→<ハトの背中を見て驚く脱北漫画家! そのわけは? ▸チェ・ソングク「大韓民国定着記」より>
→<「漢拏山(ハルラサン)血統」とは? 脱北者の送金で豊かになる北朝鮮の家族 ▸チェ・ソングク「自由を求めて」より>
→<韓国入国後の適応教育の場で、担当官に「注目してください」と言われた脱北者がとった意外な反応 ▸チェ・ソングク「ここは大韓民国」より>
に続く脱北者漫画家チェ・ソングクさんのシリーズ第4回です。
今回も、場所は前回と同じ韓国に来たばかりの脱北者たちの取調べ・調査等が行われる国家情報院(国情院)。そこの食堂です。
誰もが椀や皿に一杯どころか、トレー全体に溢れるほど料理を盛りつけます。コッソリと(後で食べるために)ポリ袋に食べ物を落とし入れる女性もいます。
これは完全に中央党(青 瓦台)の食事だなあ 俺のおかげだよ | 実はああでこうでどうで 何だかんだぜひとも飯が 必要なので等 ・・・だから ごはんをちょっと下さい |
おかわりどころか、3度の飯にもちゃんとありつけるかが問題、という多くの北朝鮮の人たちの食料事情を思えば、こんなマナーのギャップもわからないではありません。
彼らのようすを見ていたのが、前回にも登場していた新入りの若い担当職員です。
ふつうにもっと食べたいと 言えばいいのに・・・ なんで説明がくどいんだ | 挨拶もちゃんとしないで・・・ 忠誠の誓いは上手くやって、 挨拶はちゃんとできない? あーあ、理解できない |
<忠誠の誓い>とは、この少し前の部分で彼らに「ここ大韓民国は表現の自由がある国です。さあ思い切り自分の気持ちを表現して下さい」と呼びかけたところ、それを<忠誠心の試験>と受けとめた脱北者たちが次々に「♪今日のこの幸福を誰が下さったか 国情院が下さった」等々、北朝鮮の歌の歌詞を変えて歌うなど、韓国や国情院への忠誠心ショーのようなものになったことを指しています。
ここで担当職員氏、機会をとらえて・・・
もっと食べてもいいですか? ええ、そうですね・・・ ちょっと待って下さい | さあ皆さん、食事しながら聞いて下さい。忠誠心より大事なことは挨拶をちゃんとやることです。むずかしくはありません。 このようにやればいいです ? |
そして、大勢が見ている前で・・・
ごはんやおかずが盛られていく順にしたがって挨拶(お礼)の手本を示します。
ごはん 感謝します 何、あの・・・これ | おかず ありがとう ございます え、なんで私に・・・ | おかず いただきます |
どんどん彼女の顔が険しくなっていきます。そして・・・
こんな大勢の人たちの前で、なんでそんなにたくさん挨拶をやらせるんですか? 自分の祖国を捨ててごはんとかもっとくれと言ってるから革命的信念と自尊心がない女と見てるんでしょ! | なんで私を侮辱するんですか? 私が南朝鮮の地主や資本家なんかの作男に見えますか? 私がこんなことしようと思って来たと思ってるんですか? |
なぜ彼女がこんなにも恐慌をきたしたのかわからず、憮然とした面持ちの新入り職員氏に、北朝鮮の言葉にも堪能な上司(部長)が声をかけます。
どうにも理解しがたいことがこれからもっと多くなるだろうよ
しかし、この新入り職員だけでなく、私ヌルボもなぜこの脱北女性がこれほどまで強く抗議するのかわかりませんでした。
この漫画の韓国人読者も同じだったとみえて、後の方のページで次のような質問が載っていました。
南側質問
なぜありがとうと言えば作男だと言うのか、理解できません(笑)。次の漫画で説明してもらえますか? |
これに対し、チェ・ソングクさん、「政治の話はできないし・・・」と考えながらも、次のように答えています。
社会主義のためです。
社会主義は常に発展した体制だとしてよいことは過大包装し、よくないことは隠そうとします。このように暮らしてみると虚勢と格式とすき間のようなものが体に沁みついて・・・
そのため人々は物静かで重みのある心の中の考えをあまり表にさらけ出さない人を心がしっかりした、重みのある、信頼性のある人と評価します。
この反対の人が、よく挨拶をして、心をよく表現する人なのですが・・・ こんな人はとてもお人好しでおっちょこちょいで軽くて重みがなく、信頼性のない、ただのおべっか使いで、よくない人と評価されるのです。
なるほど・・・。ということで私ヌルボが思い出したのは、ずっと前(10年以上か)、ある雑誌で脱北の手助けをしている日本人の記事。その人は、「自分がこれだけ危険を冒して支援しているのに、当の脱北者から感謝の言葉が一言もないので、虚しさを覚えることもあった」と書いていました。今上のチェ・ソングクさんの文を読んで「そういうことだったのか」と(ほぼ)納得しました。
ただ、「社会主義のため」というのは今ひとつうなずけないんですけどねー。
物が慢性的に欠乏した社会、独裁体制、(「成分」という)細分化された階層社会、相互監視社会、こういった要素が絡み合っているような気もします。
また、よく言われることですが、韓国では「親しき仲にも礼儀あり」という日本とは逆に、家族や親しい友人の間で「ありがとう」と言ったり「ごめん」と謝ったりするのは「水くさい」とされます。韓国人から見れば、日本人は「ありがとう」を言いすぎる、ということです。