お疲れさま?

 朝いちで電話がかかってきて、いきなり「お疲れさまです。〇〇です。昨日メイルした件ですが・・・」。
 いやいや、君からの電話が今日最初の仕事。「僕はまだ全然疲れていないよ」と云いたくなる。

 以前、定年退職される方に永年勤続の労をねぎらうつもりで「長い事お疲れさまでした」と申し上げたところ「私はぜんぜん疲れていない。できることならこの仕事を続けたいくらいだ」と云われた事がありました。エネルギッシュで歳を感じさせない方ではありましたが、定年とはその歳になったら退職しなければならない年齢のことであり、お疲れではなかったとしても、仕事を続けることはできないのです。そもそも世代交代は一つの組織や社会が継続するための必須の事柄なのです。

 「お疲れさま」に話を戻そう。
 トイレで若い同僚に出会ったりした時に「お疲れさまです」と云われることがある。疲れたからトイレに来たわけではないのに「お疲れさま」とはこれ如何に。
 顔を合わせたのに言葉を交わさない結果の気まずい空気を打破してくれるのが「お疲れさま」。決して相手の労をねぎらっている訳ではない。「あっ、どうも」程度の「お疲れさま」なのである。

 最近のビジネスマナーでは、目下(部下)から目上(上司)に「ご苦労さま」はNGであり、「お疲れさま」を使うようにとされているが、少なくとも江戸期代には家来から殿様に「ご苦労でございました」、殿から家来には「大儀であった」であったと書かれたものを見たことがある。明治(1860年代)から昭和(1950年代)においても決してNGではなかったと書かれた文献もあった。
http://urayasu.meikai.ac.jp/japanese/meikainihongo/16/013kuramochi.pdf (2011年)

 では、一体全体いつから下から上への「ご苦労さま」がNGになったのか。手元にある新明解国語辞典(三省堂)の第四版と同第七版を繰ってみたら意外と簡単に判った。

新明解国語辞典 第四版(1989年)
  【御苦労】〔「苦労」の丁寧語〕他人の骨折りを感謝する意を表わす語。
新明解国語辞典 第七版(2012年)
  【御苦労】「(他人の)苦労」の尊敬(丁寧)語。「ご苦労さま」の形で、目下の者の労をねぎらう言葉として用いられる。

 第四版を見る限り「御苦労」は上から下へでも下から上へでも使える言葉であると読み取れるが、同第七版では「上から下へ」に限定されている。

 第四版(1989年)と第七版(2012年)の間に第五版(1997年)と第六版(2005年)があるので今ひとつ「明解」ではないのだが、下から上への「ご苦労さま」がNGとなったのが(新明解国語辞典的には)1997年から2012年の間の出来事であることが分かる。

 言葉は時代と共に変わる。「近頃は日本語が、特に若者の日本語が乱れている」と云う老人がいる。しかし、考えてもみれば言葉は生き物。新しい言葉が次々に生まれ、その言葉に駆逐されるように古い言葉が舞台から去っていく。日本語が乱れているのではなく、古い日本語がより新しい日本語へと変化しているのである。

 例えば、夏目漱石は『坊つちゃん』(1906年)のなかで、「一体生徒が全然悪るいです」と書いているが、今の日本語の「全然」は否定の文脈の中で使われることになっているので「全然悪るい」は乱れた日本語であると云うことになる。でも、当時の日本語としてはまったく問題がなく、夏目漱石的には「全然美味しい」も全然良いと云うことになる訳です。

 諺の意味もしかり。例えば「情けは人の為ならず」「役不足」などは、かつては「誤り」とされていた意味(解釈)が現在では大手を振ってまかり通っている。ことほど左様に言葉は変わるのである。だから、例えどんなに「変な、乱れた」言葉であるやに思えても、いま現在、普通に使われている日本語なのであるとするならば、それは良し悪しの判断とは何の関係もなく「いまの日本語」であると云うことになる訳であるなぁ。

 と、思いついたことを脈絡なく書いた後の今日の一枚(一番に前にあるのだが)は、小雨の中の紫陽花。仔細に観察すれば決して見栄え良く整った株そして花ではないとしても、小雨の中で精一杯咲いている紫陽花はやはり見るべき、撮るべき紫陽花であり、即ちそれは美しい紫陽花だと云うことになる。

 横浜の住宅地に残された里山の四季の移ろいを毎週撮影し掲載しているblog「恩田の森Now」。ただいまは6月27日に撮影した写真を7点掲載いたしております。初夏の森の様子をご覧いただけたら嬉しいです。
https://blog.goo.ne.jp/ondanomori

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#言葉のお遊び #ご苦労さま #お疲れさま #正しい日本語 #乱れた日本語 #常に変化していく言葉 #紫陽花

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