パレスチナとイスラエルの問題を語るうえで最低限全員が把握しておかなくてはならない基本的なことがある。問題の根本は、イスラエルによる75年間の占領にある、ということだ。このことは基本中の基本なのにもかかわらず忘れられ(あるいは無視され)がちで、2023年10月7日がこの問題の起点であるように語る輩が多い。
パレスチナーイスラエル問題の始まりは1948年、あるいはもう少し前。パレスチナ人はそれからずっと占領され、殺され、暴力を受け、自由を奪われてきた。これは西洋からの入植型の植民地支配である。
この問題を「複雑だ」という人は多いが、ごくごく単純でわかりやすい問題だ。このことを踏まえ、さらに「植民地支配は悪である」という認識さえ持っていれば、イスラエルを支持することなどできないはずだ。
ちなみに、パレスチナは2千年前はユダヤ人の土地だったのだから、ユダヤ人こそあの土地の先住民族であり、土地の正当な所有権がある、と主張するシオニスト及びその支持者は多い。しかし、2千年も前のことを持ち出されてもされは無茶な話だし、そのうえ今のイスラエル建国の中心となった白人系のユダヤ人たちは古代イスラエル人の子孫ですらない。二重に筋の通らない話なのだ。
ユダヤ人には苦難の歴史がある。それを理解すべきであり、イスラエルを支持するユダヤ人を責めるのは間違っている、と宣う「リベラル」もいる。最近は減ってきたが。
それに対しての答えは簡単だ。そんなことがパレスチナ人を迫害していい理由になるわけがない。こんなことを言う人はユダヤ人の視点からしか物を見ておらず、パレスチナ人を透明化しているのだろう。
さらに言えば、長年ユダヤ人を迫害してきたのは誰か。それはもちろんパレスチナ人ではない。ヨーロッパの白人キリスト教徒たちだ。かれらは自分たちがしてきたことのツケをパレスチナ人に払わせ、しかもそれを当然だと思っている。そして反発するパレスチナ人たちを「反ユダヤ主義者」と呼び、倫理的に劣った存在と見なして攻撃している。醜悪極まりない。
日本を含む西側世界では、ホロコーストの歴史は学校で教えられ、ほとんどの人が知っている。だがナクバ(災厄。イスラエル建国に伴うパレスチナ人の悲劇)のことを知っている人は少ない。ここからして既に非対称だ。また、障害者、性的少数者、ロマなども含む様々なマイノリティがホロコーストの被害者であるという事実が忘れられがちなのも問題だ。ホロコーストはしばしば「ユダヤ人の悲劇」としてのみ消費される。
イスラエルーパレスチナ問題に関する欧米日のダブルスタンダードはどこから来るのか。ユダヤ人の悲劇は深刻なものとして語られるのにパレスチナ人の悲劇は軽く考えられる、あるいは顧みられないのはなぜか。欧米の白人たちがユダヤ人(ただしヨーロッパ出身の白人系に限る)に対してはある程度の仲間意識を持っていて、パレスチナ人に対してはそうではないからだろう。
欧米日が植民地支配を本当に悪いものとは捉えていないせいもある。この国々は植民地支配を「した」側であり、受けた側の痛みには鈍感だ。実は反省もろくにしていない。ドイツは戦前のことについてきちんと反省しているとよく言われるが、ドイツが反省しているのは「ユダヤ人の迫害」であって、ロマを迫害したことも、植民地支配をしたことも大して反省してはいない。アイルランドは他のヨーロッパ諸国とは一線を画するイスラエルに厳しい態度を取っているが、それはこの国がヨーロッパの中では珍しく植民地支配を「受けた」側だからだろう。
この問題が「複雑だ」などと思えるのは、欧米人は先進的で正しい、だからかれらが支持するものが間違っているとは思えない、という無意識のバイアスがあるからだ。要するにこれも非欧米諸国に対する差別意識から来ている。
元いた人たちを追い出し、あるいは虐殺して自分たちだけの国を作ることが正当な権利だ、という理屈は「元いた人たち(パレスチナ人)」に対する凄まじい差別意識があってはじめて成立する。イスラエルはヨーロッパ白人の差別意識と植民地主義が生み出した怪物だ。建国されたこと自体が間違っていた。こう言うと極論と思われがちだが、建国の経緯を知ればそうとしか思えない。
植民地支配はクソである、という大前提をナショナリズムより上位に置いて置けば、そう言われたぐらいでショックなど受けないはずだ。植民地支配をした、あるいはしている側の国の人間(もちろん日本人も含む)は、自国はクソであると思っているぐらいでちょうどいい。国を心の拠り所にしたり国に誇りを持ったりすると、自国の犯した植民地支配に対する見方も歪んでしまう。
建国が間違いだったからといって、今いるイスラエル人が全員出ていくべきだと思っているわけではない。だがパレスチナ人には元の場所に帰還する権利があり、イスラエル人はそれを邪魔するべきではない。そしてイスラエルは名前も理念も異なるまったく別の国に生まれ変わる必要があるとは思っている。