恩師の御著書「真理を求める愚か者の独り言」より
第一章 或る愚か者の生涯
◆葡萄一粒で故郷を捨てた少年時代◆
先の続き・・・
さて、大和川と石川の支流にはさまれて広々とした平地がありました。
大和川と平行した堤防の内側に大きくUの字形をした農道が
小さな堤防のようにして走っています。
大和川から小さな堤防の農道までの間はよその葡萄畑でした。
農道を隔てて反対側に私の家の田圃がありました。
堤防を降りて、自分の家の稲を見て回ってから再び堤防へ上がってほっとした時、
反対側の畑の柵が目に入りました。
堤防の上に上がった私は、その畑の柵に下がったたわわに実を実らせている
葡萄を見て、思わずつまんでみたくなりました。
そこで、そこに降りてこっそり一粒だけ失敬いたしました。
まだ朝早くて朝露が皮の表面に光る葡萄の実は、冷えていることもあって、
大阪弁で言えば、「ゴッツイ」おいしかったのです。
私はその実を房からそっとちぎり、口に入れました。
口の中で甘酸っぱい汁が広がっていきます。
禁断の木の実を人知れず食べているかのようなうしろめたい気分と、
十六歳の少年の胸をときめかすに十分な、
今まさに独りで冒険しているのだというドキドキするスリル感とを味わう、
悪の愉しみの瞬間を体験しておりました。
ところが、二粒目をちぎった次の瞬間です。
何か人の気配がするなと思って、上の方を見上げると、
堤防の上からどこかのおじさんが見降ろし歩き去っていきました。
私はもう恥ずかしくて恥ずかしくて、自転車に飛び乗って一目散に逃げました。
その人と反対の方向に逃げたのですが、四角い田を回っていくうちに、
ちょうど向こうから来る人とさっき葡萄をとった現場を目撃された人と
立ち話をしているのが見えて冷や汗をかきました。
あの子がさっきの葡萄泥棒だという目で私を見て話しているのが感じられました。
~ 感謝・合掌 ~