気まぐれフォトダイアリー

富士山、風景、身近な花の写真ブログです。読んだ本の感想も載せています。
最近は回想ブログが多くなりました。

河津桜のつぼみが開き始めた♪

2021年02月09日 19時15分15秒 | 


(11:39)

2021年2月9日

今日は晴れているけれど、外は風が吹いて寒い日だった。

久しぶりに畑に行ってみた。

隅に植えてあった河津桜が少しピンク色になっていた。


そばに近づいてみると、少しつぼみがほころび始めていた。





寒いけれど、桜が開き始めたんだ。

うれしいなぁ~

春が近づいている。


速くコロナが終息してくれればいいのにな。





近くの白梅も咲いていた。


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「ドクトルジバゴ」を見て

2021年02月08日 11時04分01秒 | Weblog
2021年1月28日bsプレミアムで「「ドクトルジバゴ」を放送した。



この映画は1965年の映画で、映画では見なかったと思うけれど、何年か経って多分DVDで見たはずだった。

ロシア革命の時の映画で、今ではあまり内容を思い出せなかった。


気になった映画だったので、録画して撮っておいた。

時間は3時間21分、長い。



ユーリ役のオマーシャリフはアメリカ人かと思っていたが、エジプト人らしい。

意外だった。



ウィキペディア 「ドクトル・ジバゴ1965年の映画」



広大なロシアの風景が出てきた。

ユーリ役のオマーシャリフがとても印象的だった。

大まかな内容は大体わかったが、細かく理解できなかった。

そのうちもう一度みようかなと思う。



「ラーラのテーマ」が若いころから好きだった。

壮大なドラマだなぁと思う。


ユーチューブから載せてみる。


「ドクトル・ジバゴ」のサウンド・トラックから Doctor Zhivago SoundTrack  Maurice Jarre




RAY CONNIFF AND HIS ORCHESTRA "SOMEWHERE MY LOVE" (LARA'S THEME) OMAR SHARIF TRIBUTE, HD




Maurice Jarre - Dr. Zhivago 'Lara's Theme' (Unutulmaz Film Müzikleri 2015 / 1080p HQ) Mu©o




Doctor Zhivago / ドクトル・ジバゴ - ララのテーマ 1965



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富士山を望遠で撮ってみました!(回想)

2021年02月07日 16時36分29秒 | 富士山



2010年1月17日 山中湖から富士山を300ミリの望遠レンズに2倍のテレコンバータを付けて撮ってみました。

上の写真は、普通に300ミリの望遠で撮った富士山です。




↑クリックで拡大します。


今度はテレコンバータを付けて、山頂を撮りました。

テレコンバータって、初めて使ってみましたが、すごく難しくてなかなかピントが合いませんでした。

でも、前から富士山を大きく撮ってみたかったなぁ~

後で気づきましたが、雪の中に山小屋まで見えました。

今日は風はあまり吹いていないようです。





山頂の右側を撮りました。

右の高いところが白山岳だと思います。

さすがに大きく見えますねぇ~





今度は山頂の左側を撮りました。





これは山頂から少し下がったあたりです。

ギザギザしているのは下山道だと思います。

そして、右下に伸びているのが5合目に行く道だと思います。

私たち夫婦が富士山に最後に登ったのは、もう10年ぐらい前になるだろうなぁ~





今度は縦長に撮ってみました。

わぁ~、かなり迫力がありましたね~

やはり中腹に山小屋が見えますね。



テレコンバータを付けて撮った初めての富士山でした

感想としては、テレコンバータの使い方は、私にはかなり難しい・・・でした。

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精進湖からの日の出(回想)

2021年02月03日 22時40分30秒 | 富士山
今から11年も前のブログになります。

見ているとこんなことがあったんだ、懐かしいなぁと思います。







(7:13)↑クリックで拡大します。


2010年1月10日(日)

私は、今朝も頑張って4時30分に起きて精進湖まで行って来ました。

富士山からの朝日を撮りたかったのですが、どこで撮れるのか全く分からなくて、とりあえず精進湖まで行くことにしました。


最近めずらしく早起きをして出歩いていますが、本当はしなければならない事がたくさんあるんです・・・


それはさておき、私には早起きも大変でしたが、すごい寒さでした。

朝の国道139号線の温度計は-5℃と出ていました。


でも夕方、花の都公園へダイヤモンド富士を撮りに行った時、誰かが今朝は-5℃なので、暖かかったと言っていました。

それを聞いたら、驚きました

私は甘かったんですねぇ~


連休の間の日曜日なので、精進湖には予想以上にたくさんのアマチュアカメラマンが来ていました。

けれど今日は、私にとって素晴らしい日の出を撮ることが出来ました。

あぁ~、早起きして来てよかったです。




(7:20)↑クリックで拡大します。


湖には一面、薄い氷が張っていました。

そして、氷の上には逆さ富士が出ていました。




(6:41)↑クリックで拡大します。


日の出前です。

左側がほんのりと明るくなってきています。

右上の空には細い三日月が出ていました。

見えますでしょうか?


ここで三日月を望遠で撮ろうと思いましたが、失敗してしまいました。

月を撮るのはやっぱり難しいです・・・




↑クリックで拡大します。


富士山を少し望遠で近づけてみました。

山頂の上の雲が朝日でオレンジ色に染まっています。

精進湖の湖面からは、寒さのために水蒸気のような靄が立っていました。

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父親の命日に思う

2021年02月01日 12時36分16秒 | Weblog
昨日は父親の命日だった。


父親が亡くなったのは、数えるともう42年前になる。


何日か前から父親のことを思い出していた。

私が子どもで記憶が残っている限り、

私をとてもかわいがってくれた。


今思うと、珍しい人だなと思う。

小さいころ、どこに行くのにも一緒に連れて行ってくれた。

おかげで、遠くの親戚の人ともかなり知り合いになれた。


農家だったので、畑に行くときも必ず連れて行ってくれた。

畑に行くときは背中に荷物をのせる背負子(しょいこ)を背負い、そのうえに小さな私を肩車にしてのせていった。

これをみた近所のオジサンが、すごい力だねぇ~と驚いていたのを思い出す。


大きくなってから、かわいがってくれたことはわかっていたけれど、

そのほかのことで、束縛されたりしたので、

かわいがってくれたことには、あまり感謝の気持ちがなかった。


私は父親の実子ではない。

父夫婦に子供がいなかったので、昔の農家では困ったらしく、弟の子供を引き取った。

話せばとても入り組んでいるので、ここでは書かない。


成長するにしたがって、私の親は本当の親ではないと、知らず知らずわかった。

我が家が本家になるので、親戚の人の集まりの時など・・・

まだ3歳か4歳の子どもの頃だと思う。

無神経な親戚のオジサンだったと思うが、○○は兄貴の弟の子供だと言っているのが聞こえた。


その時、子供心にものすごいショックを受けた。

胸を刃物で刺されたような気がした。

子どもだって、言われたことはわかる。

無神経なことは言わないことだ。




時代は流れ、

元気だった父親は、がんになった。

何度か入院して、手術をしたりしたけれど、もう余命が少なくなり、

近くの病院に入院していた時のことだ。


看護婦(当時)さんが父親のそばに来た時、

「○○さんは子供さんは娘さん一人ですか?」と聞いた。

父親は「私の親がたくさん子供を産んだので、私にはこの子一人しか生まれなかった」

と答えた。


その言葉を聞いた時、私は涙が出るくらいうれしかった。

私は子どもの頃から、実の親でないことは知っていた。

けれど、父親は私を本当の子供と思っていてくれたのがよく分かった。



私ももう父親の亡くなった年に近くなってきた。

父親が私を大事にしてくれたことに、改めて感謝の気持ちを持った。



気づきが遅く、バカな人間だよなと思う。

だいぶ遅くなってしまったけれど、私を大事にしてくれて、ありがとうお父さん。



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