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浄心庵・長尾弘先生「垂訓」

恩師の歌集「愛」より

得るものも失うものも無き我れに
何を恐れん我れ神の中

「ブッダのことば」より。

2016-08-16 00:29:31 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓

※ お写真は恩師「長尾弘」先生が白衣を着衣し、
    お身体から光が出ているものと普通の状態のものを
    比較してカメラに収めたものです。
      (不思議写真の一枚です)


       ~ 恩師の御講演「ブッダのことば」より ~


             第二 小なる章          
 
             一、 宝

222、   ここに集まった諸々の生きものは、
         地上のものでも、空中のものでも、すべて歓喜せよ。
         そうしてこころを留めてわが説くところを聞け。

223、  それ故に、すべての生きものよ、耳を傾けよ。
         昼夜に供物をささげる人類に、慈しみを垂れよ。
         それ故に、なおざりにせずに、かれらを守れ。

224、  この世また来世におけるいかなる富であろうとも、
         天界における勝れた宝であろうとも、
         われらの全き人(如来)に等しいものは存在しない。
         この勝れた宝は、目覚めた人(仏)のうちに存する。
         この真理によって幸せであれ。


               ~ 感謝・合掌 ~ 




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「ブッダのことば」より。

2016-08-15 00:19:07 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓

※ お写真は恩師「長尾弘」先生が浄心庵でご講演をされておられている時、
  恩師のお説きくださっていることが神理であると賛同し、
  この生け花のユリがお写真のように垂直に立って咲きました。

    皆様先刻ご存知のように自然界ではユリは頭(首)を
     下げた状態でしか咲きませんよね。(不思議写真の一枚です)


      ~ 恩師の御講演「ブッダのことば」より ~

     
             第一 蛇の章  
         
 
             十二、 聖者

219、  世間をよく理解して、最高の神理を見、
         激流を超え海を渡ったこのような人、束縛を破って、依存することなく、
         煩悩の汚れのない人、―――諸々の賢者は、
         かれを〈聖者〉であると知る。

220、  両者は住所も生活も隔たっていて、等しくない。
         在家は妻を養うが、善く誓戒を守る者(出家者)は
         何ものをもわがものとみなす執着がない。
         在家者は、他のものの生命を害って、節制することがないが、
         聖者は自制していて、常に生命ある者を守る。

221、  譬えば青頸の孔雀が、空を飛ぶときには、
          どうしても白鳥の速さに及ばないように、
          在家者は、世に遠ざかって林の中で瞑想する聖者・修行者に及ばない。

〈蛇の章〉第一おわる
まとめの句
蛇とダニヤと〔犀の〕角と耕す人と、チュンダと破滅と賤しい人と、
慈しみを修めることと雪山に住む者とアーラヴァカと、勝利とまた聖者と、―――
これらの十二の経が「蛇の章」といわれる。


               ~ 感謝・合掌 ~




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「ブッダのことば」より。

2016-08-14 00:34:26 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓

※ お写真は恩師「長尾弘」先生がインドのカルカッタで
   マザーテレサ様とお会いされた時のものですが、
   恩師のお顔がマザーテレサ様のお顔と同じように変貌しています。
           (不思議写真の一枚です)


      ~ 恩師の御講演「ブッダのことば」より ~


             第一 蛇の章          
 
             十二、 聖者

216、  自己を制して悪をなさず、若い時でも、中年でも、
          聖者は自己を制している。
          かれは他人を悩になやまされることなく、また何びとをも悩まさない。
          諸々の賢者は、かれを〈聖者〉であると知る。

217、  他人から与えられたもので生活し、〔容器の〕上の部分からの食物、
          残りの食物を得ても、(食を与えたくれた人を)ほめることもなく、
          またおとしめて罵(ののし)ることもないならば、
          諸々の賢者は、かれを(聖者)であると知る。

218、  婬欲の交わりを断ち、いかなるうら若き女人にも心をとどめず、
          驕りまたは怠りを離れ、束縛から解脱している聖者―――
          かれを諸々の賢者は(真の)〈聖者〉であると知る。


                 ~ 感謝・合掌 ~




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「ブッダのことば」より。

2016-08-13 00:21:37 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓

※ お写真は恩師がお祈りをされているところですが、
    ご覧のように目から光線が出ています。
       (不思議写真の一枚です)


     ~ 恩師の御講演「ブッダのことば」より ~

           
       ~ 恩師の御講演「ブッダのことば」より ~

             第一 蛇の章  
         
 
             十二、 聖者

213、  独り歩み、怠ることのない聖者、非難と称讃とに心を動かさず、
        音声に驚かない獅子のように、網にとらえられない風のように、
        水に汚されない蓮のように、他人に導かれることなく、他人を導く人、
        ―――諸々の賢者は、かれを〈聖者〉であると知る。

214、  他人がことばを極めてほめたりそしったりしても、
         水浴場における柱のように泰然とそびえ立ち、欲情を離れ、
         諸々の感官をよく静めている人、
         ―――諸々の賢者は、かれを〈聖者〉であると知る。

215、  梭(ひ)のように真直ぐにみずから安立し、
         諸々の悪い行為を嫌い、正と不正とをつまびらかに考察している人、
         ―――諸々の賢者は、かれを〈聖者〉であると知る。         


                ~ 感謝・合掌 ~






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「ブッダのことば」より。

2016-08-12 01:50:14 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓

※ お写真は恩師「長尾弘」先生の癒しでたくさんの方が舞台にあがり
   癒しを受けているところですが、すべての方がご覧のように
   光に包まれています。(不思議写真の一枚です)


       ~ 恩師の御講演「ブッダのことば」より ~


              第一 蛇の章           
 
              十二、 聖者

210、  あらゆる執着の場所を知り終わって、
         そのいずれもを欲することなく、貪りを離れ、
         欲のない聖者は、作為によってもとめることがない。
         かれは彼岸に達しているからである。

211、  あらゆるものにうち勝ち、
          あらゆるものを知り、いとも聡明で、
          あらゆる事物に汚されることなく、
          あらゆるものを捨て、妄執が滅びて解脱した人、
          ―――諸々の賢者は、かれを〈聖者〉であると知る。

212、  智慧の力あり、戒めと誓いをよく守り、
          心がよく統一し、瞑想(禅定)を楽しみ、
          落ち着いて気をつけていて、執着から脱して、
          荒れたところなく、煩悩の汚れのない人、
          ―――諸々の賢者は、かれを〈聖者〉であると知る。


             ~ 感謝・合掌 ~


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「ブッダのことば」より。

2016-08-11 00:51:25 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓

※ お写真はモーセの御足を慕っての恩師「長尾弘」先生の旅で
   エジプトからシナイ半島を渡りヨルダンに入ってモーセの終焉の地
   「ネボ山」に建立されているモーセの教会を見学して後、
   カイロ国際空港へバスで移動していた時、バスの車窓より
   ご覧のようなアラビア語がをこの旅に同行されていた学びの
   友のお方のカメラに写りました。
   「何かが出現する」との意味だそうです。
         (不思議写真の一枚です)


       ~ 恩師の御講演「ブッダのことば」より ~


             第一 蛇の章  
         
             十二、 聖者

207、  親しみ慣れることから恐れが生じ、
         家の生活から汚れた塵が生ずる。
         親しみ慣れることもなく家の生活もないならば、
         これが実に聖者のさとりである。

208、  すでに生じた(煩悩の芽を)断ち切って、
         新たに植えることなく、
         現に生ずる(煩悩)を長ぜしめることがないならば、
         この独り歩む人を(聖者)と名付ける。
         かの大仙人は平安の境地を見たのである。

209、  平安の境地、(煩悩の起こる)基礎を考究して、
         そのためを弁え知って、それを愛執する心を長ぜしめないないならば、
         かれは、実に生を滅ぼしつくした終極を見る聖者であり、
         妄想をすてて(迷える者の)部類に赴かない。


           ~ 感謝・合掌 ~



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「ブッダのことば」より。

2016-08-10 00:15:54 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓

※ 少年が舞台で恩師「長尾弘」先生から癒しを受けているところですが、
   少年の着ている衣服・帽子が確認できますが、
    少年自身が消えてしまっています。
      また飾れている花々も歓喜の躍動をなしています。
        (不思議写真の一枚です)


    ~ 恩師の御講演「ブッダのことば」より ~


             第一 蛇の章  
          
             十一、 勝利

205、  人間のこの身体は、不浄で、悪臭を放ち、
         (花や香を以って)まもられている。
         種々の汚物が充満し、ここかしこから流れ出ている。

206、  このような身体をもちながら、
         自分を偉いものだと思い、
         また他人を軽蔑するならば、
         かれは(見る視力が無い)という以外の何だろう。


             ~ 感謝・合掌 ~


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「ブッダのことば」より。

2016-08-09 00:23:32 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓

※ お写真は多くの皆様が先刻ご存知のものですが、
   恩師「長尾弘」先生のお体全体から光がご覧のように出ています。
          (不思議写真の一枚です)


     ~ 恩師の御講演「ブッダのことば」より ~


             第一 蛇の章
  
          
             十一、 勝利

202、  この世において智慧ある修行者は、
         覚った人(ブッダ)のことばを聞いて、このことを完全に了解する。
         何となれば、あるがままに見るからである。

203、  〈かの死んだ身も、この生きた身のごとくであった。
          この生きた身も、かの死んだ身のごとくになるであろう〉と、
          内面的にも外面的にも身体に対する欲を離れるべきである。

204、  この世において愛欲を離れ、
          智慧ある修行者は、不死・平安・不滅なる
          ニルヴァーナの境地に達した。


               ~ 感謝・合掌 ~



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「ブッダのことば」より。

2016-08-08 00:20:51 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓

※ お写真は恩師「長尾弘」先生のご講演中のものを学びの友のお方が
    カメラに収めたものですが、恩師の全身が
     白色化してしまっています。(不思議写真の一枚です)


      ~ 恩師の御講演「ブッダのことば」より ~


             第一 蛇の章
          
             十一、 勝利

199、  またその頭(頭骸骨)は空洞であり、脳髄にみちている。
         しかるに愚か者は無明に誘われて、
         身体を清らかなものだと思いなす。

200、  また身体が死んで臥すときには、膨れて、青黒くなり、
          墓場に捨てられて、親族もこれを顧みない。

201、  犬や野狐や狼や虫類がこれをくらい、
           鳥や鷲やその他の生きものがこれを啄む。


            ~ 感謝・合掌 ~


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「ブッダのことば」より。

2016-08-07 00:24:43 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓

※ お写真はモーセの御足を慕っての恩師「長尾弘」先生の旅で
   エジプトからシナイ半島を渡りヨルダンに入ってモーセの終焉の地
   「ネボ山」に建立されているモーセの教会を見学して後、
   カイロ国際空港へバスで移動していた時、青空にご覧のような
   十字架をこの旅に同行されていた学びの友のお方がカメラに
   収めたものです。 (不思議写真の一枚です)


       ~ 恩師の御講演「ブッダのことば」より ~


             第一 蛇の章  
          
             十一、 勝利

196、  鼻汁・粘液・汗・脂肪・血・関節液・胆汁・膏(あぶら)がある。

197、  またその九つの孔(あな)からは、つねに不浄物が流れ出る。
         眼から目やに、耳からは耳垢、

198、  鼻からは鼻十、口からは或る時は胆汁を吐き、
         或る時は痰を吐く。
         全身からは汗と垢とを排泄する。


              ~ 感謝・合掌 ~





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「ブッダのことば」より。

2016-08-06 00:19:01 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓

※ お写真は多くの皆様が先刻ご存知のものですが、
    恩師「長尾弘」先生がイエス様のお話をご講演会でされていた時、
    恩師のお顔がこのお写真のお顔に変貌されたものです。)
       (不思議写真の一枚です)


       ~ 恩師の御講演「ブッダのことば」より ~


             第一 蛇の章  
          
             十一、 勝利


193、  或いは歩み、或いは立ち、或いは坐り、或いは臥し、身を屈め、
         或いは伸ばす、―――これは身体の動作である。

194、  身体は、骨と筋とによってつながれ、深皮と肉とで塗られ、
         表皮に覆われていて、ありのままに見られることがない。

195、  身体は腸に充ち、胃に充ち、肝臓の塊・膀胱・心臓・肺臓・腎臓・脾臓が
         あり、           


             ~ 感謝・合掌 ~



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「ブッダのことば」より。

2016-08-05 00:24:23 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓

※ お写真は恩師「長尾弘」先生のご講演(東京講演会)の際に幽体離脱を
   学びの友のお方がカメラに収めたものです。(不思議写真の一枚です)
   (カメラのブレではないことの証明として恩師の前の演壇だけは
     少しもブレていないことが視認できるかと思います)


        ~ 恩師の御講演「ブッダのことば」より ~


             第一 蛇の章  
          
         十、 アーラヴャカという神霊

190、  〔神霊いわく、―――〕
        「いまやわたくしは、どうして道の人、
         バラモンどもに広く問う要がありましょうか。
         わたくしは今日(来世のためになること)を覚り得たのですから。

191、  ああ、目覚め方がアーラヴィーに住むためにおいでになったのは、
         実はわたくしのためをはかってのことだったのです。
         わたくしは今日、何に施与すれば大いなる果報が
         得られるかということを知りました。

192、  わたくしは、村から村へ、
         町から町へめぐり歩こう、―――覚った人、
         また真理のすぐれた所以を礼拝しつつ。」

             ~ 感謝・合掌 ~



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「ブッダのことば」より。

2016-08-04 02:18:54 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓

※ お写真は恩師の宮崎講演のものですがご講演中に光が降り注いでいます。
   不思議写真の一枚です。


      ~ 恩師の御講演「ブッダのことば」より ~


             第一 蛇の章  
          
         十、 アーラヴャカという神霊

187、  適宜に事をなし、忍耐づよく努力する者は財を得る。
        誠実を尽くして名声を得。
        何ものかを与えて交友を結ぶ。

188、  信仰あり在家の生活を営む人に、誠実、真理、堅固、
        施与というこれらの四種の徳があれば、
        かれの来世に至って憂えることがない。

189、  もしもこの世に誠実、自制、施与、
        耐え忍びよりもさらに勝れたものがあるならば、さあ、
        それら他のものをも広く(道の人)、バラモンどもに問え。


            ~ 感謝・合掌 ~




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「ブッダのことば」より。

2016-08-03 00:14:02 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓

※ お写真は数えきれないほど多くの方の難病・奇病を癒し、
   治された恩師「長尾弘」先生の御手です。
   ご覧のように沢山の金粉が湧き出しています。


     ~ 恩師の御講演「ブッダのことば」より ~


             第一 蛇の章 
 
          
         十、 アーラヴャカという神霊

184、  「人は信仰によって激流を渡り、
       精励によって海を渡る。
       勤勉によって苦しみを超え、
       智慧によって全く清らかとなる。」

185、  「人はいかにして智慧を得るのであるか?
       いかにして財を獲るのであるか?
       いかにして名声を得るのであるか?
       いかにして交友を結ぶのであるか?
       どうすれば、この世からかの世に赴いたとときに
       憂いがないのであろうか?」

186、  〔師いわく、―――〕
        「諸々の尊敬されるべき人が安らぎを得る理法を信じ、
        精励し、聡明であって、教えを聞こうと熱望するならば、
        ついに智慧を得る。
             


            ~ 感謝・合掌 ~


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「ブッダのことば」より。

2016-08-02 00:13:26 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓

※ お写真はご講演中に恩師ご自身、着衣、垂れ幕の字などが
        黄金になった不思議写真の一枚です。


      ~ 恩師の御講演「ブッダのことば」より ~


             第一 蛇の章 
          
         十、 アーラヴャカという神霊

181、  「この世で人間の最上の富は何であるか?
         いかなる善行が安楽をもたらすのか?
         実に味の中での美味は何であるか?
         どのように生きるのが最上の生活であるというのか?」

182、  「この世では信仰が人間の最上の富である。
         徳行に篤いことは安楽をもたらす。
         実に真実が味の中での美味である。
         智慧によって生きるのが最高の生活であるという。」

183、 「ひとはいかにして激流を渡るのであるか?
         いかにして海を渡るのであるか?」
         いかにして苦しみを超えるのであるか?
         いかにして全く清らかとなるのであるか?」


             ~ 感謝・合掌 ~







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