Sydney Yajima


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ギリシャの債務再編

2011-04-19 19:39:14 | 世界情勢
フィンランドの新しい党が躍進をしている。
彼らは、ユーロ圏からの離脱を標榜している・・・というのも、ユーロの落ちこぼれであるギリシャ、ポルトガル アイスランドなどが、債務再編に陥る可能性が、さらに高まってきたからだ。

ギリシャは、いまや、瀕死状態である。
彼らのメンタリティーは 借りれるときに借りれるだけ 借りて あとは知らない。
というもので、ドイツなどの きちんとコスト管理をしながら、削るべきは削り、そのなかで プロフィットを出しながら、ビジネスで勝ち抜いてきた人間たち・・・つまり ざっくりとナタで叩き割った言い方をすれば、「借りたものは返す」というメンタリティーをもった人間たちにとっては、まるで宇宙人なのである。
ドイツと日本は気質的に 似ている。
それは、製造業とか技術を大事にし、そしてコスト管理を徹底する。
勤勉を美徳とし、怠け者には、何も与えない。
金融で金儲けする人間を卑しいと考える。
などなど、共通点は多い。
そして、自分たちの優秀さを他の民族と比べたがるところも、似ているかもしれない。

ともかく、ギリシャ人は、その気質の 一切の共通点をも 持ち合わせていない。
彼らは、悪く言えば 「その日暮らし」であり、また、「自分たちが一番正しい」のであり、「自分たち以外はすべて間違っている」のである。そして その自信は、なんと とっくに廃れた ギリシャ ミケーネ文明というかつて、その地にあったであろう遺跡やら文明に因っている。
平和で、十分に経済が、とどこおりなく回っているときであれば、そんな気質を持っている人たちがいることを、微笑みで受流すこともできるかもしれないが、今はユーロ全体の危機であり、債務再編にでもなれば、1100億ユーロの借金どころの話ではなくなる。しかし、ギリシャには、骨が無い。つまり、借りた金を返す金庫もなければ その備えも、もっといえば、そのつもりもないのである。だから、債務再編というとても大きなことを、ドイツにとっては背中がぞっとするほどのことをも、平気で「夏までにそうしてくれねえだべか?」などと言う。
日本に置き換えて 言うなれば、地方都市の中小企業の田舎者が、それが地方金融の信用金庫にコネを通じて無理やりに借金をし、信用金庫は、金がなくなり大きな銀行に金を借りて焦げ付き、それを、政府が出てきて、なんとかしようとしたら、その借金をちゃらにしてくれねえだべか?と聞いてきたようなものである。
彼らにとって それは 当たり前のことだが、金を貸してきた人間にとっては、「え?じゃあ返済計画は?契約は?担保は?」と大騒ぎになっている・・・・そんんあ状態である。
だが、その田舎ものは、自分が悪いとは思っていない。
「金が無いから借りるのは あたりまえだべ。返せなくなったら、払えないのも あたりまえではなかっぺ?」などと開き直るのである。
もちろん、ドイツは、「こいつら、ぶち殺したろか・・・」と内心思いつつも、表面 固い表情で応じている。

おそらく、この先、ギリシャはかなりきつい条件で、ユーロとIMFから、締め上げを喰らう結果になる。
つまり、ありとあらゆるギリシャの内政干渉を、ギリシャは受け入れなくてはならないだろうということだ。

よく、日本も今のままの国債発行を続けていれば、ギリシャのようになると言う人がいる。(これは私の友人のもと ゴールドマンサックスのマネージャーだった男が言ったことだ)

だが、それは間違い。

大間違い。
日本には組織力と、技術と そして勤勉な民がいる。
そんな国だから、アメリカはいつでも助けに来るし、日本を大事な友人としている。
一度も、かつて、アメリカが、ギリシャを大事な友人だともてなしたことはないばかりか、どこにいるのか?とも聞いてもらったことさえないはずだ。
中国は日本をいつも意識しているし、韓国だってそうだ。なぜなら、日本は強大な国・・・G7という世界の第7カ国財政会議の主要メンバーだからだ。ギリシャは、G100を作っても 入れそうも無い。そんな国なのである。

日本は、復活する。
不死鳥のように、金色に輝きながら、復活する日が来るだろう。
亡くなったのは、3万人。
そして、被害を受けたのは東北。

だが、まだ1億2千万の人間と、国土はあり、そして、復活の行進をすでに始めているではないか!!!

将棋とチェス

2011-04-19 18:51:47 | フリーメーソン
西洋と日本の違いを、否応なく 毎日の生活の中で、考えることがある。
それは、たとえば、チェスと将棋においても、随分と考え方の違いに気がつく。

将棋では、歩を捨てることを、あまりためらわないほうが 勝つチャンスが広がる。
そして、相手から取った駒は 再利用できるので、死ぬことを恐れない。

一方 チェスでは、歩を捨てることを ためらう。
歩が減ると、それだけ、後々、攻め込まれやすくもなり、また、駒の再生ができないために、一人ひとりの歩兵を大事にする。

この、考え方は、戦争でも如実に出ている。
日本のゼロ戦が強かったのは、驚くべき軽量・・・つまり、命を守ることを無視して作られたためで、敵の弾が貫通することを避けるための防御ということは、一切 考えて作られてはいなかった。
結局、戦争末期になると、600時間を越えたベテランパイロットの多くはすでに戦死しており、互角に太刀打ちできることは、出来なくなってしまっていたことも、敗戦のひとつの原因に挙げられるだろう。
一方、アメリカのパイロットたちは、命を大事にするために、重装備をさせた。
捕虜になっても 生きることを望んでいたし、日本は捕虜になる前に死ぬことを望んでいた。

だが、日本の捕虜は、一旦捕まると、案外 口が軽かったとも言われる。
つまり歩兵の再生ということが、行われ、すんなりと 相手のチームの兵力になってしまうというメンタリティーもあるのだろう。
ちょうど、竹中平蔵のように、ひょっとしたら、アメリカの兵隊ではないか?と疑いたくなるようなことを、平気で行うのである。
それも、面白い 日本人の特徴であるのかもしれない。

日本人には二種類ある。
ひとつは、支配する立場。
もうひとつは、歩兵。
支配する立場も、王様に近づくほど 優遇される。
例えば、金、銀など、そして 大きな顔をしている角と飛車は、陸軍や海軍に匹敵するのだろう。香車はミサイル。桂馬は、まあ、迎撃用ミサイルといったところか。
ともかく、歩兵は一般市民であったり、あるいは下級役人であったりするので、数は多く、いつでも 死んでくれて構わないと考えている。今回、92.5%が水死 そして60歳以上のお年寄りの被害が、全体の6割を超えていたそうだ。
これは、どうしたことだろう?
結局は、弱い体力、弱い立場の人間は、きちんとした防御もなく、死ぬことになったということでは なかったろうか?

むろん、何もかもが防げるなどとは 思ってもいない。
だが、救える命もあったのではなかっただろうか?と思うのだ。

チェスの考え方を適用すれば、やや 見えてくるものがある。
例えば、孫子の言う地の利でいえば、やや山や丘の上に老人の住める環境を整えていれば、それだけで、助かった命が かなりあったはずだし、あるいは、南三陸町のフラットな土地に、人工的に丘のある公園を、ブロックごとにつくっておけば、助かったかもしれない。
そして、それをコンダクトできたのは、頭脳・・・つまり支配層であったはずだ。
もし、その気になっていれば、小さな丘を作ることは、たいして金のかかることではなかったと思う。
すでにある土地を 有効利用し、できることはあったhずだ。
子供たちの遊び場にもなり、一挙両得であったはずで、高さは、30~40メートルほどであっても かなりの人が助かったはずなのだ。

だが、そういうことは、一切だれも手をつけてこなかった。
もちろん、今後、しなければならないはずだが・・・日本政府は、どんな青写真を出してくるのだろう。

棄民政策は 将棋のなかに、すでに現れている。
日本人のえげつない メンタリティーだ。
日本人は残酷で 野蛮な部分を 持っていると思う。
個人や弱い立場の人間の犠牲を なんとも思っていない。
そんなところがある。
だから、満州から引き上げてくるときも、多くの子供たちの命が奪われたし、今回は、子供たちと老人がたくさん亡くなられ、そして、原子力発電所の問題も、多くの一般市民が巻き添えを食っている。

政府は、安全宣言を出したくて うずうずしている。
東電にプレッシャーをかけて、最終目標を無理やり出させた格好だ。

まだまだ、そんな段階ではないはずだ。

私は、この政府の言うことに、何の信用もおけそうにない。