GOKIGENRADIO

バーボングラス片手のロックな毎日

モラルとマナーとルール その2 高野連

2019-02-22 17:35:22 | Talk is Cheap
よくわからないルールが多すぎる。
そのほとんどは後から後からおまけのように作り出したルール。
しかもそれが同じ業界で違う組織、団体、教会などで違うから、これまた困ったもんだ。

昨年夏の甲子園全国大会に出場した高知商の野球部員が、同校ダンス部のイベントに参加した。
これに日本高校野球連盟がクレームを入れたことが俺には全く理解できない。

連盟が言うには「ダンス部のイベントが有料イベントだったから、これに高校野球児が参加するのはおかしい」とのことだった。
なんじゃこのルール。
なら甲子園大会の入場料は全席タダにしろよ。
誰でもそう思うだろ?

高校球児をテレビの見世物にして、新聞や週刊誌の画面を賑わせて、散々いろんな取材やイベントに引っ張り回しておいて、よく言えるな。
一切お金を取るなって?
高校野球球児は無料でというなら、ブラスバンド部やダンス部が有料イベントをするのはなぜいいのだ?
同じ文科省の管轄でもこうなってしまうのはなぜだ?
スポーツ選手は無料奉仕か?あくまでもボランティアを求めるか?

高知商の野球部員がユニフォーム姿でダンス同好会のイベントに出たからどうだって言うんだ。
入場料が施設利用日や準備日などなのか、それともギャラなのか。そんなことまでいちいち首突っ込むべきなのか?
テレビや舞台にユニフォーム着て出たらダメだというなら、あの甲子園での取材や、凱旋パレードの取材とかはどうなるんだい?
まぁよく言えたもんだなぁ。理事とやらの顔を見てみたいもんだ。

「高校野球は授業の一つです」なんて有名無実のお題目掲げてても、現実はほぼプロ野球登竜門みたいになってるやん。
そんなこと言ってるから、「真夏の灼熱の中での大会はおかしい」とかモンスターペアレンツたちに言われても反論できないんだろう?

で、本来は「健全なる肉体に健全なる精神は宿る」なんて言ってたのに、投球制限を言い出したり、休養日作ったり、どんどんルールを変更していかなきゃいけない羽目に陥る。過去にはなかった(問題にならなかった)事例がどんどん出てきて、その度に後追いでルールをどんどん作っていくから、もはや無茶苦茶。

ルールというのはジャッジする際に公平かつ適正に第三者が判断できるようにするためにあるべきだ。
それ以外がモラルやマナーの範疇で曖昧でいい。
それをルールが優先したりするから、こんなアホな裁量をしなくてはいけなくなる。

結果的に2月20日の日本高校野球連盟理事会で「日本学生野球協会に処分を申請しない」ことになったそうだ。
まぁ、ボクシングといい、水泳、体操、フィギュア、各スポーツ界、いろんな団体、協会があるもんだな。
そんなにややこしくしてしまってどうする。だいたい何のためにお前たちは存在してるのだ?
運営するため?管理するため?仕切るため?牛耳るため?利権を・・・。ようわからん。

さぁ、新潟県高野連が、県大会での投球制限導入を決めたぞ。
一見生徒(選手)を守るようなルールのようだが、これによって控え選手(投手)がいるところは問題ないが、控え選手がいないところは不利になるぞ。下手すりゃ交代ピッチャーがいないからって没収試合になってしまう。これこそ不公平ではないのか?

後から後からおまけのように作り出したルールを作るから、こんなことになっていく。
大義名分を打ち出してしまうから、末端組織がそれに則ったルールを作り出しても文句が言えなくなる。

さぁどうする、の本高校野球連盟。
各都道府県高野連の意見を尊重するか、それともあくまで主幹として貫くか。
どちらにしてもこのままだと退廃していくだけだと思うけどな。
まぁ好きにしてくれ給え。

またもや長くなりそうなので、【モラルとマナーとルール その3】へ続く。


モラルとマナーとルール その1

2019-02-22 12:53:15 | Talk is Cheap
最近なんかおかしい。
「こんなのってルールをわざわざ決めること?」とか「そんなマナーってあった?」とか、「それくらいモラルの問題だろ」とか思うことが多々ある。

本来、人間関係や社会はモラルで成り立っている。
共存体を慮り自己抑制する日本人
自分主義主張の激しい欧米人
いろんな国や民族、宗教などで独自の世界観があり、それぞれにモラルが形成される。

そのモラルを整備したものがマナー。
日本の場合は作法と呼んだり、究極には道と呼んだりする。
海外の場合は、テーブルマナーやパーティのマナーなど、暗黙の掟のように存在する。
初心者入門者にもわかりやすく、これが「この世界の“しきたり”だよ」と解説されるものだ。

さらにそのマナーが混沌としてしまった時や、あちこちで独自ルールが乱立してしまった時に整備されるのがルール。
ゲームでもそうだし、スポーツでもそうだし、事件や裁判などを判断(ジャッジ)するためにも使われる。
そのため一般的な生活や地区、コミニュティ、果ては条例政令法令までルールは広がる。

前置きがめっちゃ長くなってしまったが、最近はこれがめっちゃいい加減になってきてるような気がする。
もともと日本って先にも書いたように村社会。共存体を優先し、個人は“しきたり”に従ったり、我慢したりしてた。
だがここにきて、やたらルール整備が先ばしってる気がするのよね。

多分「公」よりも自己優先するようになったのだろうね。「個」が従来のモラルやマナーを無視や拒否をして、「自分だけがよければいい」「自分はこうしたい」「こうする権利があるはずだ」などと勝手に「マイルール」などを適用していくから「ルール」を決めて縛らな買うてはいけなくなっていく。
本来そんなルールなどいらないのに、なんでも役所や会社、学校のせいになってしまうので、恐れてどんどんルールを作らないといけなくなる。
これが今の現実。

例えば、昨今のバイトテロと言われる、バカッターの動画。
接客業はお客様のために仕事するべきであって、あんなアホな行為はしてはいけない。
これはルールではなくモラル。
でも、本来はそれを指導するのは上司や店、会社なのだが、モラル破ったからって裁判沙汰(ルール)にまで持っていくのはどうなのかね。
これってバイトする奴の意識(モラル)の問題。食品を提供する扱うという事(仕事)の意識(モラル)が欠けてるのだろう?
それをバイト代が安いからとか労働条件がどうたらとか報じてるマスコミってどうなの?バイト代が高かろうが労働条件が良かろうが、個が好き勝手すりゃモラルは崩れるよ。

それを会社とか労働法とかルール整備ばっかりさすから、バイトや従業員のモラルやマナーの指導ができなくなるのよ。
ちょっときつく言えばパワハラ、本来これって労働(勤務)時間外に指導したり研修させたり、または就業後の飲み会とかで教えてたことだけど、それは残業代や手当を出せとかだもの。「組織」より「個」を優先するからこんな羽目になるのだが、そのように仕向けたマスコミは他人事。

例えば、神社寺院などへの落書き。
日本人なら「恐れ」「穢れ」「罰当たり」などモラルを重んじて絶対しなかった。
初詣のお参りで横入りしたりとかもしないし、賽銭箱までどんだけ混んでてもじっと我慢。そして参拝の手順や二拍一礼二拍手とか、数珠はこう持ち線香はこうあげるとか、マナー(礼儀作法)を見よう見まねで尊守してきた。

なのに海外から来て油撒いたり、落書きしたり、入っちゃいけないところに入ったり。下手すりゃパクったり枝折ったり持ち帰ったり。本来なら「こんなことをしてはいけません」などと記載しなくても暗黙で守られていたのに、守らない人が出てきたからルール(掟)を記載しなければならなくなる。
なのにマスコミは「インバウンドがぁ」とか「ますます増える外国人観光客のためにもっとわかりやすく何ちゃら」とか報じてる。そんな暇があれば海外に向けて「日本のルール・マナー」を報じろよって思うんだが、そんなことはする気はないみたいで、いかにも日本の方が悪い、整備が遅い、できてない、不親切などと報じてる。

長くなるので【モラルとマナーとルール その2】へ続く。