25時間目  日々を哲学する

著者 本木周一 小説、詩、音楽 映画、ドラマ、経済、日々を哲学する

A LIFE

2017年02月28日 | 映画

 木村拓哉が外科医をやっている「A LIFE」。日曜日の夜は夜9時からNHKBSでイギリスのドラマ「刑事フォイル」があるので、まず「刑事フォイル」を見て、録画で「A L IFE」をみる。

 それで日本ドラマとイギリスのドラマをつい比較してしまう。そして、アメリカ映画とも比較してしまう。「A lIFE」はアメリカのシアトルで腕をあげた木村拓哉。親友浅野忠信が副院長をしている病院の院長の手術のために一時帰国した木村は、副院長の妻で小児科外科医である竹内結子の脳腫瘍の手術のために親友の病院に残る。

 なんというか、これは昔の昼ドラみたいで、作り手や脚本家が日本人なのか韓国人なのかわからない。心理が妙にドロドロしている。猜疑心も内にこもる。嫉妬心に身も震える。そう見ていると、アメリカ映画やイギリス映画にはそんなねちっこさがない。言うときはストレートである。

 「刑事フォイル」は第二次世界大戦中に起きる事件を扱っている。からくもドイツに勝った戦勝国であるが、戦争中の日常生活も描かれている。大戦での傷も大きい。良いドラマであり、楽しみにしている。

 

 


小池、トランプ、金、森友、安倍、又吉、村上

2017年02月27日 | 文学 思想

 小池都知事誕生から今日まで、トランプ大統領の誕生。金正男暗殺と北朝鮮、これに森友学園の国有地払い下げ問題に絡む日本会議、その最高顧問である安倍首相。

 中でもトランプ大統領誕生の影響がヨーロッパに飛び火し、EUがどうなっていくのか、イスラエルとパレスチナ問題にどう対応するのか、またマスコミの排除も懸念である。

 週に一度週刊誌を読む。週刊4社は確実に60代以上の講読者を意識して編集されている。「現代」と「ポスト」は医学と健康問題とセックスを必ず扱い、当然、小池都知事、トランプ大統領、安倍首相に関する記事も編集材料にする。「文春」「新潮」は芸能人スクープと小池都知事とからめて石原慎太郎元都知事記事を扱う。

 ぼくらは一票分の立場から、高見のの見物とはいかず、低見の見物、週刊誌、TV情報番組見である。

 東芝の問題も扱われる。黒字部門を売ってしまったあとに残るもは大赤字を出す原子力部門である。原子力の維持管理と廃棄処理の研究をとりやめるわけにはいかない。最終的には政府が買うことになるのだろうか。

 「慢性的な暗い憂鬱の中から小説を----」と芥川賞をとった又吉が言っていた。ぼくは過去のトラウマからでてくるような、つまり不健康から生まれる小説だけがすぐれた小説だと思っていない。光の中から生まれる小説があってほしい、むしろそっちの方を好むのだが、ほとんどないのが現状である。

 村上春樹の「騎士団殺し」が書店で平積みされていた。一時の興奮期が過ぎたら読もうと思う。発売前から百万部を越えて印刷するというのだから、すごい人気である。確かに「1Q84」は作者の言う総合小説といっても頷ける面白く、気持ちよく、不可解で、スリリングで、純愛の、殺し屋の話だった。宗教も絡めていた。

  村上春樹の作品はやっぱり短編小説がよい、という今のところのぼくの感想はまだ変わらない。

  なんだか様々なことが入り乱れて情報が入ってくる。庭の花木はちょっとづつ成長しているのがよくわかる。三日後くらいには木蓮が咲きそうである。


小池、トランプ、金、森友、安倍、又吉、村上

2017年02月27日 | 文学 思想

 小池都知事誕生から今日まで、トランプ大統領の誕生。金正男暗殺と北朝鮮、これに森友学園の国有地払い下げ問題に絡む日本会議、その最高顧問である安倍首相。

 中でもトランプ大統領誕生の影響がヨーロッパに飛び火し、EUがどうなっていくのか、イスラエルとパレスチナ問題にどう対応するのか、またマスコミの排除も懸念である。

 週に一度週刊誌を読む。週刊4社は確実に60代以上の講読者を意識して編集されている。「現代」と「ポスト」は医学と健康問題とセックスを必ず扱い、当然、小池都知事、トランプ大統領、安倍首相に関する記事も編集材料にする。「文春」「新潮」は芸能人スクープと小池都知事とからめて石原慎太郎元都知事記事を扱う。

 ぼくらは一票分の立場から、高見のの見物とはいかず、低見の見物、週刊誌、TV情報番組見である。

 東芝の問題も扱われる。黒字部門を売ってしまったあとに残るもは大赤字を出す原子力部門である。原子力の維持管理と廃棄処理の研究をとりやめるわけにはいかない。最終的には政府が買うことになるのだろうか。

 「慢性的な暗い憂鬱の中から小説を----」と芥川賞をとった又吉が言っていた。ぼくは過去のトラウマからでてくるような、つまり不健康から生まれる小説だけがすぐれた小説だと思っていない。光の中から生まれる小説があってほしい、むしろそっちの方を好むのだが、ほとんどないのが現状である。

 村上春樹の「騎士団殺し」が書店で平積みされていた。一時の興奮期が過ぎたら読もうと思う。発売前から百万部を越えて印刷するというのだから、すごい人気である。確かに「1Q84」は作者の言う総合小説といっても頷ける面白く、気持ちよく、不可解で、スリリングで、純愛の、殺し屋の話だった。宗教も絡めていた。

  村上春樹の作品はやっぱり短編小説がよい、という今のところのぼくの感想はまだ変わらない。

  なんだか様々なことが入り乱れて情報が入ってくる。庭の花木はちょっとづつ成長しているのがよくわかる。三日後くらいには木蓮が咲きそうである。


失敗したときに個性が出る

2017年02月25日 | 文学 思想

 小説を書いていて、個性を描写するには失敗したり、間違いをおかすときである。人というのは間違いをした時こそ個性がでる。逆に言えば失敗しない人間というのは個性を発揮のをなるべく避けて、可もなく不可もないことを目指しているもかもしれない。あるいは「

失敗しない天才」というのもあり得るだろうが。

 神道には教義がない。仏教は庶民が読むには難し過ぎる。その点キリスト教の聖書やイスラム経典は平易に意味深いことを比喩も交えて書いてあるから、日本人よりは相当言語感覚が違うことだろう。好戦的なのも論戦が得意そうであるのも、国の歴史的背景や日常の背景が違うのだ。なみあみだぶつ、なんみょうほうれんげきょう、なんまいだ、と言ってもその意味すらわからず、ぼくらの祖先はいただろう。生き方を言葉をとうして模索してきたもが一神教の人々ではないか、とぼくは思う。

 今、安倍昭恵にも本当も個性が出始めている。安部首相も国会答弁で個性を発揮し始めた。論戦の下手な人は逃げるか、隠れるしかない。宗教や信条お自由の国なのだ。名誉校長として堂々と持論を述べればいいではないか。見つかったらすぐにホームページから削除し、記者にたしても無言で逃げる。不当に名前を利用だれたのなら訴えればいいではないか。

 こいうところいつまでたっても日本の弱いところである。何かをしでかした教員も自分は出てこない。逃げる、隠れる、匿ってもらう。きちんと説明しない。逆に責任は親にあるかもしれないのに、それを言えば世の親から大バッシングを受けると萎縮する。

 日本がかつてファシズムに陥ったのは、負けるぞ、と言えば、負けるなどと縁起でもないこと言うな、種類の同調圧力であった。

 人は間違ったときこそ個性があらわれる。学歴も地位や名誉も関係ない。奥の奥に潜んでいる随のところが出てくるのである。


権力闘争

2017年02月24日 | 社会・経済・政治

 北朝鮮を脱出して亡命政権をつくろうという動きがあるとニュースは伝えている。それを引き受ける国があるかが問題ではあるが、その亡命政権の頭に金家を置きたいという亡命政権を目論む人々。チェコの北朝鮮大使、金正日の異母兄弟、金正一大使にまで、亡命政権の頭指名が及びそうである。一体何時代のことだろうと思う。日本で言えば、古代継体天皇あたりの頃のようなものか。

 頭というのはそれほど家柄が大事なものなのか。亡命政権の中で人々に選ばれたものが頭をすればいいと思うがそういうわけにはいかない、というのはどういう思考経路でそうなるのだろう。不可解である。歴史的に王というものは奇怪なものだなあ、

 などと思いながら樹木に水をやっていたら、土筆があちこちで立っている。これみは驚いた。久しぶりにみる土筆。

 スギナの子だから、放っておくとスギナになるよ、なおいわれて、今日摘んで食べてしまおうか、と考えた。

早くも金曜日。遠い世界の出来事だけが目に入ってくる。その間に母は薬の自己管理が難しくなった。美空ひばりのカセットテープ1本をプレゼントした。ぼくの身辺はさほど変わりはないが、ヘモグロビンA1Cの正常範囲内を越えようとしていることを医者に指摘され、最近体重が増えたことに思い当たった。これを正常値内におさめておくのは運動でしかない。もう少し歩く時間を増やそうかと思うが、なかなかその時間が作れない。感覚の時間はあっという間に光のように速いのに、肉体はしっかりと確実に時を刻んでいるように思える。

 

 

 


国有地の払い下げ

2017年02月23日 | 社会・経済・政治

 印鑑が見当たらず、イライラする。こころあたりは全部探してみたが、見つからなかったので、通帳の印鑑を替える手続きをした。

 もう自分が持たないことにした。この印鑑制度は厄介である。サインひとつでよいと思うし、外国ではサインだけで通る。それが一番確かだと思う。

 あと不便なのが元号である。たとえ天皇が亡くなったとしても、新しい元号は1月1日からにならないものか。昭和は64年までだったか、何日までだったのかおぼえていない。

 現在の皇室はひたすら国民の災難や不幸に寄り添う人柄がよくでていて、象徴とはどんなものなのか、を一生懸命考えたのだと思う。靖国神社にも参拝しない。この点は昭和天皇の意思を引き継いでいる。

 教育勅語を幼稚園児に教え、軍歌を教えるという幼稚園が小学校を建設中らしい。安倍晋三小学校という名である時期寄付金を集めたらしい。また今では安倍昭恵が名誉校長らしい。思想、信条は自由である。だが、国有地の払い下げには不可解なところがある。土壌改善に本当はどれほどかかったのか。メディアはどこまで真相をあきらかにする勇気を持つか。官僚のいい加減さが炙り出されるのかもしれない。ウヤムヤに消えてしまうのだろうか。嫌がらせをされても、やらなければならないということがある。

 

 

 


船村徹

2017年02月22日 | 音楽

 船村徹という作曲家の作品に「哀愁波止場」「みだれ髪」などがある。なくなる直前には伍代夏子に「肱川あらし」を提供していた。

 作曲家みずから演歌といっているのだから、曲は演歌なのだが、他の演歌作曲家とちがう、と前々から思っていた。ポルトガルのリスボンのファドの心髄は「サウダーデ」という一種の望郷、故郷を思う、あるいは遠くに仕事に行ってしまった夫を想うような心情をいう。船村徹の曲はファドではないが、こころにしみいるような曲が多い。「ひばりの佐渡情話」にしても春日八郎の「別れの一本杉」、北島三郎の「風雪ながれ旅」、大月みやこの「女の港」などは名曲だろう。曲にふしぎな覚えやすさと深みがあって、心に沁みるのである。

 生涯で5000曲ほどを作ったという。曲が公開されたあとも、こうすればよかったかな、とかの思いにかられるらしい。創作するというのはそんなものなのだろう。

 美空ひばりが船村に依頼した新曲「みだれ髪」にまつわるエピソードがある。一発録音OKだったというひばりのすごさがわかる。また船村があるところの音をラにするかファにするか悩んだらしい。ソと決めて楽譜を作り、ひばりに渡したら、ひばりはすんなりとファで歌ったので、あわてて楽譜をファにしたというエピソードを新に知った。「みだれ髪」は名曲中の名曲である。ひばりは昭和とともに逝ってしまった。船村徹は84歳まで生きた。お酒が好きだったというから、長く生きられた方だろう。5000曲ときくと、作りまくっているという感じを受けるが、酒でも飲んでゆっくりと充電をし、そこはかとなくイメージも蓄えたのだろう。

  また偉大な人がいなくなってしまった。この人は「日本の誇り」のように思う。

 


情報番組は金家と小池都知事

2017年02月21日 | 社会・経済・政治

 テレビ情報番組は金正男の暗殺事件の謎のことで、小池都知事関連時間分けあうようになっている。

 北朝鮮の白頭系である金日成は日本で言えば天武天皇のようもので、金家は日本の皇室のように本当はなりたいのではないか思わせる。まだ三代目であることと、時代が時代ということもあって、金家の願いは叶えられそうにない。一国ですべて自給自足できるものでもない。

 「何やってんだ、あんな殺しかたをするとは、なんと間抜けなのか、面子を潰しやがって。闇から闇だろ。お前らの使命は。ふざけやがって。

 こうなりゃあ、核を一発、グアム近くか沖縄近くにでも撃って脅してみるか。外交の切り札になるのかもしれんな。

 日本など話にならんが、短気そうなトランプ爺は反撃に出るかもしれん。ここはいちかばちだ。すぐに和平工作すれなよい。俺の命が担保されることだ。亡命でもよい、俺自由になりたかった。大衆を引っ張るもはもうたくさんだ。アメリカで家族とともに、のんびりと暮らせればいい。まあ、そんうまいわけにはいくまいな。斬首作戦がすぐにスタートだ。トランプも手柄がほしいよな。」

 

 まだ二十代の若者が権力固めに必死である。自分もいつやられるかわかったものではない。あの暗殺グッズは007世界だった。脱北者は狙われているのだろう。おそろしいことだ。おちおち眠れやしない。だから亡命政権というの現実味がある。

 一方大名旅行と身内びいきの、殿様石原慎太郎もいよいよ百条委員会召喚となってきた。この男の心の気弱さと口先の気強さ。人生の晩年までも必死で闘わなければならない。自業自得なのだが他山の石として、晩年はひとに迷惑をかけず、納得して死にたいものだと思う。そうは簡単にいかないのも人生だけど。

 

 

 

 

 

 

 

 


同調圧力

2017年02月20日 | 社会・経済・政治

ウイスキー 完全バイブル」という本を見つけ、樹木の図鑑とともに、ああ、これはブレンディッドかあ、ああこれはシングルモルトかあ、などとウイスキーの知識をなんども読みながら、一人で悦に入っている。ウイスキーに関する用語はおぼえやすい。ロイヤルハウスホールドを飲みたいな、ホワイトマッカイはどうだろう。ネットで売っているのかもしれないが、なんだか、買うという興奮がなくて、ネットで買うのは控えている。

 買い物というのは一種のストレスみたいなものを発散する行為でもある。服にしてそうで、いくらアプリでAIが頑張って着せ替えてくれても、コーディネートしてくれても、デパートなどで買う快感があるというものだろう。もちろん、忙しい人には便利なのだろうが。

 長崎大学での学園紛争で勝利した人たちが作った右派、民族派の日本青年会議の事務総長、その上部組織である日本政策研究センターは現在の安部政権のシンクタンクである。安倍を囲む有識者会議にも日本青年会議はメンバーに混じっている。また政治家や宗教団体代表や右派有名人で組織されたのが「日本会議」である。安倍首相は最高顧問であり、会長は元最高裁判所の長官である。この事務方も日本青年会議が行っている。

 今は右派も左派もどう判じてよいかわからないが、日本会議は「美しい日本づくり」を目指している。緩やかな結束団体ではあるが、戦略はコマメで、現実的である。日本が侵略戦争をしたとは認めない。首相の靖国神社参拝は当然。壊れかけつつある家族の絆を取り戻そう、自国防衛を強くして外国での自衛隊活動も積極的やろう。天皇崇拝は当然のことである。教育勅語の復活まで言う人もいる。

 ウイスキーや樹木の名などと浮かれているあいだに、共謀罪が審議され、悶着がありながらも、閣僚のほとんどが日本会議メンバーである。そして数の上では絶対安定の政権である。これも名前を変えてでも通過していくに違いない。

 ちょっとずつ戦争ができる国になってきた。エルサレムに米大使館が移転するならば、どうなることだろう。

 反対もできない雰囲気にいつの間にかなっていくような同調圧力がおそろしい。

 

 


樹木名前を知りたい

2017年02月19日 | 日記

 春になったらもう一度楯ゲ崎の山の青葉の膨らみの中を歩こうと、「樹木 見分けのポイント図鑑」というポケット版を買った。日本の樹木はかぎりなくあるようで、楯ゲ崎にはどのくらいの種目があるのか知らないが、名前をおぼえるのが相当困難そうだ。

 専門家の方に連れていってもらい、解説願うのが一番だろう、と元副市長をやっていたOさんが浮かぶ。かれは樹木医である。この地方の樹木などは若い時期の記憶力が優れた頃におぼえてしまっているのだろう。一度公民館でお話を聞いたおとがある。その公民館でのセミナーでは結構な数の市民の方々がきていた。

 この地方の四月、五月の若葉は勢いがよく、まるで緑の雲が湧くようである。

 今年は写真をとってあとで本の写真と照合するか、その場で、都度探すか、いまから楽しみにして、決めようと思う。

 去年、楯ゲ崎を道路から眺めていたとき、隣の木に鶯が来て、ホーホケキョと鳴き、警戒することもなく、鳴き続けたもだった。長閑というのはこんなことだと思った。

 このごろ雀の大群が庭の金木犀にやってくる。チュンチュンと喧しいのだが、気分が損なわれることはない。

 夏になると硝子戸に現れるバリ島から連れてきてしまったヤモリは子供を産んでいて、三匹となっている。今年は零下になったから、無事に冬を越せただろうか。

 そんなことを思い、また図鑑を眺めている。

 

 


舟木一夫歌手生活55周年

2017年02月18日 | 音楽

 舟木一夫が72歳になった今も1ヶ月続く時代劇と歌謡ショー公演をやっている。BSTBSでは2時間にわたって、記念番組を作っていた。一度尾鷲のホテル望月で偶然連れションをしたことがある。その時のショーにも九州の方から追っかけがきていた。

  舟木一夫の全盛期は昭和38年から昭和46年ほどくらいだったと思う。この当時ファンは団塊の世代で今も人口が多い。

  一時期どうにもならなくなった時期があった。ところがその舟木がどうにもならないときはかつてのファンも子育てでどうにもならなかった。ファンたちの子育てが終わると、舟木は活動を再開した。1ヶ月間の新橋演舞場や新歌舞伎座に客を呼び込めるのは並大抵のことではんしだろう。

 歌うには恥かしい気がするが、高校三年生や修学旅行などは、聞くと、当時の高校生活の記憶がドーンと甦る人が多いのだろう。多くのヒット曲にも恵まれた。それに、新しいヒット曲などと欲をださず、徹底して、当時のファンだけに歌い続けた。橋幸夫のように、本を書いたり、講演したり、新曲披露するという風でなく、追っかけてくれるファンを大事にする戦略をとったのだろう。

 戦後すぐに生まれた人たちにとって、流行歌は三橋美智也や春日八郎、フランク永井などで、青春ソングを歌う若者はいなかった。すでに日本の経済は安定期に入っていた。

 高校三年生はこのファンが生きる限り歌いつづけられる価値をもつのだろう。それにしても、びっくりの観客動員力である。1ヶ月続けられる芸能人はどれほどいるだろう。パンチもなく、ど演歌でもなく、押しも弱そうな舟木一夫。あれもしたい、これもしたいということもなく、ひたすら開き直って自分の歌を歌っている。そして若い。「そのひとは昔」というLPをよく聴いたものだ。ぼくは「高原のお嬢さん」が一番好きで、よく今で口ずさむ。切なさを歌った歌だ。

 


若村麻由美

2017年02月17日 | 文学 思想

 若村麻由美の歩き方、足先の角度、内踝をほらとみせるようにする足運びは舞台でみる限り素晴らしかった。元々のものなのか、ある時から意識したのか、好奇心が湧く。直接に訊いてみたいものだと思う。ファンとしては、若村麻由美がなぜ、宗教教団の教主と結婚したのかも訊きたくなってくる。

 この女優は相当なできる女優だと思うが、どのような心理と葛藤で生きてきたのか知りたいと思う。女性週刊誌などは昔取材したのかもしれないが、その頃は興味もなかったから、いまさら詮索してもしかたがない。だが、どのようにして今日に至っているのか知りたい。ミーハーの極致であることはわかっている。

 幾つか訊きたい女優や男優はいるものだ。沢口靖子はなぜ、「科捜研の女」だけなのだろう。やってみたい作品はないのか。名取裕子はどうしているのだろうか。何を思い、何を考えて、日常を生きているのだろうか。

 それは学者た民間の研究家が夏目漱石はどう生きていたか、森鴎外はどうだったか、という好奇心と同じであるように思える。ある女優を透かしてみれば時代がみえるというのと同じようなことだ。

 ぼくにとって嬉しいのは、テレビに若村麻由美が粛々と演技を見せてもらえることだ。

 よいなあと思える俳優。中井貴一。堤真一。若村麻由美。薬師丸ひろ子にはもうひとがんばりしてほしいなあち思う。

 今日は温暖。明日からまた寒くなるという。日の光が明るくなった。中央公民館梅が美しかった。

 


ザ 空気

2017年02月16日 | 文学 思想

 田中哲司、若村麻由実、他三人による演劇「ザ 空気」を観劇した。現代演劇には華やかさがない。

 五人の、役者の笑い場面はひとつもなく、最後の終了御礼でも笑顔がなかった。たぶん、そういう意図であった。

 内容はごく普通に僕ら夫婦が話していることが、「ニュース ライン」というテレビニュース番組を担当する編集者、キャスター、アンカー、ディレクター、映像編集者の会話に置き換わっただけだと思いながら観たのだった。新しい発見何もなかった 

 総務省が(高市大臣を思わせる)、公平ではなく、偏った報道をするテレビ局には免許取り消しもありえるという発表が2、3年前にあった。テレビ局への脅しである。舞台はその発表をうけて、報道の自由、言論の自由を巡って、現場がガタガタと軋む一日のドラマである。

 テレビ局にも、大新聞社にもコマメに文句をつける作戦をとる右派の集団がいる。その集団が日本会議を実質運営ぢている。この集団は元号法制化に勝利し、市町村議員を取り込んで、請願書をおくらせたりと、巧妙な作戦で、左派、リベラルに対抗している。その国規模の団体が日本会議である。安倍首相が最高顧問である。

 多分、この演劇の脚本家はそういうことも知っている。実名はだしていないが、日本会議のことを言っているのがわかる。

 五人はあるニュースをどう伝えるかゴチャゴチャと悩むのである。秘密保護法ができ、集団的自衛権がいつでも発動でき、今は共謀罪を成立させようとしている安倍政権。舞台の最後はテレビ局を辞めた男が一人でジャーナリストとしてやっていく、と局の役員に出世した女から、そんなことができる時代じゃないわよ、と言って立ち去り、何があってか男のところに戻ってきたとき、空を戦闘機が飛んでいく、という場面で終わる。

 日本会議そのものは、憲法改正、天皇男子継続、家族重視 という考え方をとるが、外交にかんしてどのように考えているのかわからない。櫻井良子なども入っているから中国嫌いかもしれない。

 ぼくは思うのだが、トランプ大統領との親交は注意しなければならないと思う。尖閣諸島については中国も領有権を主張しているのだから、ここの地下資源や漁業権は共同開発をし、分けあえばよいと思う。どちらにも言い分がある場合は、政治的に和解の道を模索するべきだと思う。尖閣諸島には手を出すな、アメリカがバックにいるんだぞ、というのは、俺には手をだすな、バックにヤクザがいるんだぞ、と言っているのと同じような気がする。中東で戦争でも起きれば、アメリカがイスラエルのみを支持するようになれば、どうするのだろう。

 おそらくこのような演劇は真夜中でも、BSやCSでも放映されないだろう。しかし、田中哲司と若村麻由美の名前のせいか三重県文化会館の中ホールは満員であった。おそらくすぐにテレビ局に電話したり、市町村議員にコマメに圧力をかけない人たちなのだろうと思った。

 同調圧力の大きい日本。物言わぬ人々。言うべきことを言うとディベートなど学んでこなかった日本列島人。石油がない日本。この東の果ての小さな国は幕末以降、西洋からの近代化によって揺さぶられ続けている。今もトランプ大統領一人に揺さぶられている。


若村麻由美

2017年02月15日 | 映画

 相撲小説の書き直しをしている。一日2時間。多くの辻褄のあわなさやミスも目立つ。原稿用紙に700枚以上はあるので、応募する対象がない。自主制作もしくは私家本として少部数作り、知り合いに配ろうかとも思っている。

 今日は久しぶりに演劇を見に行予定である。若村麻由美が出る。「ザ 空気」 という演目である。若村麻由美、内山理名、名取裕子の僕はファンである。若村の演技も楽しみなことであるが、内容よりも彼女の顔や仕草ばかりを追っていることだろう。本当はどんな女性なもかはしらないが、一度テレビの番組で即興芝居をするのをみたことがある。即興ではなく、台本があったかもしれないが、その迫力にびっくり仰天した。この前はBSの時代劇で芝居小屋の女将をやっていた。粋で気っぷのよい役だった。「科捜研の女」では脇役として解剖医の医師でケーキを差し入れする役で出ている。念ずれば、話などできる機会はくるのだろうか。聞いてみたいことがいくつもある。役者としてはもっと伸びるはずだと思うが、どうなっているもだろう。 

 「ザ 空気」 の感想はいずれ書くことだろう。

 


清水冨美加の引退

2017年02月14日 | 文学 思想

 大川隆法の本を買うことがお布施になるという資金源システムをもつ幸福の科学。この新新興宗教も世界に、1200万人いるというから驚きである。宗教によって救われることは別段悪いことでもない。一タレントが出家をしたからとテレビは騒ぎたてる。マスコミの一組織宗教団体と別段変わるところはない。組織に奉公するのも同じようなものだ。

 組織のタチが悪くなるのは、組織絶対の中で、自分を

組織に合わせ、服従しなければならないときだ。共同幻想に個人が呑み込まれる。こんな組織は日本のどこにでもある。

 僕などはさしずめ科学崇拝教の信者とも言える。清水冨美加が書いた、目にみえないもの、たとえば天国とか、霊、とか神を信じて生きていきたい、というのもひとつの世界観なのだろう。ぼくはとうてい信じrsれんしが、科学における解明などをみていると、喝采を送りたくなる。その科学は人を効率的に殺す武器の部品になるかもしれないというように。

 ギリギリで生きていくのを止めたい。こころの平安が欲しいというのは現代の働く若者に共通した本音なのだろう。それがたまたまテレビニュースで、幸福の科学を介在させてしまった。よほどギリギリだったのだろう。

 まあ、しかし、世はバランタインデイでも消費を煽るし、これでもかというくらい、不要そうに思えるものをだしてくる。ブラック企業でなぜ、なんのために、これほど働くのか、わからない人も多いだろう。

 奇妙な世の中であることをきちんと言語化できる人は少ないだろう。清水冨美加ぐらいの衝動的な悲鳴を上げたいという人が大方ではないかと思うのだ。