22222年2月22日

 二十日前、つまり2022年の2月2日に郷秋<Gauche>は気がついた。「おぉ、20日後には2022年2月22日、20220222じゃないかと。こんなに2が沢山並ぶのは、次は200年後の2222年2月22日と、更にその次は2万年後の22222年2月22日と、気が遠くなるほどの未来のことだと。もっとも、その時に人類がこの地球上で生き延びていて、今の「西暦」が引き続き使用されていればの話だが。

 せっかく面白いことに気がついたと思ったのに、今朝、通勤のクルマの中で聞いていたJ-waveでは、今日はやれ「猫の日」(ニャンニャンニャン)だとか「忍者の日」(にんにんにん)だとか云って(更に、フーフーフーして食べるから「おでん」の日)朝から大はしゃぎ。なので、郷秋<Gauche>はそのことには触れない。

 思うのは200年後の2222年2月22日に日本は、世界は、地球はどうなっているのかと云うこと。でも、想像も出来ないよね。だってそうでしょう、200年前に今の日本や世界、地球の状態を想像できた人がいたのかと云えば、そんな人は世界中探しても絶対にいない。だから200年後の日本や世界、ましては2万年後のそれを想像しようにも想像のしようがない。

 考えてもみれば200年前、つまり1822年の日本は文政5年、11代将軍徳川家斉の世で、ドイツ人シーボルトがオランダ商館員として来日する前年、日本の人口は2660万人で2022年の1/4で夏から秋にかけて西日本でコレラが流行。世界ではギリシャとブラジルが独立したと、「歴史学研究会編 日本史年表」(岩波書店 1966年第一刷)に書いてある。いちいち書きはしないけれど、この時に今の世界のありようを予想できた人は絶対にいない。

 と言う事は、今から200年後の世界を想像する事は困難だと云う事だ。ましてや2万年後は。世界の、世の中の変わるテンポがますます早くなってきている昨今、20年後の予想さえおぼつかない。そもそも20年後に自分が生きているかどうかさえ判らないのだから。

 と云うわけで今日はまったくオチもない、いつもに輪をかけた駄々々々々文でありました。お後がよろしいようで。


 と云うわけで、記事本文とは何んの関係もない今日の一枚は、これからが正に愛で時となる、藪椿。

 横浜の住宅地の中に残された小さな里山の四季の移ろいを毎週撮影しているblog「恩田の森Now」に、ただいまは2月19日に撮影した写真を5点掲載しております。立春過ぎとは云え、寒い一日となった森の様子をご覧いただけたら嬉しいです。
https://blog.goo.ne.jp/ondanomori/e/d06350161b010e1fb95172503c886e6a

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#200年後 #200年前 #2万年後 #ヤブツバキ #藪椿

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