以前にも、お見せした風景である。
我家の窓から海を観たものである。
絵(写真・左)の幼木が植えられている付近は、年輪を重ねた松の大木が”林”となっていた。
所謂、砂防林であった。
民間の施設が建設されるにあたって、伐採されてしまった。
問題は、今日のような強風が吹く日である。
海風が直接、我家を襲うのである。
そして、細かな砂も飛来してくる。
防波堤に打ち寄せる白波が、高く立上っているのが確認(写真:右)出来るのである。
過去には、砂防林がカーテンとなっていた。
立上がる白波を直接観る事も無く、不安感を抱くことは無かったのである。
日本の典型的な風景である”白砂青松”が、開発の名のもとに、いとも簡単に伐採されてしまった。
松林があることが気に入って、定住を決めた一つの要因であった。
今はただ、海が観えるだけの風景になってしまった。
穏やかな日は、良いとして、今日の様な、荒天時(写真:右)には”松林”のあった頃が懐かしく思えるのである。
とは云え、津波時の避難場所として、一時的に受け入れてもらえる施設であり、複雑な気持ちである。
追記
”命”を守る為に(松林の伐採は)諦めろ!と”松林”の存続を比較するなら、私は、松林の存続に軍配を挙げたい。
避難することにより、生存の可能性はうまれる。
日常的に、生活する風景であり、砂浜と青き松林のコントラストは癒されていた。
何はともあれ、砂防林の歴史を守ることなく”何時かは枯れる”そして、津波対策で”盛土する”と言う理由で、失われていくことに、一抹の不安を抱くものである。
確かに、害虫被害や樹勢の衰退等で縮小はしていた。
しかし、二箇所となった松林を残そうと、中学生達が植林を行っている。
気が遠くなる年月をかけて成長し、世代交代を繰り返し、砂防・防波の恩恵をもたらせるものであった。
この様な想いも、人間の利便性を追及する”力”には、無力である。
歴史としての”景観・風景”を残す工夫は、そして知恵は無かったのだろうか?
見てのとおり、樹木が数本植樹されただけで、大半は無機質な更地である。
浜辺への直接的なアクセスも、そして松林を通って海辺に至るという情緒は今はない。