重大な経歴詐称であっても裁判リスクを考え懲戒ではなく錯誤・詐欺の無効・取消(=普通解雇等)の検討も!!
コメンテーターの経歴詐称事件は、次から次へと事件・事故が起き、すでに忘れ去られようとしているが、職員の採用の場合(すなわち労働契約を締結する場合)においては、職員が経歴詐称を行った時は、職員を懲戒できるのだろうか。
その懲戒の前提として、あらかじめ就業規則において懲戒の種別と事由を定めておくこと(罪刑法定主義類似の原則、ここでは例えば最終学歴や職歴等重大な経歴を偽った場合の懲戒解雇処分を決めておくこと)、また、それが就業規則として拘束力を持つためには、その就業規定の「周知」と内容の「合理性」が必要であり、さらに、権利の濫用とならないようにその違反行為の重大さと懲戒の内容が社会通念上相当と認められなければならないということは言うまでもない。(労働契約法7条、15条)
話しを簡単にするために、ここでは、先のコメンテーターの例のように、経歴詐称を学歴詐称(職歴詐称も含めて)に絞って話しを進める。
さて、経歴詐称が懲戒の対象となるかについては、懲戒とは「企業秩序権に対して科す制裁罰」であり、経歴詐称が企業秩序権を阻害するかである。経歴詐称については、採用時に分かっていれば採用をしなかったものであり、労働契約締結時の問題であり、採用後の会社の企業秩序権そのものに違反するものではないとの考えもあります。しかし、裁判ではその「労働者の全人格的判断を誤らせる結果、雇い入れ後の労働者の組織での位置づけなど企業の秩序や運営に支障を生じしめる恐れ」があるとして、これを肯定しているところである。菅野和夫著の労働法においても、企業と従業員の信頼関係は企業秩序の根幹をなしており、これを破壊する「重大な経歴の詐称」は、実質的に見て企業秩序との関連性を十分有すると考えられるとして、経歴詐称が懲戒の対象となることを認めている
ところで、裁判においては、重大な経歴詐称があった場合に懲戒解雇を有効としたにとどまり、引用した菅野著の労働法においても、重大な経歴の詐称としているところであり、それほど重大でない経歴詐称の場合は懲戒可能(=企業秩序権に影響をあたえるのか)なのかどうかということがあります。あまりそこのところに言及したものは見当たらないようですが、経歴詐称そのものは、他の在職中の非違行為と違い、もともとは採用時の話であり、後にウソが分かったときには、それが重大ではないときには、それは今後の勤務態度を見ながら一般の「人事」の中で考えていけばよいとも考えられます。
したがって、就業規則に懲戒事由・種別を規定するときは、重大な経歴詐称に限定して、これに対応する懲戒の種別は、懲戒解雇(又は諭旨解雇)とすることが、今考えられる就業規則としてはベストでしょうか。ただし、あくまでも重大な経歴詐称と解雇するが、事情(悔悛、過去の成績優秀等)によっては、軽減措置(けん責、減給、出勤停止、降格)もありうるとすることも可と考えられます。
また、別の点から申せば、重大な経歴詐称であっても必ずしも懲戒で対応しなければならないということではなく、使用者は錯誤(民法95条)又は詐欺(民法96条)があったとして、この労働契約の無効又は取り消し(=普通解雇等)を主張しうると考えることもできます。すなわちこの場合は、普通解雇等にバッチし当てはまるわけで、信頼関係を壊すような輩は労働契約から単に除外(=普通解雇等)できればよしとして、懲戒解雇の方が裁判に発展するリスクがあることを考えれば、あえて懲罰を加える必要があるのかということです。懲戒解雇と普通解雇の両面からリスクを考え検討することも必要と言うわけです。
そこで、「重大な経歴」の詐称とは、その経歴詐称が事前に発覚すれば、会社がその労働者と労働契約を締結しなったか、少なくとも同一条件で契約を締結しなかったと考えられ、かつ、客観的にみてもそのように認めるのが相当な場合をいうとしています。(神戸製鋼所事件、日本鋼管鶴見造船所事件)
具体的に学歴詐取についていうと、自動車教習所指導員について、高校中退の学歴を高校卒と詐称してなされた懲戒解雇を有効(正興産業事件)、住宅産業会社の融資決定の審査役について、大学入学の事実がなく、警察官としての経歴も1年5か月に過ぎないのに、大学中退で、警察官職歴が約9年として詐称された懲戒解雇を有効(相銀住宅ローン事件)としたものがあります。最終学歴の詐称については、きちんと労務に従事し具体的な損害を生じなくとも、職歴以上に重要な情報の詐称と判断されることがあるようです。本来与えられるはずのない給料・職種を取得し、または、本来採用されるはずがなかったのに採用されることも考えられ、少なからず採用への影響は考えられるでしょう。
(では、短大卒を高校卒、大学中退を高校卒、と偽ったのは、どうかということになりそうですが、本人に給料等のメリットはなく、懲戒処分には該当しないように思われますが、過去の裁判としては、中卒・高卒社員ばかりの採用方針の職場において短大卒として入社した社員の解雇を認めたなど職場の特殊な内容によって、過少の学歴詐称であっても認めた例があります。しかし過少学歴詐称は、普通の詐称より厳格な判断が必要となるでしょう。)
学歴については、採用の際、必ず履歴書において記述することを要し、全くどこかで最終学歴を聴取しないことはないでしょうが、採用に当たっては、この聴取もれのないようにすることは必要です。採用時に確認したにもかかわらず、虚偽の事実を行ったのであれば、その事実が会社にとって有利に働くことは間違いありません。というのも、会社が申告を求めた場合は、信義則上応募者は真実を申告する義務があります。それに正確に答えなったということであれば、労働契約の解約(普通解雇等)という効果は当然生ずることになりますので、就業規則に重大な経歴詐称事由を書くことも必要ですが、採用にあたって学歴等の経歴について、確認チェックもれのないようすることが大事です。
参考 懲戒権行使の法律実務 石嵜著 中央経済社
労働法 菅野著
労働法 水町著 有斐閣
労働法実務講義 大内著 日本法令
コメンテーターの経歴詐称事件は、次から次へと事件・事故が起き、すでに忘れ去られようとしているが、職員の採用の場合(すなわち労働契約を締結する場合)においては、職員が経歴詐称を行った時は、職員を懲戒できるのだろうか。
その懲戒の前提として、あらかじめ就業規則において懲戒の種別と事由を定めておくこと(罪刑法定主義類似の原則、ここでは例えば最終学歴や職歴等重大な経歴を偽った場合の懲戒解雇処分を決めておくこと)、また、それが就業規則として拘束力を持つためには、その就業規定の「周知」と内容の「合理性」が必要であり、さらに、権利の濫用とならないようにその違反行為の重大さと懲戒の内容が社会通念上相当と認められなければならないということは言うまでもない。(労働契約法7条、15条)
話しを簡単にするために、ここでは、先のコメンテーターの例のように、経歴詐称を学歴詐称(職歴詐称も含めて)に絞って話しを進める。
さて、経歴詐称が懲戒の対象となるかについては、懲戒とは「企業秩序権に対して科す制裁罰」であり、経歴詐称が企業秩序権を阻害するかである。経歴詐称については、採用時に分かっていれば採用をしなかったものであり、労働契約締結時の問題であり、採用後の会社の企業秩序権そのものに違反するものではないとの考えもあります。しかし、裁判ではその「労働者の全人格的判断を誤らせる結果、雇い入れ後の労働者の組織での位置づけなど企業の秩序や運営に支障を生じしめる恐れ」があるとして、これを肯定しているところである。菅野和夫著の労働法においても、企業と従業員の信頼関係は企業秩序の根幹をなしており、これを破壊する「重大な経歴の詐称」は、実質的に見て企業秩序との関連性を十分有すると考えられるとして、経歴詐称が懲戒の対象となることを認めている
ところで、裁判においては、重大な経歴詐称があった場合に懲戒解雇を有効としたにとどまり、引用した菅野著の労働法においても、重大な経歴の詐称としているところであり、それほど重大でない経歴詐称の場合は懲戒可能(=企業秩序権に影響をあたえるのか)なのかどうかということがあります。あまりそこのところに言及したものは見当たらないようですが、経歴詐称そのものは、他の在職中の非違行為と違い、もともとは採用時の話であり、後にウソが分かったときには、それが重大ではないときには、それは今後の勤務態度を見ながら一般の「人事」の中で考えていけばよいとも考えられます。
したがって、就業規則に懲戒事由・種別を規定するときは、重大な経歴詐称に限定して、これに対応する懲戒の種別は、懲戒解雇(又は諭旨解雇)とすることが、今考えられる就業規則としてはベストでしょうか。ただし、あくまでも重大な経歴詐称と解雇するが、事情(悔悛、過去の成績優秀等)によっては、軽減措置(けん責、減給、出勤停止、降格)もありうるとすることも可と考えられます。
また、別の点から申せば、重大な経歴詐称であっても必ずしも懲戒で対応しなければならないということではなく、使用者は錯誤(民法95条)又は詐欺(民法96条)があったとして、この労働契約の無効又は取り消し(=普通解雇等)を主張しうると考えることもできます。すなわちこの場合は、普通解雇等にバッチし当てはまるわけで、信頼関係を壊すような輩は労働契約から単に除外(=普通解雇等)できればよしとして、懲戒解雇の方が裁判に発展するリスクがあることを考えれば、あえて懲罰を加える必要があるのかということです。懲戒解雇と普通解雇の両面からリスクを考え検討することも必要と言うわけです。
そこで、「重大な経歴」の詐称とは、その経歴詐称が事前に発覚すれば、会社がその労働者と労働契約を締結しなったか、少なくとも同一条件で契約を締結しなかったと考えられ、かつ、客観的にみてもそのように認めるのが相当な場合をいうとしています。(神戸製鋼所事件、日本鋼管鶴見造船所事件)
具体的に学歴詐取についていうと、自動車教習所指導員について、高校中退の学歴を高校卒と詐称してなされた懲戒解雇を有効(正興産業事件)、住宅産業会社の融資決定の審査役について、大学入学の事実がなく、警察官としての経歴も1年5か月に過ぎないのに、大学中退で、警察官職歴が約9年として詐称された懲戒解雇を有効(相銀住宅ローン事件)としたものがあります。最終学歴の詐称については、きちんと労務に従事し具体的な損害を生じなくとも、職歴以上に重要な情報の詐称と判断されることがあるようです。本来与えられるはずのない給料・職種を取得し、または、本来採用されるはずがなかったのに採用されることも考えられ、少なからず採用への影響は考えられるでしょう。
(では、短大卒を高校卒、大学中退を高校卒、と偽ったのは、どうかということになりそうですが、本人に給料等のメリットはなく、懲戒処分には該当しないように思われますが、過去の裁判としては、中卒・高卒社員ばかりの採用方針の職場において短大卒として入社した社員の解雇を認めたなど職場の特殊な内容によって、過少の学歴詐称であっても認めた例があります。しかし過少学歴詐称は、普通の詐称より厳格な判断が必要となるでしょう。)
学歴については、採用の際、必ず履歴書において記述することを要し、全くどこかで最終学歴を聴取しないことはないでしょうが、採用に当たっては、この聴取もれのないようにすることは必要です。採用時に確認したにもかかわらず、虚偽の事実を行ったのであれば、その事実が会社にとって有利に働くことは間違いありません。というのも、会社が申告を求めた場合は、信義則上応募者は真実を申告する義務があります。それに正確に答えなったということであれば、労働契約の解約(普通解雇等)という効果は当然生ずることになりますので、就業規則に重大な経歴詐称事由を書くことも必要ですが、採用にあたって学歴等の経歴について、確認チェックもれのないようすることが大事です。
参考 懲戒権行使の法律実務 石嵜著 中央経済社
労働法 菅野著
労働法 水町著 有斐閣
労働法実務講義 大内著 日本法令