小児漢方探求

漢方医学の魅力に取りつかれた小児科医です.学会やネットで得た情報や、最近読んだ本の感想を書き留めました(本棚3)。

井齋偉矢Dr.の「サイエンス漢方処方」のエッセンス

2021年01月02日 13時19分04秒 | 漢方
講演を聴きたいけど、なかなか都合がつかなくて聞けずにいる講師の1人に井齋偉矢Dr.がいます。
「サイエンス漢方処方」をテーマに掲げて、漢方薬を西洋医学的アプローチで使いこなすという斬新な手法を用いています。

ふとしたタイミングで、井齋先生の講演がネット配信で視聴できることを知りました。
早速、購入して視聴してみました。

■ Dr.井齋のサイエンス漢方処方

井齋Dr.は漢方薬が対象とする病気・病態を次の4つの要素で説明し、
西洋医学と比較するという離れ業を行っています。

1.炎症
2.微小循環障害
3.水分分布異常
4.熱産生系障害

いきなりこう言われてもピンときませんが、
説明を聞けば聞くほど頷いている自分がいます。

■ 西洋医学と炎症
西洋医学の抗炎症薬は糖質コルチコイド(いわゆるステロイド)と、
NSAIDs(エヌセイドと読みます:非ステロイド系抗炎症薬の略)の2つがあります。
逆に言うと2つしかありません。

【糖質コルチコイド】
(メリット)
・強力な抗炎症作用
・短期大量療法が有効
(デメリット)
・長期:免疫抑制、微小循環障害

【NSAIDs】
(メリット)
・鎮痛解熱作用
・迅速な作用発現
(デメリット)
・自然免疫の抑制
・肝障害/脳・心筋梗塞

□ 漢方薬による炎症制御
・迅速な免疫系の立ち上げ:
 樹状細胞とtoll様受容体
 断片を認識と抗原提示
・過剰になった炎症の抑制:
 炎症は往々にして過剰に
 度が過ぎると生体に障害
竜胆瀉肝湯(とくに黄連・黄柏)はNF-κB系を抑制、黄ゴン(バイカレイン)はMAPKsを強く抑制する
・障害された組織の修復促進
 治癒とは修復の完了
 修復過程を促進

<まとめ>
・現代医学から見るとほとんどの疾患に炎症が関与していることは常識であるが、炎症をコントロールする手段はステロイドとNSAIDsしかない。
・漢方薬は、免疫系を賦活し、行きすぎた炎症を抑制し、炎症で障害された組織の修復を促す。

西洋薬は炎症を抑える場合、“冷やす”ことが基本です。
しかし、その薬は2種類しかありませんし、使い方が不適当であれば副作用を招きます。
冷やしすぎると血行障害を招いて治癒機転が滞るというイメージでしょうか。

漢方薬はただ冷やすのではなく、いろんな対処法で“調整”する能力があります。
冷やす漢方もあれば温める漢方もあります。
例えば、
・冷えて膝が痛むとき→ 附子含有の方剤で温める
・リウマチで赤く腫れて痛い関節→ 麻黄+石膏入りの方剤で冷やす
ことができますが、西洋医学では冷やすだけなので、
・冷えて膝が痛むとき→ NSAIDsで冷やす→ 悪化する
という流れになってしまいます。

■ 微小循環障害
微小循環障害を示す症候:目の下のクマ、しみ、皮膚の乾燥、暗赤色の唇・歯肉・舌、毛細血管の拡張、青タン、手掌紅斑、腹部圧痛点(確認のため)

□ 西洋医学と微小循環障害
・基本的に組み込まれていない。
・組み込まれていても治療法がないので無視している。
・西洋医学は動脈系に作用する薬はあるが、動静脈吻合や静脈系に作用する薬がない。

□ 皮膚疾患と微小循環障害
・皮膚病変を炎症と捉えてステロイドを使用
→ 炎症は抑えられるがベースに微小循環障害があるため、
 ステロイドにより微小循環は悪くなるので治りにくい
→ そこに桂枝茯苓丸加薏苡仁を投与すると微小循環が改善するので治療効果が高まる

□ 微小循環障害とNO、EDHF
・一酸化窒素(NO)が血管弛緩の情報伝達物質としての役割を果たしている。
・糖質コルチコイド(いわゆるステロイド)は一酸化窒素を抑制する。
・黄耆/人参/黄ゴンはラット血管平滑筋細胞に対しNO産生刺激作用があり、NO合成酵素遺伝子の転写レベルでの誘導を認めた(1995年)。
・微少血管壁弛緩にはEDHF(edothelium-derived hyperpolarization factor; 内皮由来過分極因子)・・・H2O2などが候補
・微小循環障害改善薬(桂枝茯苓丸加薏苡仁)はNO産生を刺激、NOS(一酸化窒素合成酵素)の転写を誘導、そしてEDHF産生を刺激することにより、血管平滑筋弛緩作用・血小板凝集抑制作用を発揮する。

□ 桂枝茯苓丸(25)
(病態)
・微小循環障害:程度・部位を問わず第一選択
・微小循環障害に伴う軽い炎症
(応答)
・骨盤内の静脈叢の血流改善が生殖器に好影響を及ぼす
・肝・肛門にも作用
・腫脹や皮下出血は微小循環が改善しないと治らない
(口訣)
・血行再建しても青紫→ 赤紫までしか改善しない場合、これをさらに改善
・「冷えのぼせ」は口訣の定番だが、必ずしもこだわる必要はない
・「体力中等度もしくはそれ以上」という条件は無視
病名;子宮卵巣疾患、更年期障害、痔核/肝炎、打撲症、慢性前立腺炎

<まとめ>
・現代医学は動脈系を通すことは得意であるが、それに続く微小循環系を鹸化津に回す手段を持っていないので、往々にして循環系が全体として滞る。
・漢方薬は、NOあるいはEDHFが微少血管壁の平滑筋を弛緩させ、微小循環が円滑に回るように仕向ける。

皮膚疾患によく用いられるステロイド外用薬は、炎症を抑えると共に乾燥させると言われています。
乾燥=血行が悪くなる、ということです。
ですから、痒い湿疹もステロイドで赤みは引きますが、それだけでは治療が完了しません。
乾燥に対して保湿剤が必須になります。

桂枝茯苓丸加薏苡仁は、ニキビやアトピー性皮膚炎にも用いられる方剤です。

■ 水分分布異常
・水分過剰=浮腫
 全身性には利尿薬、局所性には?
・水分不足=乾燥
 全身性には補液(経口・血管内)、局所性には?
・・・西洋医学は“局所”の水分分布異常に対応できない

□ アクアポリンの発見(2003年にノーベル化学賞)
・アクアポリンとは細胞膜に存在する細孔をもつ蛋白質で水分子のみを選択的に通過させる。
・哺乳類では13のアイソフォームが存在し、発現するアクアポリンが臓器や器官で異なる。

□ 漢方薬とアクアポリン
アクアポリンは個々の細胞にある水の出入り口だとすると、
・ドアを開いて水を導き入れる(乾燥対策)
・ドアを閉じて水の侵入を防ぐ(浮腫対策)
の両方をこなす(!)ことができる。

□ 乾燥対策としての漢方薬:麦門冬湯
気管内皮細胞の細胞内脱水
 ⇩
麦門冬湯投与によりアクアポリン5が開く
 ⇩
気管内皮細胞が潤い咳が鎮まる

□ 麦門冬湯
(病態)
・気管内皮細胞の水分欠乏(AQP5が閉じている)
→ 気管に炎症(発症数日以内)
→ 乾性咳嗽
(応答)
・気管内皮細胞のAQP5が開いて細胞内に水が入る
・口腔内の乾燥が改善する
(口訣)
・主に日中に咳き込む
・咳き込むと顔が真っ赤になる
・嗄声だけでも適応
・妊婦の咳に第一選択
(病名)気管支炎、口腔内乾燥症、急性喉頭炎

□ 浮腫対策としての漢方薬:五苓散
・脳浮腫に五苓散投与
→ AQP4を五苓散がブロック
→ 急速に脳浮腫が消退し劇的に回復

□ 五苓散
(病態)
・電解質バランスの乱れ
・行ってはいけない方向へ水が移動
・浮腫(能、ミエリン鞘、腸)
(応答)
・脳細胞の場合はAQP4が疎外されるので水の流入が阻止される
・頭蓋内、神経鞘あるいは腸管でも何らかの機序で水の流入を阻止
(口訣)
・口渇
・“尿量減少”は口訣の定番だが必ずしもこだわる必要はない
(病名)脳浮腫、急性神経炎、急性胃腸炎、二日酔い、脳浮腫性頭痛(天気痛)、めまい

<まとめ>
・心臓や腎臓に問題があってからだ全体に水がたまっているときには利尿剤は有効であるが、例えば脳浮腫のような局所の浮腫を効果的に解消できない。
・漢方薬はアクアポリンの促進または阻害を行い、細胞レベルで水の出入りをコントロールしている。

麦門冬湯は“潤す”方剤で、乾いた咳が止まらないとき、エヘン虫がいてついせき払いしてしまうときによく効きます。
五苓散は不思議な薬で、むくんでいるときは利尿作用を発揮しますが、むくんでいないときは利尿作用がないのです。
西洋医学の利尿剤は、どのような状況でも利尿作用を発揮するので、むくんでいないときに使用すると脱水のリスクがあります。
漢方薬の作用は一方通行ではなく“調整”という要素が入るのが特徴ですね。

■ 3系統ある体温調節系
(暑熱環境)発汗による水分蒸発量調節
・体温調節系の専門の出力器
(中性温域)血流量調節
・皮膚血管の拡張と収縮
・機能的バイパス(動静脈吻合)
(寒冷環境)産熱量調節
・遊離脂肪酸による非ふるえ熱産生
・筋肉によるふるえ熱産生

□ 体温調節系の欠点
(血流量調節)
暑熱環境では皮膚層への血流増加
→ 筋や脳への血流減少
→ 筋肉のけいれん、熱射病で倒れる
(産熱量調節)
寒冷環境では筋肉によるふるえ熱産生
→ 筋本来の機能を犠牲に
→ 姿勢保持や歩行困難に

□ 冷え症の病態
・筋肉の熱産生能低下、あるいはもともと低い
・ストレス→ 微小循環障害
・動脈硬化→ 末梢の血流低下
・エアコンへの過度の曝露
 ⇩
深部体温が下がる
 ⇩
深部体温維持は至上命令
 ⇩
・末梢の血流は犠牲にする
・血流不足→ 手足の先から冷える
→ 手足の冷えは手足を温めただけでは解決しない!

□ 漢方薬が体を温める機序(まだ解明されていないので仮説)
(産熱量調節)筋収縮の活発化
(血流量調節)皮膚血管の拡張(深部体温上昇後)

□ からだが温まる漢方薬
・四肢冷感→ 当帰芍薬散(23):貧血、浮腫、腹痛
・下半身の冷感→ 加味逍遥散(24):精神神経症状(魔女)
・下半身の冷感→ 桂枝茯苓丸(25):のぼせ
・四肢冷感→ 真武湯(30):代謝機能の低下
・四肢冷感(とくに手足末梢)→ 当帰四逆加呉茱萸生姜湯(38):寒冷で腹痛、腰痛
・四肢、下腹部冷感→ 温経湯(106):唇乾燥、手足のほてり
・腰、下肢冷感→ 苓姜朮甘湯(118):頻尿、腰の重苦感
・四肢冷感、深部体温低下→ 麻黄附子細辛湯(127):無気力、脈は沈細

<まとめ>
・熱産生系が十分に働かないと深部体温を37℃に保つために末梢循環を犠牲にするので冷え症になるが、新薬は深部体温を上げられないので冷え症を治すことができない。
・漢方薬は深部体温を上げて、免疫系などが十分働くようにする。その結果、末梢にまで熱が伝わり冷えが治る。

「温めて治す」ことは西洋医学ではできません。あえて言えば温湿布くらい?
なので、「冷えてつらい症状」は漢方薬の独壇場です。
当帰四逆加呉茱萸生姜湯(38)はしもやけの薬の定番ですが、
西洋医学ではしもやけに効く飲み薬は存在しません。
基本は「冷えの元はお腹の冷え、お腹を温めて根本的に体を温める」概念です。

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