絹糸のしらべ

一絃の琴、きもの、文学etc…日本人のDNAが目を覚ます・・・

かすかな疑問

2006年10月19日 22時49分10秒 | Weblog
いじめ自殺のことを書いていてふとある疑問が頭をよぎった。
たしかに率先していじめていた教師は言語道断だけれど
それにしても、もう耐えられないと思うほどまでに
つらい状況に追い込まれているのが
親には全然わからなかったのだろうか、と・・・。
いじめだけでなく、凶悪な犯罪を起こしてしまう少年少女の
親たちも、事件がおこってしまうまでわが子の変化には
気づかないのだろうか?


みのもんたの番組で

2006年10月19日 08時59分51秒 | Weblog
連日、いじめで自殺した子どものニュースが流れている。
今朝は陰山英男が出演して、「現場の教育力は絶対落ちていないんです!」
と熱弁していたが、虚しく聞こえるのは私だけ?

昔からいじめはあり、親、教師、誰しもそれに近いことを体験せずとも、
見聞きしているはず。なのに、子どもの現実にいままでかくも鈍感に
過ごせているのが不思議なくらい。
ちょっとのことくらい、乗り越えていく強さも必要だが
これくらいのことで。。。の時期を越えてしまうと
当人同士の問題ではなく、それこそクラス全体対1人、という図式に
なってしまうこともあるから、要注意なのです。
自分の子どもに降りかかる火の粉をはらえるのは親だけです。

最初は「からかい」、「仲間はずれ」
そして持ち物隠しや持ち物に落書きされる、、、などと
大抵進行のパターンは決まっています。(低年齢の場合)
いじめる側も最初はジョーダンでやっていても、
そのうちエスカレートしていき、周りを巻き込んだ一種の
ヒステリー状態を作っていくと思われます。
そうなると、自分がやられないために1人を生贄にするという
自己防衛を皆がするので、ますます解決しづらくなっていきます。
そんなふうになる前に、なんとか気づいてやれないものかと
思いますが…

現場の外からいうのは簡単ですが
こういう子どもの感情、人間の心理状態を見究めるには
かなりの洞察力が必要で、しかもそれは子どもに対する愛情に
裏打ちされたものでないと、ただの「見張り」になってしまいますから
『技術』的な話ではないのです。
子どもに対して愛情をもって見守ることができるのは
やはり、親(あるいは養育者)が一番の存在なのでしょう。

陰山先生が言った「教育力は落ちていない」という話
それはどこのなんという学校のお話なんでしょう?