→ <ドキュメンタリー映画「ワンダーランド北朝鮮」のあれこれ [その1]北朝鮮の普通の人々と1対1で対話し、暮らしや仕事等を自然に撮る。 しかし、「疑念」もフツフツ・・・・>
先の記事でも書いたように、映画を観終わった時の印象は良かった方でした。ところが、その後シンポジウムでチョ・ソンヒョン監督の話を聞くうちに疑問が膨らんでいきました。
とくに問題に思った発言を2つ紹介します。
監督が「ふつうに生活している人々を撮りたかった」という意図に続いて語ったのは、撮影の事前打ち合わせのため北朝鮮を初めて訪れた前後のこと。で、実際に現地に降り立った時、まず目に入ったのは軍人たちの姿。他の同行者たちは先に行ってしまった1人残されたそうですが、入国審査のやり取りは、Q.どこで生まれましたか? A.プサン。Q.今は? A.ドイツで暮らしています。・・・と、それだけでOKだったそうです。
事前に、周りの人たちからは「抑留されるよ」と言われたりしたそうですが、実際行ってみた感想は「ルールさえ守れば安全な所」というものでした。
「郷に入っては郷に従え」ですから、それは当然。ところが、監督は続けて次のように言ったのです。
「たとえば、サウジアラビアに行ったら「女性の肌の露出はダメ」といったルールのような・・・。」
北朝鮮では、外国人旅行者が行ける所は限られているし、常に<案内員>が2人ついて回ります。
外国人ばかりか、北朝鮮の一般の人たちも外国に行けないどころか、国内でさえも居住地域から離れる場合は通行証が必要で、それも親戚訪問等の理由がないと認められません。(危篤の母の家にかけつけようとしても認められなかったという脱北者の手記を読んだこともあります。)
そのような<ルール>がはたしてイスラム国家の<女性の肌の露出はダメ>ということと同様のものとは、私ヌルボには思えません。
「ふつうの人々の自然の姿を撮りたい」という監督の意図はわかるもものの、撮影に際して批判的視点をも封印して、あるものをあるがままに撮り、「ありのままを見て考えてくれればよい」と判断は観た人に丸投げするというのは、ドキュメンタリー映画の監督としての主体は奈辺にあるのかと問わざるをえません。(そもそも、撮影した映像というのも現場の一部を意識的・無意識的に「切り取った」ものなので、厳密な意味で「ありのまま」の映像はありえない。)
※ここで思い出したのが想田和弘監督の<観察映画>のことです。予断と先入観を排除して撮るというそのドキュメンタリーが実に厳しい方法論によって制作されているかは、本人による<観察映画の十戒>(→コチラ)を読めばわかります。(この方法では北朝鮮で撮ることはできませんが。)
取材対象者の1人に、万寿台(マンスデ)創作社の画家がいました。彼は紡織工場に足を運び、女性労働者にポーズをつけて写真を撮り、作業場でその写真を元に絵を描き進めるのですが、顔の部分だけは別の所で撮ったテニスをしている女性の顔に代えるのです。(この場面では、会場から笑い声が起こりました。) 「美人じゃないのが現実では?」との問いかけに、画家は「見苦しいものは描く気になりません」と、なんとも率直な返答。
このことに関連して、シンポジウムの中でイ・ヒャンジン教授から監督に次のような質問がありました。
画家が美人画に変えたことと、監督が「登場人物(主な取材対象者)を代える権利がある」と言って感じのいい人に代えたこととは同じではないですか? それだとステレオタイプになるのでは?
私ヌルボ、これは鋭い指摘だと思いました。
これに対し、監督は「きれいな顔に描くことに腹を立てる人はいない」とか、「北朝鮮は美しさを追求する社会だということが理解されればいい」等と答えていましたが、なんでそんなにも甘い見方ができるのでしょうか?
では、北朝鮮で「美しくないもの」を撮ったり絵に描いたりすることがどれほど可能なのか? 監督も実は承知しているはずだと思いますが・・・。カメラマンの初沢亜利さんは北朝鮮を撮った写真集「隣人。38度線の北」の後書きの中で「本当は、トラックの荷台に乗っている人や牛車を押している人、路上でしゃがみ込んでいる群衆を撮ってほしくない、と思っていることが彼の背中から伝わってきた。」と記しています。
そんな「感じのいい人」や「美しい映像」ではないものに監督はどれだけ目を向けようとしたのでしょうか? それは対象をより深く理解する姿勢であ姿勢であって、「北朝鮮に対する悪意」といったような皮相的なものではないはずです。「この映画は北朝鮮のいい所だけを見せているのでは?」という質問に対し、監督が「コチラは「お客さま」ですから」と答えているのも甘いな~といった感が否めませんでした。(前出の「甘い」もそうですが、これは北朝鮮に対する甘さではなく、ドキュメンタリー映画の監督としてのことです。)
監督の撮影には、高麗映画製作会社、万寿台創作社等の人たちがずっと同行したとのことです。
ところが、実際にインタビューする段となると、彼らがいるため取材対象者の言葉がなかなか出てこないという事態になったとか。(まあ、そうでしょう。) そこで監督が求めたのは彼らに席を外してもらうこと。「このままだと「北側の人たちはみんな馬鹿か?」と思われてしまいます」と主張し、最後には「<祖国と民族のために>席を外してください」と言って、結局認められたとのことです。
この話を聞いた時、<祖国と民族のために>と言ったのは要求を容れてもらうための方便と思ったのですが、どうも監督の本心でもあったようです。
先に「訪朝した外国人には常に<案内員>が2人ついて回る」と書きました。
基本的に<案内員>ガイド兼監視役で、2人いるのは相互監視のためですが、→コチラの詳しい記事の中にも「数多い制限の中で最大限の努力をしているように思う」とあります。また上述したように初沢亜利さんの案内員氏が内心「撮ってほしくない写真を「黙って撮らせてくれた」のも、案内員氏が初沢さんに「それでもみんな懸命に生きている。初沢さんだったらそれを悪いなく伝えてくれると私は信じました。・・・もしかしたら写真集が出ることによって私は職を失ってしまうかもしれません。私はもう老いぼれだから良いのですが・・・」と直接語ったほどの信頼関係ができていたことを物語っています。(<祖国と民族のために>という言葉よりも深い所で通じ合ったものがあった、とヌルボは思います。)
当初1回読み切りの記事のつもりで書き始めたら、この[その2]でも収まらず。あと1回続きます。やれやれ。
「ルールさえ守れば安全な国」と監督。しかし、その「ルール」をどう考えるのか?
先の記事でも書いたように、映画を観終わった時の印象は良かった方でした。ところが、その後シンポジウムでチョ・ソンヒョン監督の話を聞くうちに疑問が膨らんでいきました。
とくに問題に思った発言を2つ紹介します。
監督が「ふつうに生活している人々を撮りたかった」という意図に続いて語ったのは、撮影の事前打ち合わせのため北朝鮮を初めて訪れた前後のこと。で、実際に現地に降り立った時、まず目に入ったのは軍人たちの姿。他の同行者たちは先に行ってしまった1人残されたそうですが、入国審査のやり取りは、Q.どこで生まれましたか? A.プサン。Q.今は? A.ドイツで暮らしています。・・・と、それだけでOKだったそうです。
事前に、周りの人たちからは「抑留されるよ」と言われたりしたそうですが、実際行ってみた感想は「ルールさえ守れば安全な所」というものでした。
「郷に入っては郷に従え」ですから、それは当然。ところが、監督は続けて次のように言ったのです。
「たとえば、サウジアラビアに行ったら「女性の肌の露出はダメ」といったルールのような・・・。」
北朝鮮では、外国人旅行者が行ける所は限られているし、常に<案内員>が2人ついて回ります。
外国人ばかりか、北朝鮮の一般の人たちも外国に行けないどころか、国内でさえも居住地域から離れる場合は通行証が必要で、それも親戚訪問等の理由がないと認められません。(危篤の母の家にかけつけようとしても認められなかったという脱北者の手記を読んだこともあります。)
そのような<ルール>がはたしてイスラム国家の<女性の肌の露出はダメ>ということと同様のものとは、私ヌルボには思えません。
「ふつうの人々の自然の姿を撮りたい」という監督の意図はわかるもものの、撮影に際して批判的視点をも封印して、あるものをあるがままに撮り、「ありのままを見て考えてくれればよい」と判断は観た人に丸投げするというのは、ドキュメンタリー映画の監督としての主体は奈辺にあるのかと問わざるをえません。(そもそも、撮影した映像というのも現場の一部を意識的・無意識的に「切り取った」ものなので、厳密な意味で「ありのまま」の映像はありえない。)
※ここで思い出したのが想田和弘監督の<観察映画>のことです。予断と先入観を排除して撮るというそのドキュメンタリーが実に厳しい方法論によって制作されているかは、本人による<観察映画の十戒>(→コチラ)を読めばわかります。(この方法では北朝鮮で撮ることはできませんが。)
「美しい映像」、「感じのいい人」を撮りたいという監督の意図からふるい落とされるもの
取材対象者の1人に、万寿台(マンスデ)創作社の画家がいました。彼は紡織工場に足を運び、女性労働者にポーズをつけて写真を撮り、作業場でその写真を元に絵を描き進めるのですが、顔の部分だけは別の所で撮ったテニスをしている女性の顔に代えるのです。(この場面では、会場から笑い声が起こりました。) 「美人じゃないのが現実では?」との問いかけに、画家は「見苦しいものは描く気になりません」と、なんとも率直な返答。
このことに関連して、シンポジウムの中でイ・ヒャンジン教授から監督に次のような質問がありました。
画家が美人画に変えたことと、監督が「登場人物(主な取材対象者)を代える権利がある」と言って感じのいい人に代えたこととは同じではないですか? それだとステレオタイプになるのでは?
私ヌルボ、これは鋭い指摘だと思いました。
これに対し、監督は「きれいな顔に描くことに腹を立てる人はいない」とか、「北朝鮮は美しさを追求する社会だということが理解されればいい」等と答えていましたが、なんでそんなにも甘い見方ができるのでしょうか?
では、北朝鮮で「美しくないもの」を撮ったり絵に描いたりすることがどれほど可能なのか? 監督も実は承知しているはずだと思いますが・・・。カメラマンの初沢亜利さんは北朝鮮を撮った写真集「隣人。38度線の北」の後書きの中で「本当は、トラックの荷台に乗っている人や牛車を押している人、路上でしゃがみ込んでいる群衆を撮ってほしくない、と思っていることが彼の背中から伝わってきた。」と記しています。
そんな「感じのいい人」や「美しい映像」ではないものに監督はどれだけ目を向けようとしたのでしょうか? それは対象をより深く理解する姿勢であ姿勢であって、「北朝鮮に対する悪意」といったような皮相的なものではないはずです。「この映画は北朝鮮のいい所だけを見せているのでは?」という質問に対し、監督が「コチラは「お客さま」ですから」と答えているのも甘いな~といった感が否めませんでした。(前出の「甘い」もそうですが、これは北朝鮮に対する甘さではなく、ドキュメンタリー映画の監督としてのことです。)
北朝鮮側の担当者・同行者との信頼関係はうかがわれる
監督の撮影には、高麗映画製作会社、万寿台創作社等の人たちがずっと同行したとのことです。
ところが、実際にインタビューする段となると、彼らがいるため取材対象者の言葉がなかなか出てこないという事態になったとか。(まあ、そうでしょう。) そこで監督が求めたのは彼らに席を外してもらうこと。「このままだと「北側の人たちはみんな馬鹿か?」と思われてしまいます」と主張し、最後には「<祖国と民族のために>席を外してください」と言って、結局認められたとのことです。
この話を聞いた時、<祖国と民族のために>と言ったのは要求を容れてもらうための方便と思ったのですが、どうも監督の本心でもあったようです。
先に「訪朝した外国人には常に<案内員>が2人ついて回る」と書きました。
基本的に<案内員>ガイド兼監視役で、2人いるのは相互監視のためですが、→コチラの詳しい記事の中にも「数多い制限の中で最大限の努力をしているように思う」とあります。また上述したように初沢亜利さんの案内員氏が内心「撮ってほしくない写真を「黙って撮らせてくれた」のも、案内員氏が初沢さんに「それでもみんな懸命に生きている。初沢さんだったらそれを悪いなく伝えてくれると私は信じました。・・・もしかしたら写真集が出ることによって私は職を失ってしまうかもしれません。私はもう老いぼれだから良いのですが・・・」と直接語ったほどの信頼関係ができていたことを物語っています。(<祖国と民族のために>という言葉よりも深い所で通じ合ったものがあった、とヌルボは思います。)
当初1回読み切りの記事のつもりで書き始めたら、この[その2]でも収まらず。あと1回続きます。やれやれ。