カッパのロードスター

幌を開ければFeelin`good。カッパーレッドの
路渡☆くんとの楽しいドライブ日誌。

土木遺産隧道三昧、その1

2016-01-08 23:02:35 | レトロ建築
京都と滋賀県の境、逢坂山周辺の明治期・近代土木遺産の隧道を
探索してみました。(3部レポになります)

まずは異次元への入り口を連想させそうな「ねじりまんぽ」。

「ねじりまんぽ」とは、斜拱渠(しゃきょうきょ)の俗称。
鉄道と川や道路が斜めに交差する場合、トンネルのアーチ部分の煉瓦が
斜めに積まれるため、ねじれたような不思議な空間になります。
コンクリート構造物が発達する大正時代以降の構造物には見られず
主に明治期に造られたものです。

伊達や酔狂で斜めに積んだ訳ではありません。(^_^ゞ
上を走る鉄道に対して斜めに掘られたトンネル、強度を確保するため
線路・レールに対して直角になるよう煉瓦を積み上げると、
トンネル内では渦巻き状に積んだようになります。

詳しくは『駅員3』さんのブログの記事をご覧ください。
その法則なども分かりやすく解説されています。




場所は京都方面からだと国道1号線で逢坂山を越え、国道161号線との
分岐点を161号線に入って直ぐのところ(京阪の踏切を渡って右)です。
この上は国道1号線になっています。
この部分を通過するとまた1号線に合流します。



知らなかったらまず見逃してしまいそうです。

ねじりまんぽと言えば、南禅寺・蹴上げの琵琶湖疎水インクライン下の
通路が有名ですね(国史跡・土木遺産ランクA)
あそこの場合、上にインクラインのレールが敷かれているのですが、
ここの上は国道1号線。鉄道ではなく、何故?って疑問が生じます。

実はここの国道1号線、以前は東海道線だったのです。
明治13年(1880年)京都駅~稲荷~山科(勧修寺)~大津間が開通。
大正10年(1923年)東山トンネルができ、現在のルートになるまで
東海道線の路線でした。廃線になった部分の多くは道路に転用された
ようです。ここの道路の形状も明らかに築堤の名残りがあります。



明治13年にはすでに出来ていたと思われる斜拱渠、もう使われてない
のかと思ったら、今でも水路として健在でした。
入って行けないのが残念ですが(入るマニアも居るようですが)
地図で確認しましたが、向こう側から入るのも無理なようです。



現在は音羽台1号橋となっていますが、鉄道開業当時は東川橋梁と
呼ばれていたようです。
インクライン下のねじりまんぽと比べてもかなり急な角度のように
思えるのですが・・・某サイトで中に入り調査されたデータによると

起拱角が約30°という日本有数のレンガ傾斜角。
国道1号線の真ん中あたりでコンクリート製暗渠と結合されるだが
暗渠全体で50mほどあり、ねじりまんぼ自体の24mも国内で
トップクラスの長さになるのかもしれない。とのことです。

写真が上手く撮れなかったのが残念。
やはり長靴持参でリベンジかな・・・(^_^ゞ


2015.12/5、大津・ねじりまんぽにて。