないんですよね)
更に、後腹膜腔内出血についてですが、これには原因不明の出血を生じ血腫が形成されている例は複数あります。
原因不明の後腹膜血腫
これをお読み下さるようお願い致しますが、通常こうした特発性後腹膜血腫はできるのが片側です。非観血的治療法も有り得るようですので、手術適用とばかりとは限りません。出血源が不明であることも特徴的であり、手術や解剖所見でも発見できないと報告されています。また、外傷などで後腹膜血腫の形成となるような場合、タンポナーゼ様となって自然止血する例は少なくないでしょう(それ故非手術症例がある)。
事件の患者の場合には、血腫の形成は両側に及んでいるので、血管損傷(外傷などでも同じ原理です)で出血したのが原因とも言えないのではないかと考えました。それか体幹中心付近にある出血源で、出血範囲が両側方向に広がっていった、という場合でしょうか。それ以外でも、例えば両側性の特発性腎出血のような特別な状態であった、とか、腎臓周辺に見られる血腫については、カテ挿入に伴う血管損傷とは別物である可能性はあるだろうと思います。
3)テオフィリン中毒と出血
裁判ではテオフィリン中毒であったことは測定された血中濃度から認定されており(原告側主張は中毒なんかじゃない、検査数値が間違っている、という主張をしていたが、データを計測ミスと言い切るのであれば、全ての場合に通用してしまう。「はい、15キロオーバーで速度違反」とか言われたら「測定した機械のミスだ、その数字はウソだ」とか)、これはほぼ間違いないでしょう。裁判所の主な言い分としては、『テオフィリン中毒により、出血、血液凝固異常等を生じ、出血性ショックを発症し得るとの医学的知見が存在しないこと』を剖検した医師の意見を参考に採用している。
○凝固系の異常の可能性はある:
テオフィリンの薬理作用としては、普通は喘息治療薬としての効果が有名であるが、一応強心薬としての作用も有していると考えられている。この作用機序については、完全に明らかとなってはいないが、主にフォスフォジエステラーゼ(PDE)阻害作用によるものであると考えられている。シルデナフィル(商品名では有名となった「バイアグラ」)は同じくPDE阻害剤であるが、PDE-Ⅴ選択的阻害作用を有している。PDEにはサブタイプがⅠ~Ⅴまで(発見されて)あり、その5番目のタイプだけに効くのがシルデナフィルで、テオフィリンは恐らくPDE-Ⅲの阻害作用を有しているといわれる。
同じくPDE-Ⅲ阻害作用を有する強心薬にはアムリノンなどがあり、このタイプの薬剤は抗血小板凝集作用を有していると考えられる。ただし、この作用としてはそれほど強いものであるとは考えられていない(代表的なアスピリンやワーファリンなどの方が出血傾向は強いであろう)。一般的には通常量での凝固系への作用を考えたり研究されたりはしているだろうが、致死量の場合にこうした凝固系への作用の強さがどうなのかという研究はできないだろう。なので、実際に凝固系への影響がどうであったかを評価することは難しいのであるが、可能性としてはテオフィリン濃度が上昇するに従いPDE-Ⅲ阻害作用も強まる方向になる(逆はないだろう)のであり、結果としては出血傾向が助長され得ると考えられる。
DICであったかどうかは不明ではあるが、被告側主張としては「DICではなかった」としており、これは血小板数や血中フィブリノーゲンが98であったことから否定的立場を取っている。厚生労働省の診断基準でも、DICスコアが基準には到達していたとも言えないかもしれない(全ての検査結果が揃っていた訳ではないので、一概にはいえないかもしれないが)。
4)横紋筋融解症と血尿
これも重要な論点なのですが、確認できる手段はないので、あくまで推測の域を出ません。
膀胱壁の彌慢性出血程度であるなら、多少色が付く程度ではないかと思われ、それが本当の意味での「血尿」であったとも思えないのである。裁判所はこれを「血液+尿」という考え方に立ち、出血性ショックで死亡したのであれば「どこかで血が出てないとおかしい」、即ち「出血は尿と一緒に出ていたじゃないか」というストーリーなのであろうな、と思えました。
しかし、私の意見としては、今でも血尿ではなく「ミオグロビン尿」だったのではないかな、というのは変わりません。
尿の色、代謝性アシドーシス、痙攣があったこと、使用されている薬剤、などの状況証拠からは、それが最も整合的説明となると思えるからです。テオフィリンが横紋筋融解症のトリガーとなっていたか、疑問の余地は残されているのは確かである。これまで取り上げてこなかったもので、判決文を読むと気になったがありました。
判決文によれば、午後4時20分頃と40分頃に痙攣発作が発生していた。事前に抗痙攣薬を入れていたかもしれないし、発作後から何か使用したのかもしれない。これは中身が書かれていなかったので何とも言えないが、可能性だけ述べておきます。
通常、痙攣に対しては、ジアゼパムのようなベンゾジアゼピン系薬剤とか、抗てんかん薬のような薬剤を用いるのではないかと思ったのです。こうした薬剤は横紋筋融解症ではなくても、所謂「悪性症候群」のような病態を生じることがあります(コメント欄でも教えて頂きました)。つまり、危険性のあった薬剤を考えてみると、「テオフィリン」(勿論致死量に達するほどの量だ)、「抗痙攣薬」(ベンゾジアゼピン系?)、それとも両方かもしれませんが、有り得ない話ではないのです。具体的な症例として、次のものがありました。
横紋筋融解症・肺出血症例
この中で症例2では肺出血を生じており、剖検でも死亡原因として推定されています。本件とは条件が異なるので、一概には言えないですが、有り得ない話ではないということはご理解頂けるのではないかと思います。
つまり、横紋筋融解症もしくは悪性症候群の可能性が考えられ、テオフィリンや抗痙攣薬の使用や痙攣発作の影響ではないかということです。
5)なぜ死亡に至ったのか
顕著な症状の変化は、午後6時40分頃の血圧低下でした。恐らくこの頃から、ほぼ出血が「止まらなくなっていた」という状況に陥ったのではないのかな、と。それまでは、テオフィリン中毒と凝固系の軽度異常でどうにか持ちこたえていた(血液吸着などが功を奏したのかもしれません)のですが、時間経過と伴に全身状態の条件悪化が進んでしまったのであろうな、ということです。決定的となったのは、痙攣発作が起こったことだったのではないかと思われます。これを境に「後腹膜腔への出血」原因が発現、横紋筋融解症(もしくは悪性症候群?)の明らかな発現、となっていったのではなかろうか、ということです。
この両者の発現により、いよいよ血液凝固系の異常が顕著となって、(血圧が落ちた)6時40分頃から本格的に出始めたので血圧降下に至ったのではないでしょうか。そうであれば、撮影したCTにも両側性の血腫を疑わせる像は、その時点では映っていなかった可能性はあります。
(原告側主張では6時40分の時点で出血量が2000はあったはず、と述べているのだが、この根拠が全くわからないのです。まさか血尿の量をカウントしてバッグ一杯になっていたから2000とか言ってるのかも、と勝手に推測してしまいました。これは血液の量ではなくて尿量だろうと思いますので。)
出血は初めのうちは後腹膜腔(後には肺にも出血したでしょう)で起こっているので、そこに多分貯留していったのではないのかな、と。治療を行っている側にすれば、外傷のようにドバドバ出てるのがハッキリ判ればいいのですが(原因も対処も決まっているので)、全く見えない場所に大量に出血していて、同時に元々の中毒と横紋筋融解症のような病状も同時進行で起こっているとするならば、「何が原因なのか」ということを大変見え難くしていたのではないのかな、と思えるのです。
結局の所、争点となっていた「カテーテルによる血管損傷の有無」というのは、殆ど関係がないとしか思えません。そうではなくて、後腹膜腔への出血を予測・診断できたのか、原因を特定可能であったのか、治療法の選択として他の取りえる方法があったのか、ということではないかな、と。いずれも、「困難であった」としか思えないのです。
家族などにとっては、「血液吸着」とかのワケのわからん治療をやるまでは何もしない方が生きていた、とか、余計な治療をされたから死んだんだという見方ができてしまうのは判ります(時間経過に沿って医療行為を書いていくと、あたかも医療側が何かしたので、その結果何か悪くなったように見えてしまいます)。しかし、全部の薬物が青酸カリのように「飲んだ→ううっ苦しい→目の前で死んだ」みたいにはならないのですから。割と時間が経ってから死亡する例だって少なくないでしょう。そうは言っても、遺族にそれを理解せよと求めるのも難しいのは確かでしょう。
元検弁護士のつぶやき 司法と医療の相互理解とはなにか?commentscomments
続きを書こうと思いますが、また長くなりそうなので(これまでにも十分長く書いてしまっていますが)、記事にしてみます。
以前に記事(本当に血尿だったのか)に書いた時にはニュースだけしかなかったのですが、今は判決文が紹介されていることを知り、読んでみました。
平成15年(ワ)第202号 損害賠償請求事件
改めて感想を述べれば、亡くなられた患者の方はまだ若く残念であったと思われますが、これを救命するのは極めて困難であったのではないかと思います。いくつか論点を分けて述べたいと思います。
1)中心静脈カテーテルの穿刺
裁判でも争点となっていたが、私の意見では「主要な論点、原因とは思われない」というものです。前から記事に書いてたのと同じです。血管損傷があったとして、それが「生命の危機を及ぼす重大な出血」を招きえたか、といいますと、否であろうと思われるのです。静脈性の出血で、大きな外傷でもないのに相当量の出血がある、ということ自体が想定として困難です。裁判所の認定のように、仮に血管損傷があって腹腔内に出血したにせよ、それが尿中に出るという整合的な理由は見当たりません。裁判所は「否定する有力な学説等意見がないのであれば、否定しきれない」=腹腔内の出血は膀胱などを通って尿に出たんだと肯定、という態度を取っています。これを直ちに責めることはできないのかもしれませんが、現実には考え難いでありましょう。
2)剖検の結果
重要なのは剖検における所見でした。判決文にあるのは次のように書かれていました(P11)。
『小骨盤腔内並びに両側腎下極に至る後腹膜腔内出血、小骨盤腔から腹腔内への血液の波及、膀胱壁全層の彌漫性出血等を認めたが、血管壁破綻を思わす所見は認められず、Dの直接死因につき、テオフィリン中毒による急性左室不全並びに出血性ショックと推定されるが、血液凝固能低下に基づく出血とテオフィリンとの直接の因果関係については、明快な結論がえられていないなどと報告』
ここで、もう少し絞って見ていくこととします。
○所見1:血管壁の破綻についての所見は認められなかった
大量出血の原因と裁判所が認定しているのは、そもそも血管損傷があったが故に出血を来たした、ということであろう。しかしながら、解剖所見ではそういう所見がなく、従って血管損傷とそれに続発する血管壁破綻性の出血というものは解剖の上からは根拠がない。
○所見2:膀胱壁全層の彌漫性出血
この解釈は私のような個人では難しいのですが、裁判所が認めるような「血管損傷→腹腔内出血→膀胱に入る→血尿」というものは考えられないでありましょう。私の意見としては、起こりえる要因としていくつか考えられると思います。恐らく尿量を見るので尿道にはバルーンカテーテルが挿入されていて(要するにおしっこの溜まる袋が膀胱とダイレクトに繋げられているということ)、それがあったが故に「血尿」がバッグに溜まるのを目視できたのでしょう。
ですので、要因としては、尿道カテーテルが入れられていたこと、判決文で膀胱洗浄を行った旨被告側主張があること、というのが考えられるのではないでしょうか。膀胱内面の微小な出血点が多数あった、ということなのではないかと思いますので、これは上記2つの要因によっても惹起されうるのではないのかな、ということです。しかも、患者は痙攣発作を2度起こしているので、かなり強力な腹圧がかかったであろうと推測され、これも膀胱内に強圧がかけられた大きな要因なのではないかと思えるのです(きっとこれが第一番の原因なのではないかと)。
そうであるなら、裁判所が考えた「血管損傷→腹腔内出血→膀胱に入る→血尿」というおよそ非現実的な想定は採用できないでしょう。
○所見3:両側腎下極に至る後腹膜腔内出血
最大のポイントはここであろうと思いました。何が一番気になったかと言えば、「両側腎下極」という部分です。
何故「両側」であったのか?
これは、血管損傷とは必ずしも一致しない重要な所見であると思われました。
中心静脈穿刺を行ったのは右側であって、出血があるとすれば「右側」ということになります。ところが「両側」の腎臓周囲に見られているのです。判決文中にあったカテ挿入後のCT画像なのですが、撮影時間が午後6時頃ですので、その時点で血腫がどのように映っていたのか判りませんが、その時点で片側だけであったのか両側であったのかが気になります。たとえ、カテ挿入で小さな血腫が右側に形成されたにせよ、その後左側にも血腫が形成されるとなれば、右側の出血点だけではかなり困難なのではないでしょうか。
(ところで重量は測定していなかったのでしょうか?推定される出血量が書かれていないので判らないんですよね)
更に、後腹膜腔内出血についてですが、これには原因不明の出血を生じ血腫が形成されている例は複数あります。
原因不明の後腹膜血腫
これをお読み下さるようお願い致しますが、通常こうした特発性後腹膜血腫はできるのが片側です。非観血的治療法も有り得るようですので、手術適用とばかりとは限りません。出血源が不明であることも特徴的であり、手術や解剖所見でも発見できないと報告されています。また、外傷などで後腹膜血腫の形成となるような場合、タンポナーゼ様となって自然止血する例は少なくないでしょう(それ故非手術症例がある)。
事件の患者の場合には、血腫の形成は両側に及んでいるので、血管損傷(外傷などでも同じ原理です)で出血したのが原因とも言えないのではないかと考えました。それか体幹中心付近にある出血源で、出血範囲が両側方向に広がっていった、という場合でしょうか。それ以外でも、例えば両側性の特発性腎出血のような特別な状態であった、とか、腎臓周辺に見られる血腫については、カテ挿入に伴う血管損傷とは別物である可能性はあるだろうと思います。
3)テオフィリン中毒と出血
裁判ではテオフィリン中毒であったことは測定された血中濃度から認定されており(原告側主張は中毒なんかじゃない、検査数値が間違っている、という主張をしていたが、データを計測ミスと言い切るのであれば、全ての場合に通用してしまう。「はい、15キロオーバーで速度違反」とか言われたら「測定した機械のミスだ、その数字はウソだ」とか)、これはほぼ間違いないでしょう。裁判所の主な言い分としては、『テオフィリン中毒により、出血、血液凝固異常等を生じ、出血性ショックを発症し得るとの医学的知見が存在しないこと』を剖検した医師の意見を参考に採用している。
○凝固系の異常の可能性はある:
テオフィリンの薬理作用としては、普通は喘息治療薬としての効果が有名であるが、一応強心薬としての作用も有していると考えられている。この作用機序については、完全に明らかとなってはいないが、主にフォスフォジエステラーゼ(PDE)阻害作用によるものであると考えられている。シルデナフィル(商品名では有名となった「バイアグラ」)は同じくPDE阻害剤であるが、PDE-Ⅴ選択的阻害作用を有している。PDEにはサブタイプがⅠ~Ⅴまで(発見されて)あり、その5番目のタイプだけに効くのがシルデナフィルで、テオフィリンは恐らくPDE-Ⅲの阻害作用を有しているといわれる。
同じくPDE-Ⅲ阻害作用を有する強心薬にはアムリノンなどがあり、このタイプの薬剤は抗血小板凝集作用を有していると考えられる。ただし、この作用としてはそれほど強いものであるとは考えられていない(代表的なアスピリンやワーファリンなどの方が出血傾向は強いであろう)。一般的には通常量での凝固系への作用を考えたり研究されたりはしているだろうが、致死量の場合にこうした凝固系への作用の強さがどうなのかという研究はできないだろう。なので、実際に凝固系への影響がどうであったかを評価することは難しいのであるが、可能性としてはテオフィリン濃度が上昇するに従いPDE-Ⅲ阻害作用も強まる方向になる(逆はないだろう)のであり、結果としては出血傾向が助長され得ると考えられる。
DICであったかどうかは不明ではあるが、被告側主張としては「DICではなかった」としており、これは血小板数や血中フィブリノーゲンが98であったことから否定的立場を取っている。厚生労働省の診断基準でも、DICスコアが基準には到達していたとも言えないかもしれない(全ての検査結果が揃っていた訳ではないので、一概にはいえないかもしれないが)。
4)横紋筋融解症と血尿
これも重要な論点なのですが、確認できる手段はないので、あくまで推測の域を出ません。
膀胱壁の彌慢性出血程度であるなら、多少色が付く程度ではないかと思われ、それが本当の意味での「血尿」であったとも思えないのである。裁判所はこれを「血液+尿」という考え方に立ち、出血性ショックで死亡したのであれば「どこかで血が出てないとおかしい」、即ち「出血は尿と一緒に出ていたじゃないか」というストーリーなのであろうな、と思えました。
しかし、私の意見としては、今でも血尿ではなく「ミオグロビン尿」だったのではないかな、というのは変わりません。
尿の色、代謝性アシドーシス、痙攣があったこと、使用されている薬剤、などの状況証拠からは、それが最も整合的説明となると思えるからです。テオフィリンが横紋筋融解症のトリガーとなっていたか、疑問の余地は残されているのは確かである。これまで取り上げてこなかったもので、判決文を読むと気になったがありました。
判決文によれば、午後4時20分頃と40分頃に痙攣発作が発生していた。事前に抗痙攣薬を入れていたかもしれないし、発作後から何か使用したのかもしれない。これは中身が書かれていなかったので何とも言えないが、可能性だけ述べておきます。
通常、痙攣に対しては、ジアゼパムのようなベンゾジアゼピン系薬剤とか、抗てんかん薬のような薬剤を用いるのではないかと思ったのです。こうした薬剤は横紋筋融解症ではなくても、所謂「悪性症候群」のような病態を生じることがあります(コメント欄でも教えて頂きました)。つまり、危険性のあった薬剤を考えてみると、「テオフィリン」(勿論致死量に達するほどの量だ)、「抗痙攣薬」(ベンゾジアゼピン系?)、それとも両方かもしれませんが、有り得ない話ではないのです。具体的な症例として、次のものがありました。
横紋筋融解症・肺出血症例
この中で症例2では肺出血を生じており、剖検でも死亡原因として推定されています。本件とは条件が異なるので、一概には言えないですが、有り得ない話ではないということはご理解頂けるのではないかと思います。
つまり、横紋筋融解症もしくは悪性症候群の可能性が考えられ、テオフィリンや抗痙攣薬の使用や痙攣発作の影響ではないかということです。
5)なぜ死亡に至ったのか
顕著な症状の変化は、午後6時40分頃の血圧低下でした。恐らくこの頃から、ほぼ出血が「止まらなくなっていた」という状況に陥ったのではないのかな、と。それまでは、テオフィリン中毒と凝固系の軽度異常でどうにか持ちこたえていた(血液吸着などが功を奏したのかもしれません)のですが、時間経過と伴に全身状態の条件悪化が進んでしまったのであろうな、ということです。決定的となったのは、痙攣発作が起こったことだったのではないかと思われます。これを境に「後腹膜腔への出血」原因が発現、横紋筋融解症(もしくは悪性症候群?)の明らかな発現、となっていったのではなかろうか、ということです。
この両者の発現により、いよいよ血液凝固系の異常が顕著となって、(血圧が落ちた)6時40分頃から本格的に出始めたので血圧降下に至ったのではないでしょうか。そうであれば、撮影したCTにも両側性の血腫を疑わせる像は、その時点では映っていなかった可能性はあります。
(原告側主張では6時40分の時点で出血量が2000はあったはず、と述べているのだが、この根拠が全くわからないのです。まさか血尿の量をカウントしてバッグ一杯になっていたから2000とか言ってるのかも、と勝手に推測してしまいました。これは血液の量ではなくて尿量だろうと思いますので。)
出血は初めのうちは後腹膜腔(後には肺にも出血したでしょう)で起こっているので、そこに多分貯留していったのではないのかな、と。治療を行っている側にすれば、外傷のようにドバドバ出てるのがハッキリ判ればいいのですが(原因も対処も決まっているので)、全く見えない場所に大量に出血していて、同時に元々の中毒と横紋筋融解症のような病状も同時進行で起こっているとするならば、「何が原因なのか」ということを大変見え難くしていたのではないのかな、と思えるのです。
結局の所、争点となっていた「カテーテルによる血管損傷の有無」というのは、殆ど関係がないとしか思えません。そうではなくて、後腹膜腔への出血を予測・診断できたのか、原因を特定可能であったのか、治療法の選択として他の取りえる方法があったのか、ということではないかな、と。いずれも、「困難であった」としか思えないのです。
家族などにとっては、「血液吸着」とかのワケのわからん治療をやるまでは何もしない方が生きていた、とか、余計な治療をされたから死んだんだという見方ができてしまうのは判ります(時間経過に沿って医療行為を書いていくと、あたかも医療側が何かしたので、その結果何か悪くなったように見えてしまいます)。しかし、全部の薬物が青酸カリのように「飲んだ→ううっ苦しい→目の前で死んだ」みたいにはならないのですから。割と時間が経ってから死亡する例だって少なくないでしょう。そうは言っても、遺族にそれを理解せよと求めるのも難しいのは確かでしょう。