唐松林の中に小屋を建て、晴れた日には畑を耕し雨の日にはセロを弾いて暮したい、そんな郷秋<Gauche>の気ままな独り言。
郷秋<Gauche>の独り言
東京奇譚集
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そのことを考えただけでも、ちょうど1年前に出版された「アフター・ダーク」(郷秋<Gauche>的書評はblog化以前の「独り言」2004年9月20日の項を見られたし)を読んでの落胆を、村上春樹的に解消してくれるものと期待をしたのだが、はたしてその期待は裏切られることはなかった。
村上の代表作である「世界の終りとハードボイルドワンダーランド」(1985年)、「ダンス・ダンス・ダンス」(1988年)、「ねじまき鳥クロニクル」(1994-95年)はいずれも長編であり、ともすると村上を「長編作家」としがちであるが、初期には「中国行きのスロウ・ボート」(1983年)、「回転木馬のデッド・ヒート」(1985年)、「パン屋再襲撃」(1986年)といった短編集を残している。「東京奇譚集」は村上の短編愛好家にとっては待望の書と言える。
本書には5編の「奇譚」が収められているが、4編は「新潮」の本年3月号から6月号に掲載されたものであり、最後の1編「品川猿」のみが書下ろし作品である。「奇譚」であるから特にその物語には触れないが、登場人物はおなじみ「村上ワールド」の人々であり、その舞台もあるときには「ダンス・ダンス・ダンス」と同じ場所であったり、あるいは物語の重要な登場人物の一人が「消えて」しまったりと、読者を楽しませてくれる。
おなじみ「村上ワールド」と書いたが、今回の作者はその色を何とか押さえようとした努力の跡が見られる。これまでは堂々と「村上ワールド」を歌い上げていたものだが、本作品では何かの意図をもってその色を薄めようとしているように、私には思える。残念ながら余り成功しているとは言いがたいが。しかし、村上作品の愛好者は「村上ワールド」を楽しみたいが故に自分の作品を読むのだからと、消そうとしたけれども消せませんでした的な色の残り具合までをも作者は計算したのだろうか。
「火曜日になると一人で、ホンダのオープン・2シーター(グリーン、マニュアル・シフト)に乗って多摩川を越え・・・」(偶然の旅人)、「彼女の車(ブルーのプジョー306、オートマチック)で二人はその店に食事に行って、クレソンのサラダと、スズキのグリルを注文した」(同)。
そのクルマの車種は、色は、と気になるのはクルマ好きかつ読書好きの性ではあるけれど、括弧書きで説明されるのではなんとも味気ない。その味気なさまでをも村上は計算したのか。それはそうと、ホンダのオープン・2シーターって、なんだ。S2000にはグリーンの塗色はない。オートマチック車の設定もないからわざわざ「マニュアル・シフト」と書く必要もない。
ホンダのオープン・2シーターはその車種が書かれていないのに、彼女の車は「プジョー306」と車種が明らかにされている。306には確かにマニュアル・シフト車もあったけれど、特にクルマ好きの彼女であることは書かれていないから、マニュアル・シフトであるわけもなく、らわざわざ「オートマチック」とことわる必要は無い。それに、色はブルーではなくてルシファー・レッドだろう。いつまで経ってもクルマに関する部分が上手く書けるようにならない村上を、カワイイと評するべきだろうか。
村上春樹著 東京奇譚集
新潮社 2005年9月発行
1,470円(税込)
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