『新古今和歌集』全二十巻の掉尾(ちょうび)を飾る。吉野の立春に始まって、西行の西行きの歌で終わらせる、という趣向。
ひらかなy170:ぼんのうの やみがすっかり はれたから
こころのつきが にしへむいたよ
ひらかなs1979:やみはれて こころのそらに すむつきは
にしのやまべや ちかくなるらん
【略注】○闇=「煩悩という(心の中の)暗闇」。
○西の山べ=「(月が今入ろうとする)西の山のあたり」。この世に生き
る悩み・苦しみがすっかりなくなって、月に照らされた心の中も明るくなっ
た。その清らかな心で、安心して西(極楽浄土)へ行けそうだ。
○西行=悠 006 (07月04日条)既出。
☆読者の皆さまへ☆去年の六月の終わりに、とつぜんの啓示?発心?から読み
始めた『新古今和歌集』約二千首、ようやく終わりを迎えました。その中から、勝
手気侭に170首を選んで、現代詠としました。多くの皆さまの叱咤激励を、いま
走馬灯のように、思い返しています。皆勤でした。諸家各書(既掲)にはお世話に
なりましたが、とりわけ小学館版は私の依拠本とさせていただきました。
ご参考までに、月間平均 4000pv、1500ip 前後でした。(goo おすすめブログに
選ばれたときは、異常に多かったので、除いて)
多少余韻をアップロードしたあと、別の作品へ手を伸ばそうと思っています。(ト
ップ・ページの「看板」参照)
上覧多謝。 悠山人敬白
「新古今現代詠」の終了で、明日以後はコメント・TBとも閉鎖となります。
今日は涅槃会。相模の贈歌への返歌。お互いにそろそろ、と考えて、切なさを詠い合う。現代詠者も仲間入りの心境。
ひらかなy169:にしやまの ゆうひながめる きょうはまた
いつにもまして なみだあふれる
ひらかなs1975:けふはいとど なみだにくれぬ にしのやま
おもひいりひの かげをながめて
【略注】○西の山=「西の山(に日が入る)」(西方浄土へ行く)。
○思ひ入り=「(西へ行くという)思いでいっぱいになって」。掛詞・縁語が
幾重にも絡まっている。
○伊勢=悠 065(09月24日条)既出。
「新古今現代詠」の終了で、以後はコメント・TBとも終了となります。
題詞に、『維摩経』(ゆいまぎょう)の「此身如夢」(ししんにょむ)を詠うと。これを読んで、すぐに連想したのは、古代中国の荘周の「胡蝶の夢」である。(胡蝶蘭の胡蝶) どこかで繋がっているのかどうか、まだ調べてはいない。
ひらかなy168:ゆめうつつ うつつがゆめと わからずに
めざめはどんな よのなかかしら
ひらかなs1973:ゆめやゆめ うつつやゆめと わかぬかな
いかなるよにか さめんとすらん
【略注】○夢や夢うつつや夢と=「夢が夢そのものなのか、それとも現実が夢
なのかと」(は、分からないものだ)。
○覚めんとすらん=「目覚めるというのだろうか。」
○赤染衛門=悠 078(10月10日条)既出。
信心深い皇族で、『発心和歌集』に収められている一首。小学版に「観世音菩薩に対する恋情に通じる」とあるところから、現代詠は恋情を独立させてみた。
ひらかなy167:いまはまだ あうときところが わからない
でもみぎれいに なるまでまって?
ひらかなs1971:あふことを いづくにてとか ちぎるべき
うきみのゆかん かたをしらねば
【略注】○逢ふ=「(観音に)逢う」。
○憂き身=「ここでは、悪業を重ねている身。」(小学版) 題詞から類推。
○選子(せんし)=村上天皇の十女。この一首。
題詞は「不邪婬(淫)戒」(ふじゃいんかい。不倫するな)。当時、僧侶の妻帯は、表向きは禁止されていた。のちに親鸞がこれを公然化させて、仏教界を震撼させたことは、よく知られている。男の僧侶への警告。
男女の機微にわたる作品を、みそひと文字に映すのは、とりわけ難しい。現代詠で、「妻」「外」が重ねてあるのは、原作者の雰囲気の轍を踏んだつもりだが、気づかれたかどうか。
なお現代詠は、170を終詠と決めたので、本集からの採歌間隔が短くなる。
ひらかなy166:つまにさえ よとぎはこころと おもうのに
ましてやほかの つまなどろんがい
ひらかなs1964:さらぬだに おもきがうへに さよごろも
わがつまならぬ つまなかさねそ
【略注】○さらぬだに重き=「そうでなくても(不倫は罪深い、罪が)重い(のに)」。
○小夜衣=「夜着。寝巻き」。女性はとくに、今とは比較にならないくら
い、重ね着、厚着だった。だから重い。住宅構造も要因にある。
○わがつまならぬつま=「私の妻ではない妻(に褄を)」。「褄」は小夜衣
の暗喩。前歌に続けて、「AなBそ」再出。
○寂然=悠 164(02月25日条)既出。
この前後、寂然の詠草が多い。題詞に「不偸盗戒」(ふちゅうとうかい。盗むなかれ。)とある。自然現象に見せて、実は犯罪防止を訴えた巧みさに、感応させられる。
ひらかなy165:しらなみよ まぎれてとるな うきくさの
いそにかくれた ひとはなりとも
ひらかなs1963:うきくさの ひとはなりとも いそがくれ
おもひなかけそ おきつしらなみ
【略注】○磯隠れ=「磯に隠れて」。終止形「磯隠る(いそがくる)」という動詞
の、れっきとした連用形である。活用については複雑なので、古語辞
典で確認されたし。次項も同じ。
○思ひなかけそ=「思って(考えて)くれるなよ」。「AなBそ」は万葉以
来、禁止の標準形のひとつ。古語辞典には、「思ひ懸く」の第一の意
味として、「心にかける。また、恋い慕う。懸想する」が載る(旺文社版)。
○白波(しらなみ)=文字通りの「白い泡の波」の裏に、『後漢書』由来
の「白波(はくは)賊」(白波谷にこもった盗賊集団)を掛ける。(小学版)
○寂然=悠 164(02月25日条)既出。
原作者は、詞書の栴檀を花橘に代えた。現代詠は、抹香臭を橘花薫香(きっかくんこう)に代えてみた。
ひらかなy164:ふくかぜに はなたちばなが においきて
むかしのあなたを おもいださせる
ひらかなs1954:ふくかぜに はなたちばなや にほふらん
むかしおぼゆる けふのにはかな
【略注】○昔覚ゆる=「昔のことを思い出す、覚えている。」(remember)
○今日の庭=「今日の法(のり)の庭」(小学版)。補説参照。
○寂然(じゃくねん)=藤原頼業から出家。為忠の子。14首、ほぼ釈教歌。
【補説】栴檀香風、悦可衆心。(せんだんのこうふう、しゅしんをえっかす) 「法華経」からの引用が、この題詞となっている。あるとき釈迦が大衆(だいしゅ。修行僧)を集めて説法しようとしたら、さあっと橘の花のいい香りが吹きおこって、わあっと歓声があがった。遅れて来た弟子の弥勒が、どうしたのと文殊に聞くと、その昔灯明仏(という仏の化身)が法華経説法をしようとしたときも、同じようなこと(瑞相)が起こったんだよ、と答えた。この伝承を背景として、寂然の仮託歌が生まれた。
ここには慈円本来の姿勢があって、ほっとする。大声で泣く姿は似合わない。
ひらかなy163:なにもない そらとみえても ねんじれば
ふじもはなさき くももむらさき
ひらかなs1945:おしなべて むなしきそらと 思ひしに
ふぢさきぬれば むらさきのくも
【略注】○むなしき空(空しき空)=「何もない空」。「空し」は、現代語のような
感情を含まない。empty, i.e. vast, sky。
○藤咲きぬれば紫の雲=「藤が咲けば、紫の雲(が出る)」という因果
関係が、文字通りの意味だが、高僧である作者が経典を読んで感じた
作品なので、「藤」は観音経、「紫の雲」は阿弥陀来迎(らいごう)を暗示
する。現代詠では因果現象を並列に変えた。補説参照。
○慈円=悠 002(06月29日条)既出。
【補説】藤の花と紫の雲。たとえば『方丈記』に、春は藤波、紫雲の如し、『徒
然草』に、夕暮れ時の藤花は紫雲のよう、『枕草子』冒頭に、春は曙、
山際に紫の雲、などなど、わが先人たちは、当然のようにこれらを結び
つけていた。
和歌の世界でも、「紫の雲にぞまがふ藤の花/(略)」(慈円)、「西を
待つ心に藤をかけてこそ/その紫の雲を思はめ」(西行。西とは言うま
でもなく西方浄土)、「藤の花それとも見えず紫の/雲はいかでか空に
立つらん」(大江房)、「しづかなる庵にかかる藤の花/待ちつる雲の
色かとぞ見る」(式子)など、調べればいくらでも出て来る。
つまり、死期が迫ると西の空に紫の雲が現われて、その雲に乗って阿
弥陀が極楽浄土へ導いてくれる、というのである。科学が高度に発達して
いる現代でさえ、宗教に拠り所を求める人が絶えないのだから、仏教が
当時の知識人たちの精神構造の中枢を占めていたことは、想像に難くな
い。間もなく浄土信仰の全盛時代になる。
釈教の歌を女性はどう詠んだか。作者明記のなかでは、まず肥後(肥後守藤原定成の娘)が、目に浮かぶような作品を残している。「あふち」(樗)は栴檀。
1930 紫の雲の林を見わたせば
法にあふちの花咲きにけり 肥後
二人目が小侍従。宮廷女性の仏教理解が、男性に一歩も退かないことが、よく分かる一首である。詞書に「心経の心をよめる」と。
ひらかなy162:いろにだけ こころがそまる むなしさを
しってはれやか はんにゃしんぎょう
ひらかなs1937:いろにのみ そめしこころの くやしきを
むなしととける のりのうれしさ
【略注】○色=この世の全ての事象。古来のやまとことば(color)に、中国
仏教の影響を受けた意味(phenomena)が、掛けられている。以下、
『般若心経』のなかで最も有名な「色即是空」を詠う。
○法(のり)=仏法。
○小侍従=悠 022 (07月23日条)既出。
浄土思想を確立した高僧の、衆生救済(一人でも多くを救う)の考えが、躍如としている一首。
ひらかなy161:ごくらくに うまれていたら いまごろは
どんなひとでも むかえているよ
ひらかなs1926:われだにも まづごくらくに うまれなば
しるもしらぬも みなむかへてん
【略注】○われだにも=(他の人はともかく)私だけでも(極楽往生の手助けをする
んだが)。
○迎へてん=「迎へん」(迎えよう)に、強意助動詞完了形「つ」の未然形
「て」をはさんで、強める。
○源信(げんしん)=卜部(うらべ)から出家。恵心僧都(えしんそうず)も通用。
後世にもっとも影響を与えたのは、浄土教(浄土宗)の基礎を確立したこと。浄
土宗・浄土真宗の開祖、法然・親鸞などは、彼らに先立つ源信が『往生要集』
ですでに、事実上密教から離れ、衆生救済・専修念仏を確立していた。
☆『芸術新潮』2006年02月号は、「ひらかな」大特集(イチオシ)。立ち読みででも!