南の島の土着民風自由人

自分の生活、計画し実行してきましたが、病気や人間関係など思いがけない障害に遭遇しました。

(^_-)-☆舗装急ピッチ

2012-06-28 22:06:46 | 環境

  1260 汚職の風土を無くすことはできない。イスラム社会だからではありません。ゴミが増える一方なのもイスラム社会だからではありません。インドネシア人社会だからです。アッラーは汚職を奨励していますか。ゴミをどこでも捨てていいと言っていますか。言っていないでしょう。宗教以前にインドネシア人だからチャンスがあれば汚職をしたいと思うのです。手に持っている不要なものは、手から放したくなったときにどこであろうと手から離すのです。それらのことで、罪悪感が乏しいのです。悪いことだという意識がほとんどないのです。オランダ領の時代にも同じことだったでしょう。

ということで、人が変わらなければ、状態も変わりません。ということは、永久にゴミは無くならないし、汚職も無くならないのです。そう思って対処する人が大統領にならなければ、どうにもならないということです。

“浜の真砂は尽きるとも、世にコルプシ(汚職)の種は尽きまじ“石川五右衛門

そこで、というか、今週はどこにいてもできる仕事ばかりなので、03:00に家を出て、また、パンガンダランにいる。金曜日、昼からチカランでミーティングがあるので、それに、間に合うように帰る。

学校が、まだ、休みだとかで、平日にもかかわらず、人出が多い。久しぶりにカランニニへ寄ってみた。何も変化は無い。この並びから見る、ヌサカンバンガンとチャガールアラムはそれぞれに若干の変化があって、魅力的だ。

 

ラマダン レバランに向けて、急ピッチで道路の修復をしている。特にパサールパンガンガランから西へ向かう道、グリーンキャニオンやバトカラスがある方向だ。やっと、雨季が終わったようで、砂埃が立ち上がる中、舗装が進行している。グリーンキャニオンまで、25kmあるがそのうちの10kmは済んでいる。インドネシアの舗装の仕方が気に入らない。道幅一杯に舗装すれば大型バスが余裕も持ってすれ違うことが出来る。だから、全く舗装してなければ、やはり、充分すれ違いの余裕がある。ところが、インドネシアの舗装に仕方は、全幅ににはしない。両側に1mほど舗装しないでおく。どういう理由があるのか分からない。だから、舗装した部分では大型車のすれ違いはできない。どちらかが、譲って、舗装から片側の車輪を落とさなければならない。また、普通車と大型車がすれ違い場合も多くはどちらかが譲る、一般的には普通車が避けることになる。そこまでは、良いとして、困るのは、その舗装の幅はそのままに、毎年のように舗装を積み重ねて修復する。舗装していない部分と舗装との段差が年々大きくなる。左に大きく傾くことになる。何センチまで段差が許されているのか知らないが、20cm位はざらである。ということだが、ムディックやハリラヤには舗装が間に合うことを期待するしかない。

舗装 レバラン 汚職

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