1月29日の記事で書いたアラディン中古書店江南店で買った本の1つがリュ・ホソン(류호선)作:チョン・ジユン(정지윤)絵「方言の味(사투리의 맛)」です。
買った理由は、中をパラパラ見ると①全羅道サトゥリ(사투리.方言)がいろいろ出てくるようである。②児童書なので字が大きく、約120ページなのですぐ読めそう。③挿絵から判断すると楽しそうな内容のようである。
・・・で実際読んだところすべて当たり。定価8500ウォンの本を中古価格3500ウォンで買いましたが、ホントにいい買い物でした。
物語の骨格は、全羅道の島からソウルに引っ越した初等学校(小学校)3年の少年ク・チョルファンがソウルの学校で方言を理由にからかわれたりして悩みながらも、担任の先生の支えもあって結局は級友たちの間に方言に対する興味・関心を呼び起こし、校内放送でも番組を担当して人気を得るというもの。
以下、ちょっとくわしく書くと・・・
チョルファン少年の故郷は全羅南道麗水市の突山島(トルサンド)という島。韓国で7番目に大きい島で、突山大橋(1984年完成)で陸続きになっています。彼が通っていたのはそこの突山初等学校金鳳(クムボン)分校。調べてみたら実在の学校ですが2005年に突山初等学校に統合されて廃校になっています。突山初等学校の画像は→コチラで見られますが、その記事(韓国語)によると全校の生徒数が約100人。ということは各学年1クラスですね。その分校となると生徒たちは当然お互いをよく知っているということ。
チョルファン少年はその学校で「アナウンサー」を自任しています。毎週朝会の時には朝礼台に上がり、週訓を読むほか、自分で取材して集めた町内ニュースを発表します。たとえば「(級友の)ヒョギの家で黒ヒツジの子が産まれました。記念としておばあさんがススブクミ(수수부꾸미)を作ってくれます。食べてお祝いしたい人は皆で行きましょう」といった内容。
※ススブクミ・・・・とうもろこしの粉の生地にアズキあんを入れて焼いた軽食。(→画像。)
ところが、おとうさんの仕事の関係でソウルに転校したチョルファン少年は生活環境や学校のようすが大きく変わってとまどいます。
マンションのエレベーターに乗り合わせた大人たちは階の表示を見るだけで挨拶しても返事はないし、あったとしても「いなかから来たのか?」「全羅道か?」というものばかりで、突山島とは大違い。このあたりは日本でも同じか。
そして肝心の学校生活。チョルファン少年は自分なりに言葉のことを意識していて、担任の先生(若い女性)に「ソウルに転校してきて大変じゃない?」と優しいソウル弁で尋ねられた時も、
“아니여라! 암씨롱토 안 혀요.” (いえ、だいじょうぶです)
という全羅道方言をぐっと飲み込んで
“아니요.괜찮습니다. ”
とソウル弁で答えます。
先生は“정말? ”(「本当?」)と少し心配そうですが、彼はこの「チョンマル(정말)?」を女性が発音すると「チョンマルチョンマル、ソウルマルはいいなー」と思ったりします。
※全羅道方言では참말로(チャンマルロ)という。
ところが1週間経つうちに彼が何か話すと級友たちが笑うようになってしまいます。「ウハハハ、ヤクザ(조폭.チョポク)のように話すなあ。ヤクザだ!」
そして授業で先生がチョルファン少年に「夢は何なの?」と質問した時も、
“나넌 아나운서가 되고 잡습니다.”(ぼくはアナウンサーになりたいです)
という全羅道方言を頭の中でソウル弁に置きかえ、はっきりと
“저는 아나운서가 되고 싶어요. ”と言うとクラス中が笑いの渦。「ホントにヤクザみたいに話すなあ」。
歯をくいしばって涙をこらえるチョルファン少年、「全羅道のヤクザが出てくる映画が多いせいだ、監督がいたら腕をひねり上げてやりたい」と思ったりします。
※全羅道関係でヤクザが登場する映画といえば、まず思い出すのが「木浦は港だ」。「偉大なる系譜」というのもありますが、私ヌルボは見ていません。釜山を舞台にしたヤクザ映画はいろいろありそうですけどね。
あだ名も<突山島アナウンサー>から1週間経たないうちに<全羅道ヤクザ>に変わってしまった彼。からかいに耐えられず「やめろ!」と発した言葉がまたソウル弁の「그만해!」ではなく「그만혀!」だったので、笑い声はさらに広がります。
そこに「うるさいわよ。静かにして!」とヘヒャン。かわいくて級長で子役タレントで、皆から一目置かれている彼女のこの一声で一瞬にして静かになります。
そのヘヒャンは放送部のアナウンサーでもあります。入部希望生徒が多いので、学年当初に選抜試験が行われます。それも3次まで! その年度の試験は終わっていますが、その後空きができたのでチョルファン少年も挑戦することに。ヘヒャンも発音トレーニングをしてくれるのですが、本番最初の試験で原稿を読み始めると、担当の先生「やめ! あんた故郷どこなの? なんでそんな発音なの?」。
気が動転した彼は思わず「선상님! 지가요・・・・」(先生、ぼくは・・・)の「先生」の発音もソウル弁の「ソンセンニム」ではなく「ソンサンニム」に。(ふーん、そうなるのか・・・。)
ほかの生徒たちのクスクス笑い。担当の先生は「何ですって?」 「トイレに行きます」と言って放送室を出たチョルファン少年、とめどなく涙。すると後ろから「どうしたの!?」と声をかけたのは担任の先生。「オンオンオン、方言を使っちゃったよ」と今は声をあげて泣くチョルファン少年の言葉も「참말로 속이 징하개 상허요,엉엉엉」(ホントにすごく傷ついたよ、オンオンオン)以下は「熱心に練習したのに、試験の最初から先生が「あんた故郷どこなの?」なんて仰ってすぐ終わっちゃったよ~・・・」等々、すっかり方言丸出し。(訳すのに手間どるほどの濃ゆ~い全羅道語。)
ところが、ここで驚いたのが担任の先生が彼にかけた言葉。なんと「으짜쓰까 잉」で始まるこれまた濃ゆ~い全羅道語だったのです。流暢なソウル弁を話しソウルの人だと思っていた先生も同じ全羅南道のお茶の産地として知られる宝城(ポソン)出身だったとは! その方言のままでチョルファン少年を慰める先生、「私も最初はどんなに大変だったかしれないのよ(나도 첨에는 을매나 힘들었는지 모른다야)」と打ち明ける先生が、最後に「だいじょうぶよね?(암씨롱토 안 헌 거 맞냐?)」と言うと「だいじょうぶ(암씨롱토 안 허다)」と答えるチョルファン少年。(ここらへん、うるうる来るな~。)
※先生の最初の言葉「으짜쓰까 잉」は、標準語では「어찌하면 좋을까요?(どうすればいいでしょうね?)」といった意味、のようです。
↑先生の言葉は全羅道方言のオンパレード!
物語はこの後放送部アナウンサー試験に落ちたチョルファンも他の級友たちと同様クラスのアナウンサーとして先生からのお知らせを読み上げたりしているうちにソウル弁もよどみなく話せるようになります。
チョルファン少年に続いて新しくクラスに入ったウミニもクラスアナウンサーをやりましたが、彼はイギリスから帰国児童で「돈(don.トン)」(お金)と「똥(ddong)」(ウンコ)の区別ができず笑われたりしています。
↑チョルファン少年も笑ってますが、この区別はもちろん日本人も苦手な発音の代表例ですね。
またクラスでは先生の働きかけもあって方言に対する関心も高まり、チョルファン少年は一転して人気者に。隣席の女の子に「おばあさんがパーマをかけてる時に「쪼까 거시기허지?」(ちょっとコシギかしら?)と言ってたんだけど、「거시기」ってどういう意味?」と訊かれたりもします。
거시기・・・人、物等すべてに使える代名詞というばかりでなく、用言として用いられることもある。①言葉が思い出せない場合 ②口にするのがはばかられるような言葉の場合 ③言葉をアイマイにぼかす場合 に使う。早い話が日本語の「ナニがナニしてね」のナニに相当する・・・というわけですね。
上記のパーマの例では「ちょっとよくないかしら?」くらいの意味になります。なお쪼까もよく使われる方言で조금(少し)と同じ。
クラスではその後特別活動の時間で朝鮮半島各地(計八道)に中国黒竜江省の朝鮮族の方言も合わせてそれぞれの方言を調べ、班ごとに各方言による「シンデレラ」の劇を上演するに至ります。
また入部試験に落ちたチョルファン少年もゲストとしてちょくちょく放送室に入り、金鳳分校にいた時に運動場に逃げ込んだブタを捕まえようと皆で追っかけ回した話等を方言を交えて話したりするようになります。
そしてラストは「今までは方言の味アナウンサー・ク・チョルファンでした。さて! 私が方言のせいで泣いたりわめいたり(울고불고)した事実は重ねて秘密にしてくださいますように。ありがとうございます」とアナウンサーらしく締めくくってメデタシメデタシ。
うーむ、こんなに長々と内容紹介しないで全羅道方言を中心に書くつもりだったのになー。
今まで私ヌルボ、全羅道サトゥリといえば文の最後にやたらに「잉」がつくことと「그런데」→「근디」のように「~데」が「~디」と変化するくらいしか知らなかったのがこの本でいろいろ学習しちゃいましたからねー。
しかしたくさん書きとめても大半は忘れそうだし、とりあえずは前掲の「암씨롱토 안 혀요」と「거시기」と、それ以外では「아따」と「오메(으메)」という2つの代表的な感嘆詞(意味は「あら」「おっ」等々)を頭に入れておくことにします。