カッパのロードスター

幌を開ければFeelin`good。カッパーレッドの
路渡☆くんとの楽しいドライブ日誌。

第二十一番札所 菩提山 穴太寺

2012-10-16 18:15:21 | 西国三十三所巡礼
亀岡市は京都市の西に隣接した古い歴史を持つ地域でもあります。
このお寺も飛鳥時代、705年に文武天皇の勅願により、大伴古麻呂が
薬師如来を本尊として開創したというのが始まりとされています。



門前の道は生活道路、T字路に突然、仁王門が現れるって感じです。
写真の手前を少し歩いた所に民間の専用駐車場(有料)がありました。


「仁王像」
あまり良い出来には見えなかった、傷みも激しいような・・・




門をくぐると直ぐに何段か階段を下ります。半地下に来た感じ、道路が上に見えます。
門からだと境内を見下ろすことになります。



真っすぐな参道を少し行けば直ぐに本堂です。こぢんまりしたお寺です。
ちなみに訪ねたのは7月1日、季節はまだ梅雨。この日も小雨が降っていました。



「東門」(外から)         (内側から)
仁王門の他に、北門と東門からも入れるようになっていました。




建物はほとんどが江戸中期のものですが、年数以上に古びた感じがします。



「鎮守堂」            「鐘楼」



「多宝塔」
ここのシンボル的な建物かと思われます。



本坊書院「円応院」
円山応挙誕生地が近くでもあり、この名がついたのかな?
それほど広くは無いですが、丹波の山々を借景に多宝塔も入れた池泉式庭園が
見られるそうです。広縁に座ってゆっくり時を過ごすのも良いかも。
ちなみに本堂の拝観料(300円)とセット500円で入れます。
本堂とは渡り廊下で繋がっているようです。拝観しなかったもので。(^_^ゞ



「本堂」






懸け仏や扁額も多いですが、千社札がやたらと・・・


本堂内陣の厨子には本尊の薬師如来(絶対秘仏で開帳されたことがない)と
秘仏で33年に一度開帳される札所本尊の聖観世音菩薩立像が安置されている。

『撫で仏』と『身代わり観音』
本堂の右脇壇には、涅槃姿で等身大の仏様の像が置かれている。
この仏像、真新しいおふとんが被せられていて、お参りの方はおふとんを
めくって、仏像を直接触ったり撫でたり・・・
「釈迦如来大涅槃像」は鎌倉時代作といわれ、1896年当時孫娘の病気平癒の為に
参詣されていた信者の方の夢枕に現れ、そのお告げのとおり探すと本堂の屋根裏
から発見。本堂にお祀りし、治したいと願う身体の部分と同じ箇所を撫でると
病気が治ったとのことで、以来「なで仏」として信仰されているようです。

このお寺には胸に矢傷の残る聖観世音菩があり、それにはこんな説話が
『今昔物語集』に記されており、「身代わり観音」と呼ばれています。
今は昔・・・この地の郡司「宇治宮成」という者が、都の仏師「感世」を
呼び寄せ自宅に祀るため聖観音像を彫らせました。やがて完成し、その褒美に
宮成お気に入りの愛馬を与えるのですが、宮成は馬が惜しくなる。家来に命じ
京に帰る途中の仏師を矢で射殺し、馬を取り戻してしまいます。
ところが聖観音像を見ると胸に矢が刺さり血が流れ出ています。馬の姿も無く、
都へ使いを走らせ確かめると、感世と馬は無事に京に辿り着き、生きていた。
宮成は観世音菩薩が、身代わりとなり仏師の命を救うと共に、宮成が罪人となる
ことも避けようとしてくれたことに、自分の行いを深く悔い、改心したと言います。
その後、観世音菩薩が宮成の夢枕に立ち、胸の傷が痛むとして穴太寺の薬師如来に
平癒を願うため、当寺に聖観世音像を安置したのだそうです。

この聖観世音像は1968年(昭和43年)に盗難に遭い、未だに行方不明だそうです。
今は矢傷をつけた模刻のものが秘仏として本尊と共に33年に一度開帳されます。



「宇治宮成の墓」          「地蔵池」



「念仏堂」



「三十三観音堂」          「地蔵堂」




三十三観音堂の中を覗いて見ると、西国三十三ヶ所観音霊場のご本尊が
並べられているようです。砂も納められているようですから、ここをお参り
することで全ての西国観音霊場を巡礼したのと同じ功徳があるってやつですな。



「北門」             「納経所」



「納札所」            「賓頭盧尊者」




2012.7/1、穴太寺にて。



○宗派:天台宗 ○開基:大伴古麿
○御本尊:聖観世音菩薩 ○創建:慶雲2(705)年

御詠歌「かかる世に 生まれあふ身の あな憂やと 思はで頼め 十声一声」


6 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
はやい更新 (mone)
2012-10-16 19:01:33
早い更新ですね。私が読むより、これだけ長い記事を書く方が早いですね。
ここにもショートカットがあるんですね。何処かには振り出しに戻ると言うのもあったりして
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Unknown (ピィ)
2012-10-16 22:22:40
出身地的に亀岡は馴染みのある街なのですが、こういったお寺関係は全くノーマークでした。
あるものなんですね。
考えてみれば京都の隣町ですし、大津と同じ条件と言えますもんね。
昭和43年から行方不明の仏像様、一体どこにおられるのかな?
こういうの、気になりますね。
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☆速い? >moneさんへ (路渡カッパ)
2012-10-16 23:26:23
ここへ行ってから、この記事を書くのに3ヵ月半!
じっくり考察を重ねて満を持してのアップです。
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☆705年創建 >ピィさんへ (路渡カッパ)
2012-10-16 23:35:30
平安遷都より90年も早く、飛鳥時代!
亀岡の歴史もあなどれません。
亀岡盆地は太古は大きな湖であり、風が吹くと美しい丹色の波が立ったところから、このあたりを丹のうみ・丹波と呼ぶようになった・・・ってウィキに書いてありました。トリビア(^_^ゞ
ウチの原チャは出てきたけれど、仏像はムリなのかな~
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民間駐車場 (7駆)
2012-10-17 14:46:59
ガラガラで車がほとんどないので、無料だと思ったら
どこからともなくおじいさんが出てきた。
ちゃんと小屋があってそこに待機しているみたいだけれど・・・
人件費の方が高くついています。きっと。
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☆1日何台? >7駆さんへ (路渡カッパ)
2012-10-17 23:32:38
無料休憩所もありましたね。土産物屋さんの片隅に・・・
タダのお茶だけ飲んで出てきたけれど。(^_^ゞ
雨が降っていたので駐車場は水溜りだらけ、他に停める所は無かったんやろか?
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