私が漢方に興味を持つようになる際、大きく影響を受けた二人の人物がいます。
一人は益田総子Dr.。
もう一人は浅岡俊之Dr.。
浅岡Dr.の漢方解説は、もう10年以上前にケアネットDVDで知り、
発売されているモノを全部購入して食い入るように見ました。
実際の講演も聴いたことがあります。
西洋医学のみを学んだ世代の私は、
漢方というと、怪しいモノ、取っ付きにくいモノ、
というイメージが先行しがちでした。
しかし浅岡Dr.の、
・漢方薬は生薬を組み合わせた約束処方
・構成生薬を知り、その薬効を知れば、自ずとその方剤を理解できる
という解説を聞き、「これなら私にも使えるかもしれない」
と思わせてくれたのでした。
あれから10年以上経過しました。
途中、理論的な中医学にも興味を持ちましたが、
空想理論であり理詰め過ぎ、かつ中医学で見立てても効かない例があることを知るにつけ、
興味が冷めてしまいました。
もっと近道はないかと模索し、
小児科の漢方本が出版される度に購入して読んでみたりしてみましたが、
今ひとつしっくりきませんでした。
やはり生薬から紐解いていく方法が私に合っているのかな、
と思い始めて参考書を探しました。
たどり着いたのが以下の教材・資料です;
1.浅岡俊之Dr.の漢方解説
① Dr.浅岡の楽しく漢方〜古代からの贈り物Ⅰ・Ⅱ(ケアネットTV)
② Dr.浅岡の本当にわかる漢方薬(浅岡俊之著、羊土社、2013年発行)
2.『薬徴』(吉益東洞)
以下の構成からなる;
「主文」:薬能の記述
「考徴」:ある証拠になる徴を挙げて考え定めていく
「互考」:確証のつかみがたい条文を挙げて考証した
「弁誤」:誤り伝えられた部分を弁駁するという意味
「品考」:品質の考証
① 『薬徴』大塚敬節先生による校注
③『薬徴続編』(村井大年)松下嘉一先生(他)による解説
『薬徴』は江戸時代の名医 吉益東洞が書き記したとされています。東洞の学説の中心となるのが万病一毒説という説です。これは「すべての病気はただ一種類の毒から起こる」ということで、この毒とは後天的に体の中に生ずる何か病的なものを指します。 毒の所在を大事にするため、どちらかというと西洋の病理観に近い考え方、病理の方の医史学の概念でいうと、固体病理説に近い考えであると言われています。これは、日本あるいは中国の医学史上でも非常にユニークで、東洞が唯一の存在ではないかと考えられています。 このような東洞独特の概念で処方を整理したのが『類聚方』であり、さらに一歩突きつめて、構成している生薬の特徴を追究したのがこの『薬徴』です。
大塚恭男 先生:「薬徴解説」より引用
大塚恭男 先生:「薬徴解説」より引用
『傷寒論』『金匱要略』に掲載されている数多くの処方の中の主治証を引き出して、その中から共通のものを取り出し、特に目的とする生薬が大量に使われている、分量の多いものから並べていき、その生薬がどういうことに使われているか、ということを引っ張り出そうという論法がなされている。
坂口弘先生;「薬徴解説」より引用
『薬徴』に収録されている薬物は、上巻九品、中巻二四品、下巻二〇品にすぎません。日常用いられる薬物でも、収録されていないものが多々あります。そこで寛政年間に、肥後の村井大年(琴山、椿寿とも号す)という医人が『薬徴続編』を著わしました。ここには上巻四品、下巻六品、付録七八品を挙げてあります
松下嘉一 先生:「続・薬徴解説」より引用
松下嘉一 先生:「続・薬徴解説」より引用
3.「増補薬能」
編集人:南 利雄 出版元:壷中秘宝館
【増補能毒】(1652年)長沢道寿
【一本堂薬選】(1738年)香川修庵
【増補片玉六八本草】(1780年)加藤謙斎
【薬徴】(1794年)吉益東洞
【薬性提要】(1807年)多紀桂山(訂補薬性提要:山本高明)
【古方薬品考】(1841年)内藤尚賢
【重校薬徴】(1853年)尾台榕堂
【古方薬議】(1863年)浅田宗伯
【漢方養生談】(1964年)荒木正胤
【漢薬の臨床応用】(1974年)神戸中医学研究会
【中薬大辞典】(1985年)上海科学技術出版社
【漢方薬物学入門】(1993年)長沢(長城書店)
(壷中)著者不明
増補薬能は、生薬のことをネット検索しているときにたまたま見つけました。
近代以降の本草書類の条文を生薬別に抜き出して列挙している書物です。
歴代の漢方家が確証薬をどのように捉えてきたのか、比較検討に役立ちます。
これらを参考に、取っ付きやすい浅岡Dr.の動画配信を起点にして、
生薬の勉強をコツコツと続けていきたいと思います。